伊藤まさこ INTERVIEW 前編「清々しく気持ちいいこと全部」

伊藤まさこ INTERVIEW 前編「清々しく気持ちいいこと全部」
文 戌井昭人
写真 浅田政志

スカッと前方がひらいている。そこに余計なものが無いから見通しが良い。伊藤まさこさんとお会いしたとき、このような印象を受けました。ですから、お話ししていると、こちらも、どんどんスカッとして、清々しくなっていくのでした。

伊藤さんは、普段の生活や人生を、「気分良く過ごしたい」と話していました。気分良く過ごすということは、己に向かっているわけだから、個人主義のようだけれど、そうではなくて、気分良く過ごしている人が側にいると、こちらも清々しくなってくるのです。

しかしながら、気分良く過ごすには、それなりの努力が必要なのかもしれません。いや、努力というより、どれだけ、自分を貫いていけるかということなのか? そしてこれまでの人生では、もちろん気分が良くなかったこともあったはずです。

それでは、子供~青春~大人の時代、伊藤さんが、どのような気分で過ごしてきたのか訊いてみたいと思います。(戌井昭人・記)


「どこでお生まれに?」

「横浜の青葉区。住宅街です」

「ご家族は?」

「3人姉妹の末っ子で、年の離れた姉が2人います」

「どのようなご家庭でしたか?」

「肉好きの家庭で、父も母も食いしん坊でした。今日もステーキを食べてきた」

伊藤さん、お昼にがっつりステーキを食べられたそうです。食いしん坊の血はしっかり受け継がれているようです。

「子供のころは、どのようなことをして遊んでましたか?」

「他の子と遊ぶのが好きではなくて、遠足とかも仮病して行かなかったりしてました」

「どんな風に仮病を?」

「ポットに体温計を入れて、37度2分くらいにするんです」

「熱がある状態」

「そう。でも病院に行かないでいいくらい、かといって遠足には行かない方がいい、というレベルにするのがコツなんです」

「遠足に行かないでなにをしてたんですか?」

「買ったお菓子をベッドの中に持ち込んで、『エースをねらえ!』とか、お姉ちゃんの漫画を読んだりしてました。協調性の無い子供でした」

「学校では、うまく過ごせてたんですか?」

「それなりに」

「でも、ひとりの時間が欲しかった」

「そうなんです。長いことみんなといると、なんだか苦しくなってくるんです。それで、ひとりの時間を持つと、また学校に行けるようになる。ずっとマイペース」

「友達と遊んだりは?」

「してたような気もするけど、『みんなで遊ばなくちゃいけない』と常に思っていた気もする」

「じゃあ、そのプレッシャーから、余計、ひとりになりたかったのかな」

「そうかも知れません。みんなで行くキャンプとか地獄のようで、大嫌いでした」

「いまだにそれは続いているんですか?」

「でも、いまは、『ほぼ日』で仕事をしていますけど、そこで、子供の頃に、みんなと関わらなかったのを取り返してる感じもします」

「みんなといるのも良いじゃないかと」

「子供の頃は意地を張ってたのかもしれない、みんなといるのも結構楽しいんじゃないか、って思ってます」

「放課後とかは、どうしてたんですか?」

「とっとと家に帰ってました」

「それで?」

「何かしてたんですね。お菓子を作ったり。今日も持ってきたんですけど、クッキーの型は、母が使っていたものです」

このインタビューでは、写真を撮る時、なにか思い出の品を持参してもらうのですが、伊藤さんは、お母様から譲り受けたクッキーの型を持ってきてくれました。

また、伊藤さんのお母さんは料理上手で、スイッチ編集長新井さんも、お母さんの料理を食べに行ったことがあるそうで、しみじみ「美味しかったなぁ」と話していました。

写真 浅田政志

「普通の食材なんですけど、年季が入っているから、母は料理の勘所がいいんでしょうね」

一方、お父さんは、ちょっと破天荒で、我が道を行くといった感じだったそうです。

「ワニを飼ってたんですよ」

「お父さん?」

「はい」

「ワニを」

「それで、生きた金魚の餌をあげるんですけど、母はそれが嫌だったと聞きました。他にも、土地を買うとか、家族の一大事でも、なにも言わずにやってしまう」

「背中を黙って見てろって感じだったのかな」

「そういう年代の人なのかな。とにかく当時は、そういうのが嫌だった。でもね、今になると好きになる男の人は……と思ったけど、そんなことありませんでした」

「それでも、お父さんの影がちらつく人が」

「そういう人に惹かれるのはあります。ぐいぐい引っ張ってくれる人とか」

伊藤さん、家にいるのは心地良かったそうです。

「とにかく家に帰って。サボってました」

「クラブ活動は?」

「そんなの入るわけないじゃないですか。でも、絵画教室に通ってました。そこは先生がいい人で、いつもホッとしていました。こう描きなさいとか言われるところではなかった」

