【ENCOUNTERS OF POKÉMON AND KOGEI -PART2-】2つのポケモンを1つの金工作品に。坪島悠貴が『ポケモン×工芸展 ー美とわざの大発見ー』で挑んだこと

工芸の素材と技法によって現実世界に現れたポケモンは、何を物語るのだろう。金沢・国立工芸館で現在開催中の『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』へ潜入し、ポケモンと工芸、その二つの世界がぶつかることで生まれた新たな地平を探る特別企画。作家たちはいかにポケモンと対峙し、その世界を咀嚼し、作品を生み出したのだろう。PART2では本展覧会に参加した作家たちの声をお届けする。

PHOTOGRAPHY: OBAYASHI NAOYUKI
TEXT: EDAMI HIROKO

INTERVIEW|坪島悠貴

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ギミックに魅せられて

丸々としたかわいらしいフォルムのココガラが、パーツを動かすことで、眼光鋭いアーマーガアにトランスフォームする。そんなワクワクする金工作品を手がけたのが、坪島悠貴である。坪島は変形する金属作品のことを“可変金物”と命名し、可変金物の第一人者として日々活動している。

「変形する金属作品を作っていこうと考えた時に、何か名前が必要だなと思い“可変金物”と名づけました。実は変形する金属作品自体は自分よりも前に江島多規男さんという『トランスフォーマー』のデザインなどを手がけてこられた方がやられていて、その方とは今では交流させていただいたりしているのですが、自分が金属作品に可変性を与えることを思いついた時には江島さんの作品のことはまだ知らず、むしろ自分も『この作品でいこう』と思って始めたわけではなく、必要に迫られて変形というギミックを作品に取り入れたことが始まりだったんです」

坪島による可変金物の制作は、今から約10年前、2014年に根津のギャラリー「花影抄」で開催された『金属工芸作家による根付展 2014』に始まる。根付とは江戸時代に使われた留め具のことで、当時の人は小物に紐で根付を結え付け帯に引っ掛けることで、小物を吊るし歩いていた。

「それまでは、変形するものではなくメタリックなメカのような生き物を作っていたのですが、花影抄の根付展にお誘いいただいた時に、それまでの作品では根付として成立させるのが難しいのではないかと思ったんです。ではどうしようかと考え、壊れやすかったり危なかったりするパーツは全部殻の中に収納してしまおうと、繭から虫に変形する作品を作りました。繭の状態では細かいパーツは殻の中なので外からの衝撃を受けないですし、根付としてちゃんと使えます。その殻がパカっと開くと中から身の部分が出てきて、虫になる。繭から羽化する物語性を意識したというよりは、あくまでも根付としての実用性を考えて思いついたギミックだったですが、この作品が評判良く、そこから変形を意識して創作するようになりました」

美大の油絵科出身の両親に育てられた坪島は、しかし、幼少期から美術的なものよりも生き物の造形やギミックに惹かれる少年だった。

「両親の影響もあって、小さい頃から何かを作ることが好きでした。いわゆるガンプラやトランスフォーマーのおもちゃを好きで集めていましたし、生き物の標本や骨、ミイラといった割とグロテスクなものにも興味がありました。よく両親に絵画展などに連れていってもらっていたのですが、美術的、抽象的なものには当時あまり興味がなく、科学博物館の方が好きでしたね。その後アニメのフィギュアにハマり、フィギュアを作りたいと思い美大に入りました。工芸工業デザイン学科に進み、そこでインダストリアルデザイン系か、工芸系かを選ぶのですが、手を動かして自分の作りたいものを自由に作りたいなという思いがあり、工芸の、金工に進むことにしたんです」

武蔵野美術大学の大学院を卒業する前から坪島は変形する金属作品を作り始める。当初は変形する機構を全て紙に書き出し、その機構に沿って相当数の金属パーツを一つひとつ手作業で作っていったが、やがて3D CADという設計ソフトと3Dプリントを導入した制作スタイルへと変わっていった。

「もともとは“打ち出し”という技法で銅板を叩いてパーツを形作っていたので、設計図通りに作ることが大変だし、そしてその設計図も手書きで作るので、本当はぎりぎりを攻めたいのにかなり余裕を持たせた機構にしなくてはならず、できることが限られてしまっていました。それが、3D CADを使って緻密な設計図を作り、3Dプリンタでパーツ制作を行うようになってからは、作れる作品の幅が広がりました」

目の前にある生き物をそのまま表現するのではなく、一つの作品の中に複数の形を内包させなくてはいけない可変金物。坪島は、いかにして2つの生き物を一個の金属作品に昇華させるのだろうか。

「生き物の形を見ていて、ふと全然違う生き物と共通する形が見えてくる瞬間があるんです。例えば、金魚から鶏に変形する作品を初期の頃に作ったのですが、それは丸々とした金魚を観察していた時に『おなかを正面から見てみると鶏の羽に似ているな……』と。このパーツを共有するように作っていけば変形機構が成立するのではないかと思いつき、制作をスタートしていきました。その逆で、モチーフを先に決めてから、2つの生き物を並べて観察し共通する部分を探していくこともあります。ある程度パーツを頭の中で考えてみて、『いけるかも』となったらスケッチに書いてみる。次にそのスケッチを3D CADに起こし、いろいろ検証していく流れです。最初にモチーフを考えている時が、苦しみもなくやっぱり一番楽しいです。そこから制作に入ってしまうと大変なことも多くって。ただ、最近では『いけると思っていたけど、ここダメじゃん』と発見した瞬間、絶望よりも内心ワクワクするんです。少しうんざりする気持ちとは裏腹に、『ここがうまくできたらすごいなあ』と思いながら(笑)」

