沢木耕太郎が新刊『途上の王国 一号線を北上せよ モロッコ天涯編』(以下『途上の王国』)を上梓した。1977年に『深夜特急』の終着点だったロンドンを再び訪れたことをきっかけに旅したモロッコ。1998年に雑誌で連載されたきりとなっていたその旅の紀行文の原稿に、加筆修正や書き下ろしの序章を加え、この度一冊の単行本に。文中の所々にはモロッコで撮影した写真をオールカラーで組み込んでいき、その構成を著者自身が“スナップショット・トラヴェローグ”と名付けた。紀行文の名手である沢木にとって「まったく新しい」形だというこの一冊がどのようにして生まれたのか、その創作について話を訊いた。
「心残り」の心を回収する
——モロッコを旅した1997年、つまり沢木さんが49歳の頃、どういった仕事や旅をしていた時期だったのでしょうか。
「20代の旅として『深夜特急』があったとすると、30、40代というのは仕事としての旅が多かったと思います。オリンピック、ワールドカップ、世界ヘビー級ボクシングの試合など、世界的な規模のスポーツイベントを取材する旅が多かった。それで50代になると、これまで仕事とは関係のない旅というものを忙しさにかまけてやってこなかったなと過去を振り返るようになりました。旅をしているような気持ちにはなっていたけど、やっぱりそれは仕事の取材の一環で、いわゆる旅とは違っていた。そうした仕事が一段落しつつある頃に、どこか心に残っている土地を訪れてみたいという願望が強くなってきたんです。私という人間がそれまであちこちを旅した長い物語があったとすると、そのところどころに実は伏線を張ってきていた。その時はそれが伏線になるとも思わなかったけれど、やがてその伏線を回収するような旅がしたくなって、そのごく初めのものが、『途上の王国』で書いたモロッコの旅だったと思います。20代から40代の旅で心を残した、今の話で言えば伏線となっていた、モロッコのマラケシュという土地に行ってみよう。『心残り』の心を回収しよう。そう思ったんですね」
——マラケシュはなぜ心残りになっていたのでしょうか。
「『深夜特急』の旅をした時代、カブールやイスタンブール、カトマンズのように、いわゆるヒッピーたちが多くたまっていた場所がいくつかあって、そこは旅人が自由に過ごせる場所でした。基本的には安く過ごせる場所。貧しい旅をしている者にとっては、安いということはとても重要なことで、それだけ自由度が広がるわけです。そして、その土地それぞれの自由さ——カブールにはカブールの、イスタンブールにはイスタンブールの自由さがあった。マラケシュがどんな自由さを持っているのかというのはよくわからなかったけれど、すれ違う旅人から様々にマラケシュのことを聞いていました。それによって、自由な街としてのマラケシュに行ってみたいという思いが募っていった。しかし『深夜特急』の旅ではマルセイユやロンドンからモロッコに渡るチャンスが何度かあったにもかかわらず、それを選ばなかった。『深夜特急』の旅が終わってからも、実際に『途上の王国』の旅でモロッコに行くまで20年ぐらい間があって、時々にマラケシュに行きたいという気持ちは思い出していたんです。でもそれが具体的な行動に結びつかなかったのだから、きっとそれ以外に面白いことがいっぱいあったのでしょう。
地図帳を開くと、ポルトガルのサンタクルスだったり、ベトナムのサイゴンだったり、心を残している土地というのはいくつかあって、そのうちの重要な一カ所がモロッコのマラケシュだった。そういった心残りを回収するための旅というのを、5、60代にかけてしていくことになるのですが、それらを『一号線を北上せよ』という総タイトルのもとにまとめていくつかの本にしていけたらいいなと思っています。その第一弾としてこの『途上の王国』が存在する、といった感じです」
タイトルが見つかった
——1997年にモロッコを旅し、1998年に「王国」というタイトルで雑誌に紀行文を連載してから、今回『途上の王国』として単行本になるまで30年弱もの時間がありました。今になってこの本を出版することになったのはどうしてですか。
