未来へ釣り場を残すために
天然・野生の渓流魚を増やす水産庁の試み

渓流釣りを楽しめる川の多くは地域の漁業協同組合が漁場管理をしている。その方針を提案する水産庁は、未来へ釣り場を残すために今、天然魚と野生魚を増やす大切さを唱えている。

日光市立清滝小学校で、子供たちに渓流釣りのルールや魚が増える仕組みを伝える宮本幸太さん。

川に行けば魚がいて、釣りをすることができる。

間違ってはいないが、川釣りの仕組みの説明としては十分でない。多くの川や湖などでは、漁業権を免許された内水面漁業協同組合(以下、漁協)が釣り場の管理や利用の調整を行っている。漁協は、川の資源が枯渇しないよう、水産資源を増殖する義務があり、釣り券の売り上げ等を使って、計画的に稚魚や親魚の放流(※1)等を行っている。つまり、釣りをすることができるのは、漁協による魚を増やす取組のおかげでもあるというわけだ。

これまで多くの場合、増殖は養殖魚の放流に依っていた。だが近年、元々その川に棲んでいる天然魚や、過去に放流された魚の子孫であってもその川生まれの野生魚を増やすことで、放流よりも効果的に魚を増やすことができる場合があることがわかってきた。遊漁を含め内水面漁業を振興する立場の水産庁は、近年どのような釣り場管理を提案しているのか。なかでも天然・野生魚の釣り資源としての有効性について、水産庁増殖推進部栽培養殖課内水面指導班の豊嶋彩香さんと、水産庁から研究の委託を受ける水産研究・教育機構の宮本幸太さんに話を訊いた。
 
 
—— 水産庁が近年漁協に提案してきた釣り場管理について教えてください。

宮本 平成20年にゾーニング管理のマニュアルが出されたことで、渓流釣り場管理はそれまでの放流一辺倒から大きく動き出しました。ゾーニング管理とは自然条件や社会条件に応じて渓流魚の生息域をいくつかの区域に分け、増殖や保全、利用を図ることです。例えば本流域では稚魚や成魚の放流を行って魚を増やし、比較的簡単に釣れる釣り場を提供する。その一方で、上流域や支流域には禁漁区やキャッチアンドリリース区間を設け、天然・野生魚を守り・増やしていくような試みです。

禁漁区に設置された看板。

—— なぜ、天然・野生魚を増やす必要があるのでしょう?

宮本 まずは生物多様性の観点から天然や野生の魚を守ることを重視すべきです。それらは放流魚に比べてヒレもピンと張って姿が美しく、釣魚としての人気もあります。また、近頃の研究によって、天然・野生魚は放流魚よりも釣り場で生き残る割合が高いこともわかってきました。さらに天然・野生魚と養殖魚が交配してできた子供についても、自然環境下で生き残る能力が養殖魚よりも高いことがわかりました。つまり天然・野生魚を守ることが、釣り場全体の魚を増やすことにもつながると考えられます。

豊嶋 漁業権が免許されている漁協には、その対象となる魚を増殖することが義務付けられていますが、近年遊漁料(※2)収入が減少する中で増殖経費の負担が大きくなってきています。現在の増殖行為の主流となっている稚魚放流などの手法に加えて、天然・野生の魚を増やすことができれば、漁協の経営を助けることにもつながるはずです。

—— その中で今年、水産庁が提案したのが、天然・野生魚による自然繁殖の力を利用した漁場管理です。これはどのようなものなのでしょう。

宮本 我々の研究結果から、支流や上流域の禁漁区で生まれた稚魚の一部が釣り場となる本流へ移動することがわかりました。これを“しみだし効果”と呼んでいます。このしみだした稚魚が本流で釣りの対象サイズにまで育つことも確認されています。実際、ほとんどの支流を禁漁区としている釣り場では、そうでない河川とくらべて、本流のイワナの生息密度が約3倍も高いという結果が得られています。つまり、繁殖できる条件の整った支流に禁漁区を設けて天然・野生魚の自然繁殖を促すことで、放流に頼らずとも魚を増やすことができる場合があるというわけです。支流を一本禁漁にすることで、釣り場に1シーズンで野生魚の稚魚が566匹しみだしたという試算結果もあります。

禁漁とした支流から釣り場に移動したイワナ稚魚。

禁漁区から移動する稚魚を網で採集している様子。

 次に釣獲日誌の必要性を挙げています。漁協で年配の方に話を聞くと「昔は良かった。こんなにたくさん、こんなに大きな魚が釣れたんだよ」と言われるのですが、記録が何も残っていない。海の漁師さんであれば操業日誌をつけているので、ある程度の資源状況の把握ができますが、渓流釣り場では実際に魚が増えたのか減ったのかもわかりません。漁協でも釣り人の協力でもよいのですが、釣れた魚の記録を残すことで、大きさや数はもちろん、堰堤の影響や外来種の侵入などもわかります。記録は評価の元となり、改善する根拠となります。放流して終わりではなく、どれだけ釣れるようになったのか、どのくらいの魚が川に残っているのかを知ることが大切なのです。

 もうひとつ挙げているのが監視や看板設置によりルールの遵守を図る必要性です。先日、栃木の川でビクの中に入っている魚を見せてもらう調査をしたのですが、持ち帰ってはいけない15センチ以下のヤマメを50尾程度も入れていた人がいました。悪いとはわかっていても、罪の意識が低いのでしょう。いくら天然・野生魚を増やしても、釣り人が全長制限や尾数制限といったルールを破って大量に持ち帰っていては、魚がいなくなってしまいます。また、禁漁区を設置しても、そこで釣りをする違反者がいては効果が期待できません。禁漁区に看板を設置したり、監視の強化を図ることで禁漁効果が高まることが研究によりわかってきました。

自身もテンカラ等の釣りを楽しむ豊嶋彩香さん。釣り人・漁協の視点に立って、より良い釣り場作りに尽力する。

豊嶋 そのためには資金や労力が必要です。禁漁区を作ること、看板の設置や監視を通じてルールを周知し守ってもらうこと。既存の増殖行為とのバランスを取りながら、これらの活動にかかる経費を確保することができれば、天然・野生魚を用いて効率的に魚を増やす方法を探れるはずです。そのためには効果を数値化して根拠を示す必要がありますが、宮本さんたちの研究によって、少しずつ試算できるようになってきました。放流だけに頼らず、天然・野生魚を増やす漁場管理は、新しい渓流釣り場づくりの大きなヒントになるでしょう。

※1放流
現在、放流の大半は稚魚放流。他に、放してすぐに釣りの対象魚となる成魚放流や、繁殖期の直前に自然産卵させるための親魚を放す親魚放流もある。

※2遊漁料
漁協の組合員以外の者が、都道府県知事の認可を受けた遊漁規則に基づき、釣りをするために漁協に支払う料金。金額は増殖行為に要する経費等をもとに算定される。遊漁券代や釣り券代とも言う。漁協事務所、近くのコンビニ、ネットなどで販売。

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放流だけに頼らない!天然・野生の渓流魚(イワナやヤマメ・アマゴ)を増やす漁場管理
 
 

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