姿かたちが違っても

『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』で坪島は、変形させるモチーフとしてココガラとアーマーガアを選択した。そこにはどのような背景があったのか。

「まず前提として、選ぶモチーフは“変形可能なもの”である必要があります。理想なのは、丸っこいフォルムから格好良いフォルムへの変形でした。ココガラは、どうしようかなと資料でいただいたゲームをプレイし始めて最初にゲットしたポケモンです。その時はまだアーマーガアに進化するとは知らず『かわいいポケモンだな』と思っていたのですが、進んでいくうちにココガラがアーマーガアに進化することを知って。アーマーガアは実はもともと知っていて、『鎧を着込んだような格好良いポケモンだ』と印象に残っていましたし、個人的にカラスが好きでいつか作ってみたいなと思っていたこともあり、『これだ!』と。アーマーガアの翼の、上に反り返っている形状がココガラの胴体の丸みに当てはめられ、そこから変形機構を考えられる。ココガラとアーマーガアを見た時に、直感的にいけそうだと感じました。まずはココガラの状態で頭の中で変形機構を考えてスケッチをしていきました。そこから一度全パーツをバラバラにして、アーマーガアのフォルムに当てはめ再構築をしていく。この作業は3Dデータ上で検証していきます。大切にしたことは、両方のポケモンの特徴を壊さないようにすること。変形を前提としているのである程度の形の崩れはどうしようもないのですが、変形という条件下でいかに元の形を再現できるかは、今回に限らず一番大切にしています。作品を見た人が、何を表現しているのかが一発でわかるように、と。あとは、少し技術的な話になってしまうのですが、ココガラとアーマーガアで表面の質感をガラッと変えました。ココガラの表面はザラリと荒めに、アーマーガアはツルツルに仕上げています。表面の質感をここまで強く意識してアレンジしたのは初めてだったのですが、かなり効果的なのだということに気付きました」

手のひらに収まるほどの大きさの坪島の今回の作品は、ココガラからアーマーガアに「これがどうしてこうなるのか」と思わず目を見張るほどの劇的な変身を遂げる。可変である以前に、金属を組み立てて作られたココガラとアーマーガアはそれぞれがかわいらしく、格好良く、そして美しいことは言わずもがなである。これが、坪島が言う“ぎりぎりのところ”まで攻め切った結果なのだろう。『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』のオファーを受けた時、坪島は「自分の力を活かせるのではないか」とワクワクしたと話す。

「ずっと“変形する”というテーマで生き物を作ってきたので、自分にとってものすごいチャンスだと感じました。最大限、自分の納得のいくものを作ろうと。ポケモンって、全部が全部そうではないと思うのですが、生き物である以上、進化して全く別のものになるのではなく、進化前の名残や面影が残っていて、形が全然違うものでも実は共通している部分がちゃんと考えられているように感じます。自分の作品も、違う形に変形させるとはいえ、結局その2つは同じパーツで形成されているので、よく見ると共通している部分がある。自分は異なるもの同士の共通点を探すのが好きというか、姿が変わっても変わらない部分を持っているということが面白いなと思うんです。ポケモンをプレイする中で、『このポケモンは何に進化するのか』をあえて調べないようにしている人が多いそうなのですが、それは何に進化するのかというサプライズを味わいたいのと同時に、『もしかしてこの子はこれに進化するのではないか』と共通項を見つけていく楽しさがそこにはあるのではないか、という気がしていて。これは、生き物として進化するポケモンの面白さ、独自性なのかなと感じます」

工芸をよく知らない人でもポケモンを介して工芸の世界を存分に楽しめることが、『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』の魅力の一つ。最後に坪島はこう語った。

「可変金物という名は自分がつけた名前ですが、作品を見てくれた方が『こういうものがあるんだ』と知ってくれることは有難いと感じますし、同時に、長い歴史のある伝統工芸とも若干違うので、少し複雑な気持ちになります。ただ、自分は学生の時に満田晴穂さんの“自在置物”が載っている本を読んで、金属でも動く機構のものを作れるんだ、そんな伝統工芸があるんだと知り、その発見に、今の自分のルーツはあると思っています。この先可変金物の作家が自分以外にも出てくるかもしれないので、負けないように努力していかなくてはと思います」

PROFILE|坪島悠貴
1987年生まれ、東京都出身。金属造形作家。2013年に武蔵野美術大学大学院修士課程工芸工業デザインコース修了。2014年にGallery花影抄で開催された「金属工芸作家による根付展 2014」をきっかけに、変形する金属作品の制作をスタート

イベント 『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』
石川県・金沢市にある国立工芸館にて、2023年6月11日まで開催中。人間国宝から注目の若手まで20名のアーティストが工芸の多種多様な素材と技法でポケモンに挑み、ひらめきと悶えと愉しみの中から生まれた新作72点が初公開されている。
出品作家 池田晃将、池本一三、今井完眞、植葉香澄、桂盛仁、桑田卓郎、小宮康義、城間栄市、須藤玲子、田口義明、田中信行、坪島悠貴、新實広記、林茂樹、葉山有樹、福田亨、桝本佳子、水橋さおり、満田晴穂、吉田泰一郎(五十音順)
会場 国立工芸館石川県金沢市出羽町3-2
開館時間 9時30分-17時30分(最終入館17時)
※月曜休館

★詳細は特設サイトをチェック
 

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