【ENCOUNTERS OF POKÉMON AND KOGEI -PART1-】『ポケモン×工芸展 ー美とわざの大発見ー』における挑戦を、国立工芸館主任研究員・今井陽子が語る

工芸の素材と技法によって現実世界に現れたポケモンは、何を物語るのだろう。金沢・国立工芸館で現在開催中の『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』へ潜入し、ポケモンと工芸、その二つの世界がぶつかることで生まれた新たな地平を探る特別企画。PART1では、本展覧会を担当した今井にその誕生秘話を訊いた。

植葉香澄《羊歯唐草文シェイミ》2022年(陶器、手びねり、上絵付)、《羊歯唐草文シェイミ茶碗》2023年(陶器、手びねり、上絵付) ※すべて個人蔵
葉山有樹《森羅万象ポケモン壷》2022年(磁器、染付、上絵付)個人蔵
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PHOTOGRAPHY: OBAYASHI NAOYUKI
TEXT: EDAMI HIROKO

INTERVIEW 今井陽子

 

ポケモンと工芸の共鳴

『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』には全72点の作品が展示され、その全てが新作。作家に新作を依頼すること自体、国立工芸館としては稀なことだった。

「実現可能かの検証と作家選定を、同時に進めていきました。株式会社ポケモンの方々と情報交換しながら作家選定を進めていく中で大切にしたことは、まず工芸として魅力的な作品をつくられていること。そして、ポケモンが“生き物”である以上、具象的なイメージも可能な方であること。工芸をみなさんがご覧になって『すごい』と感じる魅力の一つには、工芸の“物質感”があると思います。いつもはモニター越しに出会っているポケモンたちの姿やゲームの中の現象を工芸ならではの物質感によって表現していくこと、また、ポケモンというフレームを通して工芸の魅力はどのように浮かび上がってくるのだろうか。この二つを出品作の中で考えてみませんか、とお話をしていきました」

ポケモンと工芸。一見すると対極にも感じるが、蓋を開けてみると20名もの作家がこのオファーに賛同し、集結した。

「ポケモンと工芸の共通項はコンセプトを考える段階で書き出したのですが、それを作家の方々がどのように汲んでくださるのかは未知数な部分がありました。たとえば“みず”や“でんき”“ほのお”などのポケモンのタイプに工芸の素材・技法がリンクするので、そこから作品の足がかりを見つける方もいましたし、逆に、後から考えてみたらそうだったという方もいて。そもそも工芸には、『この素材が好き』『このプロセスが好き』というように、素材や技法に対するこだわりを強く持たれている作家が多いんです。なので、作家が作品にするポケモンを選んだ時点で、タイプと素材・技法との親和性というのは、自ずと定まっていた道なのかもしれません」

ポケモンと工芸だからこそ生まれた共鳴を今井はこう語る。

「工芸とは、私たちの生活環境から生まれてきたオブジェクトです。染色家の城間栄市さんが仰っていたのですが、自身が手掛けている紅型の“模様”には、風に靡く葉っぱや木の動きといった中から生まれてくるものがある。私たちの日常にも『今何かの形が浮かび上がったな』と感じる瞬間がありますよね。城間さんは、制作中にポケモンをつぶさに観察し、それらの姿かたちや属性が成立した背景と紅型の制作には似た感覚があったのかもしれない、と感じたそうです。私たちを取り巻く環境から浮かび上がってきたものが、一方では工芸に、他方ではポケモンへ。そう考えると、今日『見つかった』とされるポケモンが1000種類以上もいることも、すごく納得できることです。もう一つは、多様性を許容し、それが世界を豊かにするという感性も、両者をつなぐキーになりそうです。たとえば日本の食卓では、実にさまざまな形やサイズの器が並びますが、それが調和した『絵』となり得ます。英語ではbowlとまとめられてしまうものにも日本ではさまざまな名前がつけられていますが、そこに作り手と使い手の間の交感が見出され、器というオブジェクトへの愛着も深まります。今や世界の共通言語ともなったポケモンですが、その根源を訪ねると、やはり日本的な文化を土壌として生まれてきたところも少なくないのでは、と感じました」

桝本佳子《リザードン/信楽壷》2022年(陶器、轆轤成形、手びねり)個人蔵
小宮康義《江戸小紋 着尺「フライゴン」》2022年(絹、型染)個人蔵
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展覧会は「すがた―迫る!」「ものがたり―浸る!」「くらし―愛でる!」と3つのパートに分かれている。各タイトルへの思いを訊いた。

「ポケモンの形姿を工芸の言語でどのように表現できるのかが興味深いところでした。毛並みはどうなっているのか、皮膚はどのようにそれぞれが棲む場所に適応しているのか。工芸の物質感とそれを引き出す技術でどこまで迫れるのか、またそうして登場したポケモンたちはいかに私たちに迫ってくるのか、『すがた―迫る!』では注目しました。次のパートで取り上げたのは2つの物語です。ポケモンの世界にはさまざまな物語の要素がありますよね。そこはすごくワクワクするところで、仮想世界であってもそこで得た感情はリアリティのあるものです。一方で、工芸を振り返ってみると、実はここにも別種の物語があるんです。たとえば制作中に起きた異変を“味”や“景色”として読み取る繊細な感性が、日本の工芸には張り巡らされています。これら2つの世界観が交錯したスリルに浸っていただきたいと思い、2つ目を『ものがたり―浸る!』にしました。最後の『くらし―愛でる!』は、“用と美”とも称される工芸の文脈にポケモンたちをお招きしようと。工芸がこれほどまでに多彩に発展してきたのは、使う人への愛情に根差したものが少なくありません。日々を慈しみ、明日へと繋げる願いを、機能や装飾に化したポケモンたちの姿を追いながら感じ取っていただけたらと思います」

全作品が並んだ空間はまさに壮観で、工芸で表現されたポケモンたちの存在感に圧倒される。

「会場にずらっと作品が並んだ時、作品が持つエネルギーが発散し、それぞれが互いにバチバチしあいながら、だけどそれが美しさに置換されて味わえているというのは、なかなか贅沢な空間になったと思います。作品の可愛さ美しさ、またちょっと怖いくらいの迫力を見出したなら、それはきっとポケモンという生き物の存在感に触れた証です。そしてポケモンの存在感でグッときたことがあったなら、それは皆さん自身がつかみ取った工芸の魅力にほかなりません。今回の展覧会でみなさんがさまざまな発見をしてくださったら嬉しいです」

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今井陽子 国立工芸館主任研究員。展覧会の企画・美術館教育を兼務。『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』のキュレーションを担当した

イベント 『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』
石川県・金沢市にある国立工芸館にて、2023年6月11日まで開催中。人間国宝から注目の若手まで20名のアーティストが工芸の多種多様な素材と技法でポケモンに挑み、ひらめきと悶えと愉しみの中から生まれた新作72点が初公開されている。
出品作家 池田晃将、池本一三、今井完眞、植葉香澄、桂盛仁、桑田卓郎、小宮康義、城間栄市、須藤玲子、田口義明、田中信行、坪島悠貴、新實広記、林茂樹、葉山有樹、福田亨、桝本佳子、水橋さおり、満田晴穂、吉田泰一郎(五十音順)
住所 石川県金沢市出羽町3-2
開館時間 9時30分-17時30分(最終入館17時)
※月曜休館

★詳細は特設サイトをチェック

 

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