「この本が今まで出せなかった最大の理由は、タイトルが見つからなかったことです。一応最後まで書き終えたつもりだったけれど、終わった感じがしなかった。それはどうしてだろうと思って、時々読み返してはいたけれど、何が終わっていないのか自分でよくわからないままでした。しかし、去年この原稿をあらためて読み直してみて『これにはタイトルがなかったんだ』ということに気が付いたんです。じゃあタイトルは何だろうと考えた時に、『途上の王国』だとわかった。雑誌の連載に『王国』という仮のタイトルをつけていたけれど、これが真のタイトルではないということは、実はもう書いている途中から感じていたのかもしれません。大げさに言えば、30年近くタイトルを考えて続けていたことになる。しかし去年、本当にふと『途上の王国』というタイトルが浮かんできた。一度決まってしまえば、そのタイトルに向かって修正を加えていって、この物語は完結できる。王国の話ではない。王国に向かおうとしている途上の話。『途上の王国』がタイトルなのだと気が付いた時に、この本を出そうという気になったんです。
——「王国」という言葉は、沢木さんが大学の卒業論文のテーマとして書いたアルベール・カミュの『追放と王国』と関係がありますか。
「おっしゃるとおりです。『追放と王国』とは本質的には関係ないけれど、潜在的にあったのはもちろんそのタイトルだったと思います。もう一つは、20代の頃に旅で出会ったヒッピーたちが語る、憧憬に満ちた『マラケシュはすごいんだ』という言葉。そういう憧れを抱かせる場所というイメージが絡んで『王国』という仮題をつけたと思うんですね。ただ書かれたものが『王国』というタイトルに相応しいとは自分で思えなくて、だから完結した思いがなかった。それが去年『途上』という言葉がふいに浮上してきた。どういう流れの中でそれが浮上してきたのかはっきり覚えていないけれど、『途上』というのは以前から気になっていた言葉ではありました。関係ない言葉が二つ合わさった時に一つの意味を帯びてタイトルになるということはよくあることで、たとえば僕の本『一瞬の夏』に関して言えば、『一瞬』も『夏』も平凡な言葉だけれど、二つが結びついて意味のあるタイトルになった。『途上』と『王国』、どちらもそれだけではタイトルにならないけれど、その間にただ一つ『の』という言葉を入れただけで、僕にとっての意味がはっきりした。劇的なタイトルの付き方ですよね」
手を加えていくこと
——第一稿を書いてからそれだけの時間が経っていると、紀行文に書かれている当時の自分の言動に、今だったらこうしないな、という複雑な思いを抱いたり、それを改変したりすることはありませんでしたか。
「もちろん年齢のこともあるし、こういうリアクションは今はしないだろうなということは当然あります。ただ当時書いたことがその時のリアクションなわけで、その中にこそ、その紀行文の何かが宿っている。そこが変わってしまえば、それは全く違うものになってしまう。だから、今だったら……っていうのはあるかもしれないけど、それについては手を加えていません」
——モロッコへは、もう一度行ってみたいと思いますか。
「もちろん。今度もし旅行に行くのなら、モロッコに行こうかなと思っているくらいです。というのも、モロッコの中でも行ってみたい、あるいは行った方がよかったかなと思う場所が、当時の旅ではいくつも省略されてしまった。ただ先ほども言ったように、旅はとにかく一回性のものだから、『あの時、ああだったら』と心に残しておいて、それでいい。
