インタビュー、紀行文、出会った人々。
SWITCH・Coyote編集長 新井敏記が
一つひとつ綴っていきます。
 

2022.6.20 人の木

秋口になると岐阜県中津川に行くのを楽しみにしている。友人の営むハム工場やパン屋に立ち寄り、近くの栗農家に立ち寄り、焼き栗をほおばる。そしてお土産に和菓子「すや」の栗きんとんを買う。「すや」の本店に行くもうひとつの理由は名工早川謙之輔の手掛けた建物を見たいからだ。木目、木味、光沢と栗の木を使った建物は時間というものが、使う人、ここを訪れる人と交わり、歳月を経てゆっくりと滲み出てくる。

職人任せの主の気風がいい。これが真の金持ちの贅沢というものかもしれない。

雨風、西日をまともに受けるが何の痛みもないショーウィンドーが目を引く。木はしっかりとした意思がある。山に囲まれた木曽の付知というところに工房を構え手仕事をしてきた早川謙之輔の自信作だ。

栗の木を愛した早川の著者がある。

「空気を浄め、水を貯える一役の生を経てから、 木は用材として人に使われる。それだけで、もう十分ではないかと私は思う。今後も木で物を作り続ける。

作りたいと思うものに向いた木を買い、それが簡単に手に入れられなくてもあきらめない。人と縁につながり、時間をかけて辛抱強く木を手に入れる。木があばれたいだけあばれさす。これに十分に時間をかける。使えるようになった材で、そのときの流行とかかわりなく、人の暮らしの中で生き続けるものを作りたい」 (『木工のはなし』)

静かな情熱を秘め堅牢な世界がうかがえる文章に魅かれる。素材として真剣に木と取り組み、木に新しい命という形を与える。こういう質実な人を名匠という。

「すや」には早川作の栗の襖に黒田征太郎の描いた栗の木の絵がある。栗がひとつたわわに実っている。まるで長寿の木のように風合いが美しい。伝統こそモダンなのだと納得する。

「すや」の裏手に回るとトイレがある。そのピクトグラムは早川の息子泰輔の作である。栗の板をひと筆書きのように裁断する技術もまたモダンだと思った。早川の工房の名は杣工房という。杣とは木の生い茂る山をいい、伐採作業に従事する人を昔から杣人そまびとと名称する。その名、まさに早川謙之輔に相応しい。『木工のはなし』のあとがきは息子泰輔にあてたものだ。先の言、「あばれたいだけあばれさす、十分に時間をかける」、人も木だと思った。

スイッチ編集長 新井敏記