「いられる場所を探してた?」

「でも、家もいることのできる場所だったから、もし家が厳しかったら、そこも嫌だったかもしれませんけど」

「親から協調性を持てとか言われたりもしなかった」

「そういうのはなかったです。小学生の知能テストがあって、全部わからないで通したんです。そうしたら先生や、まわりの子供はざわざわしてたけど、親は気にしなかった」

「まわりの視線は、気にならなかった」

「そうですね」

独立独歩な子供時代の伊藤さん。では中学にいきましょう。

「部活は?」

「なにを血迷ったか、剣道部の先輩が格好良くて、剣道部に入ってしまったんです」

「あれま」

「でも、胴着も着られないまま終わってしまった。頭が痛いなどと言ってサボったり、先輩とお喋りしたりしてるうちに、終わってしまった」

「それで、また家に帰る生活に?」

「なんだかロクでもないですよね。もういいですかね、高校にいっても」

では、さらりと飛ばして高校時代へ行きましょう。

「高校は女子校だったんです。それで帰りは、毎日、自由が丘に行って、友達とか、慶応とか日大の男の子と遊んでました。アイス食べて」

「アイス?」

「アイスクリーム屋に毎日行って。五軒くらいあったのかな、それを制覇したり、なにしてんだろう」

「部活は入らず?」

「剣道部で懲りているので」

「でも友達は、増えたんじゃないですか?」

「そうですね。東横線で声をかけられたりして。ほら、毎日同じ電車だったりすると、手紙をもらったりなかったですか?」

「手紙を渡したことはあります」

「気になる子に?」

「はい。自分は小田急線だったけど、あったなそんなこと……」

こちらが訊いている側なのですが、いざ、いざエピソードを思い出そうとしても、あんまり出てきません。

「そうなんですよ。わたしだって、思い出すのは、ずっとアイス食べてたことばかりですよ」

「思い出すのって結構難儀ですね」

「あっそうだ、当時、二子玉川にスケート場があって、彼氏じゃないけど、ボーイフレンドと行ったことがあります、その時、わたしがなにを思ったのか、お弁当を作っていったんですけど、河原で食べてたら、すごい感動されて、ビックリしたことがあります」

「感動させるために作ったわけではなかったの?」

「そうなんです。お腹空くだろうなと思って作っていっただけなんです」

「どういうお弁当だったんですか?」

「まったく覚えてない。でも、気取ったり、凝った弁当ではなかった。たぶん、デタラメな感じで詰めただけのお弁当」

「お腹が空くだろうという気持ちだけで」

「そうなの。でも、すごく喜ばれて」

「そこで、料理は、いかに人を感動させるかと思ったり」

「それはなくて、男の子って単純なんだなって思いました。わたしは、とにかく空腹だった。懐かしいですね」

「他には、どんなことがありましたか?」

「あとは、その男の子たちが、パーティーを企画して、ディスコとかに行きました」

「場所は?」

「六本木とかでした。でもわたしは基本、オリーブ少女だったので、1人で、代官山とか古着屋とかに行ってました。あと『an・an』のファッションショーに応募して、やっぱりひとりで観に行ったり」

「おしゃれの目覚めだ」

「おしゃれの目覚め、気になるな、そのワード」

「パーティーの方は?」

「わりと早くにそこには飽きてしまったんですけど、高校2年の終わりくらいから、岡崎京子の漫画とかに出てくる。ほら、なんだっけ? えーっと、ツバキハウスだ、ツバキハウスに通いだすんです」

「完全に遊びに長けた高校生ですね。ロンドンナイトとか?」

「そう、懐かしい」

後編につづく

伊藤まさこ 1970年横浜生まれ。スタイリスト エッセイスト、今夏ほぼ日で「weeksdays」という毎日何か楽しいことが起こる主宰する店をオープン。著作は多数、近著は北海道から鹿児島まで、全国各地の小さくて居心地のよい24の美術館を案内する『美術館へ行こう ときどきおやつ』(新潮社)がある。

戌井昭人 1971年東京生まれ。作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』