たとえばメルズーガという砂漠の町で過ごしていた時、ラクダに乗ってツアーに行こうとガイドの青年たちに誘われたんです。ラクダ3頭、ガイド2人と僕1人で2、3泊。サハラ砂漠の奥に入っていって、焚き火のそばで寝転びながら星を見るのはいいぞ、と。でも僕は『一人で砂漠に行くのが好きだから』と言って断ってしまった。その時ケチをしなければいけないような経済状況ではなかったのに、なぜ断ってしまったのだろう。彼らと一緒に砂漠に行ってみればよかったかな、なんて思うことはあります。ラクダって独特な動物ですから。ラクダと何日間か一緒に過ごしてみたかった、そういう意味での後悔はあります。実は今回、『途上の王国』を単行本にするにあたって、モロッコにもう一度行って砂漠でラクダに乗るという思いを果たし、そのことを書いて最終章にできるかもしれないと思っていたんです。けれどそうではなかった。『途上の王国』というタイトルを見つけて、それに向かって原稿に手を加えていくうちに、最後のシーンはもともと書いていたシーンそのままでよかったんだと気が付いたんです。仮にサハラ砂漠に行ってラクダに乗っていたら、逆にこの本は完成しなかったかもしれない。幻の章ですね」
——もともとあった原稿に手を加えていく作業のなかで、最後に描かれるべきシーンもおのずと決まっていったんですね。
「今回のように一度放置した原稿に手を加えていくというのは、すごく楽しいことなんです。先日読んだレイモンド・カーヴァーのインタビューで『しばらく手元に置いておいた作品をもってきていじくりまわすこと以上に楽しいことはありません』と彼は語っていて(『作家はどうやって小説を書くのか、じっくり聞いてみよう! パリ・レヴュー・インタヴューI』青山南編訳 岩波書店)、自分の言葉かと思ったくらい、同じようなことを言っているから驚きました。まだ定まっていないけれど、形はある原稿。手を入れれば入れるほどよくなるのがはっきりしている。どんなにろくでもない文章でも、とにかく最後の一行まで書いてあれば、もう一回読み返して最後に向かって手を加えていけば必ずよくなる。僕の場合、自分が手を入れていったものが少しずつよくなっていくのが自分でよくわかるんです。加筆したり、カットしたりして、だんだん姿が整っていくのは素晴らしく楽しい、幸せな作業です」
——沢木さんは大学の卒業論文を書いた時からそうやって何度も書き直していく作業をされていたと聞きました。職業的な物書きですよね。
「職業的というか、職人的なんですね」
写真がつないでいく物語
——『途上の王国』のカバーには、『深夜特急』をはじめ沢木さんの紀行文の書籍でお馴染みのフランスのグラフィックデザイナー、A・M・カッサンドルの絵を用いました。
「カッサンドルはフランス、イギリス、ベルギーなど、ヨーロッパを中心とした世界のコマーシャルのポスターを描いているけれど、僕にとってそれらは異邦の気配を持った象徴的なポスターなんです。だから、この本の表紙に使った絵にはたまたまMOROCCOという文字が入っていたけれど、仮にそれがなかったとしても、あるいは他の国の名前が書かれていたとしても、カッサンドルのポスターであれば何でもいいわけです。僕の異邦への興味、関心の向かい方、方向性のようなものを、カッサンドルのポスターは導いてくれたという感じがします」
——同じく平野甲賀さんによる描き文字も、沢木さんの紀行文のアイコンとなっています。
「平野さんの文字は、カッサンドルの絵とともに僕の外国への関心の方向性を導いてくれた。平野さんはきっとそんな深い考えもなく、とにかく依頼に応じて文字を作っただけだと思います。みんなが『深夜特急』の文字を素晴らしいと誉めるものだから、平野さんとしては『他にももっと好きな文字はいっぱいある』なんて言って、少し心外だったようです。それでもやっぱり『深夜特急』の文字は素晴らしいと思う。今回は『一号線を北上せよ』という文字を使わせていただいたけれど、やはり平野さんが自ら作った文字の力というものがあって、その一部を今回もお借りすることができたのはとても光栄でした」
