サウナの教室 タナカカツキ校長のお話①「サウナは入るだけでは終わらない」

Coyote最新号のサウナ特集では、サウナブームの火付け役であり『マンガ サ道』の著者タナカカツキさんを校長に迎え、「サウナの教室」と題した誌上講座を開講! 科学やアートなどの専門家の方々に、サウナと各分野のコラボレーションによる新たな楽しみ方について話を聞きました。今回は多くの人が新たな門出を迎える“新学期”シーズンを記念し、本誌掲載のタナカカツキ校長のお話を全2回にわたって特別に公開します。

語り=タナカカツキ
構成=Coyote

 
現在のサウナブームの火付け役であり『マンガ サ道』の著者タナカカツキさんにサウナを取り巻く変化を振り返ってもらうとともにサウナの尽きないおもしろさについて話を聞きました。

サウナの時代がきた

10年くらい前、自分の周りでは、とりたてサウナが話題にのぼることはありませんでした。2011年に単行本の『サ道』を出した時も、タイトルに「サウナ」って付いていたらきっと売れないだろうから『サ道』にした経緯があるんです。当時は「ロウリュ」という言葉すら知られていなかったし温冷交代浴のために水風呂がサウナとセットなんだという認識も一般的には薄かったと思います。ごく一部のサウナ愛好家だけがそれを推奨していたくらい。「ととのう」という言葉もそうですね。2011年くらいから仲間内で使うようになり、15年に『マンガ サ道』を刊行してからメディアの人がサウナの記事を書く時に「ととのう」という言葉を使ってくれ始めて、19年のドラマ「サ道」で一般に浸透していった。言葉とヴィジュアルとともにサウナの入り方がなんとなく認知されていった感じがします。

あとは施設が変わりましたね。今ではロウリュサービスが当たり前になってきて、セルフロウリュができるところまである。蒸気で温まるのがサウナだという認識に変わってきたのは本当に最近ですよね。それまでは空間の温度を上げて温まるのが日本の一般的なサウナでした。日本独自の、と言っていいような湿度のない高温ドライサウナが好きな人もいらっしゃいますが、身体の表面だけがグリルされて芯まで温まりにくい。やはりサウナ室では蒸気でゆっくりと蒸されたい。そうやって都市部を中心に老舗の施設が消えては新たな施設が生まれ、リニューアルされて生まれ変わっている。サウナは代謝を促しますが、施設自体の代謝も促されたのがここ何年かだと思います。

それに、サウナに求めることが大きく変わりました。いまだに「単に汗をかく場所でしょ」と思われているところもあると思うのですが、汗をかいて血を巡らせて元気になるために、サウナがライフスタイルに組み込まれるようになった。数年前からコワーキングスペースを備えたサウナも登場し、サウナ施設で仕事をする人も増えました。その背景には仕事環境の変化があります。デスクトップパソコンからノートパソコン切り替わり、スマホやiPadが普及して出先のカフェで仕事をすることも可能になり、徐々に働く場所を選ばなくなった。そうすると、日常でちょっと汗をかきたい、代謝を促したいなという願望とサウナが合致してきたんだろうと思います。近年は新型コロナウィルスの影響でテレワークが推奨され、動かない、汗をかかない生活が爆発的に加速したからなおさらですよね。

本当の“ととのう”とは

サウナで温冷交代浴を繰り返していると、覚醒と瞑想を同時に体験してるような非日常的な意識になりますよね。あの状態は、私の中では「サウナトランス」なんです。それを習慣化することによって体調が整ったり、心が調ととのったり、精神がととのったり、理想的な身体の状態に調律されていってようやく「ととのう」なんですよ。だから1回のサウナで温冷交代浴して「ととのう」というよりかは、リセットしたなって感じですよね。続けた先にあるものなんだと思います。でも漫画の場合は最後を盛り上げないとダメなので、サウナ・水風呂・外気浴を繰り返して「ととのったーっ!」って描いちゃってるんですけど、あれは嘘なんです。サウナトランスだから「トリップしたーっ!」なんです。そういう意味では本当に罪が重いと思います(笑)。だから読者の皆様には誤解させて申し訳なく思っています。体調や肌の調子が良くなって、自律神経が整うのが「ととのう」ですから。私の場合は、ですけどね。

サウナのおもしろいところは、入るだけでは終わらないことかもしれません。サウナに行くことによって自分の身体に起こっていることへの興味に繋がりましたから。特にサウナは自律神経に働きかけると言いますから、医学的なことを知っていくのはきっと楽しいと思います。それと脳科学。その知識を応用してどのようなライフスタイルを送ればいいのか考える。サウナに行くとご機嫌になるし、意欲が湧き上がって元気になりますよね。それをサウナにいる時だけに求めるのではなくて、毎日の生活を、自分の人生を全部ととのえて、いつも機嫌よくいたいじゃないですか。

サウナで身体に何が起こっているかと言えば、まず血流が増加して汗をかき、交感神経と副交感神経がどちらも優位に働く状態を行き来します。それが気持ちよさの秘訣なら、普段から血を巡らせる生活を送ればいい。身体や脳の仕組みを知識として知っておくと普段の自分の生活にサウナを応用できると思います。

風のような生き方

現代はスピード感が早いと言われ、昔に比べて生き方や仕事の価値もずいぶん違ってきていると思います。“どんな生き方をしたらいいのか”をみんなが一斉に問われているのが今だと思うんです。例えば親の時代とは物事の価値が違うので、親が敷いた将来の安全なレールに乗ってはいられないし、自分で自らの生き方を決めなければならない。でも、自分でせっかく築いたそのレールも、おそらくは後世に引き継げない。だって未来は変わるから。

時代が早く回転しだしたことで、将来のためにずっと辛抱して、下積みをして、貯畜を貯めて頑張るみたいな生き方では通用しなくなってきている。それなら生き方も、根本的には楽しいほうがいいし、気持ちいいほうがいいし、ユニークなほうがいいですよね。“自分は何を心地よいと感じるのか”にフォーカスする生き方が重視され、移り変わる楽しいことにピントを合わせ続けていく。そうなると「風」のような生き方になってくるわけです。

最近、世間では「地の時代」から「風の時代」に移行してきたと言われています。ひとつの場所にずっと根を張る生き方よりも、風に吹かれて飛んでいき、その場その場で咲いていく、そういう生き方が益々受け入れられていくのかもしれない。日本は本来「風の国」でした。日本って縦に長くて山脈山地が多くて高低差があるんです。だからいろんな風が吹く土地柄で、風を表す言葉が無数に存在しています。昔の人は、風を感じて明日の天気や季節の変化、嵐の兆しを感じとり、作物を守りながら暮らしてきたわけですからね。風に敏感なるというのは、この世を間違わないで生きていくということに繋がったのでしょう。まさに今の時代こそ風を読むカが必要とされているのかもしれません。そして日本人はそれが得意だったはずです。だから私の場合は、サウナの後に風に吹かれた時の清々しさ、心地よさというところさえブレていなければ、自分は大丈夫かなと思っています。

タナカカツキ
マンガ家。日本サウナ大使。66年大阪生まれ。85年マンガ家デビュー。著書には「オッス!トン子ちゃん」「サ道」、天久聖一との共著「バカドリル」などがある。カプセルトイ「コップのフチ子」企画、原案。

*第2回は4月9日公開予定です

 


Coyote No.73
特集 自然と遊ぶ、サウナのある暮らし
1,200円+税

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ISBN:978-4-88418-5596
2021年3月15日刊行