——またこの本では、文章の間に沢木さんがモロッコで撮られた写真も組み込まれていますが、制作段階でこれらの写真を入れるかどうかずいぶん悩まれていました。青年イブラヒムや、砂漠の稜線を歩く人、最後に登場する老写真師……出会う人々に対して沢木さんが『自分がもしこの人だったら』という投影を何度もされる。沢木さんが別の誰かになって、別の場所で別の人生を歩んでいる、そんな視点が写真に写っているように感じられて、この本に写真を入れたことは正解だったと思います。
「僕も写真を入れてよかったと今は強く思っています。というのも、この物語は一貫した長いストーリーがある紀行文ではないからです。行った先々で小さな出来事があって、それを経験して、それを積み重ねて旅を進めていく。“スナップショット・トラヴェローグ”という言葉をいわば作ってしまったのですが、その挿話の一つ一つが、写真のスナップショットとよく似た構造にあると思うんですね。文章だけでももちろん成立するけれど、それと同時にその挿話に沿って、あるいはその挿話と関係なく撮ったスナップショットが所々に置かれることによって、プツプツと切れている挿話を接着してくれている感じがあった。その構造は僕にとっては新しいものでした。
挿話の連なりがどういうつながりを持って一冊の本になっていくのか、最初は自分でもよくわからなかったけれど、まずは『途上の王国』というタイトルに導かれてストーリーが一つになっていき、一冊を貫く糸のようなものが出来た。でも一つ一つの章はやはりある意味では独立している。そこに山勘で写真を入れてみところ、写真が上手い具合に章と章とを接着してくれました」
——写真があることで物語がつながっていく。紀行文というのは、読み手が登場人物に自分を重ねて、どう生きるかということを考えることが一つの醍醐味だと思います。『途上の王国』は登場人物がとても魅力的です。『深夜特急』では書き手の『私』が旅で起こる事象にどう反応するかというのが楽しみだったのですが、今回沢木さんは、その魅力的な登場人物たちに主人公の役割を課していく。
「主役の比重が違いますよね。『深夜特急』の場合、主人公の『私』が一続きの長い物語を背負った若者として最初から終わりまで存在している。だけどそれはもう例外的なことで、『途上の王国』の場合は、筆者である私はもちろん一貫した一人の人間ではあるけれど、この物語を維持できる一貫した『私』は存在しない。だとすると、対象の世界だったり、風景だったり、人だったり、それらがある意味で主役となって、その主役に対して私は身を沿わせたり反発したり、いろんなことをする。主役は外部にあって、その対象に自分がどうリアクションしていくかということの比重が大きいんですね。反映、リフレクション。僕の言葉では『外部の光を感受する』と言うのですが、感受するものとして外部の物語を受け止めて、その小さな物語を連ねていく。そして、その外部というものが今回で言えば写真にも閉じ込められている。スナップショットを撮るように、一つ一つのシーンが完結して貫なっていく。この紀行文はそういうものとして存在しています」
——紀行文の随所に写真が入るという本作の構造に、沢木さんが“スナップショット・トラヴェローグ”という言葉をつけたことに今すごく納得しました。
「造語ですけどね。スナップショットのようなトラヴェローグでもあるし、トラヴェローグのようなスナップショットでもあるんです。一つの旅の紀行文ではあるけれど、各章が独立している短篇集のようでもあって、それを写真がつないでいく。僕にとってまったく新しい紀行文の形を提出できたと思います」
沢木耕太郎
1947年東京都生まれ。横浜国立大学卒業。22歳でルポライターとして出発、25歳のときに第一作の『若き実力者たち』を刊行。26歳から27歳にかけての旅を描いた『深夜特急』三部作は旅のバイブルと称され、今もロングセラーとして読み継がれる。主な著作に『テロルの決算』(大宅壮一ノンフィクション賞)、『一瞬の夏』(新田次郎文学賞)、『バーボン・ストリート』(講談社エッセイ賞)、『凍』(講談社ノンフィクション賞)、『キャパの十字架』(司馬遼太郎賞)、『天路の旅人』(読売文学賞)、写真集『天涯』三部作(小社刊)がある






