【ENCOUNTERS OF POKÉMON AND KOGEI -PART2-】 自らの禁じ手に挑戦。自在置物作家の満田晴穂が『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』で得た新たな矜持

工芸の素材と技法によって現実世界に現れたポケモンは、何を物語るのだろう。金沢・国立工芸館で現在開催中の『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』へ潜入し、ポケモンと工芸、その二つの世界がぶつかることで生まれた新たな地平を探る特別企画。作家たちはいかにポケモンと対峙し、その世界を咀嚼し、作品を生み出したのだろう。PART2では本展覧会に参加した作家たちの声をお届けする。

PHOTOGRAPHY: OBAYASHI NAOYUKI
TEXT: EDAMI HIROKO

INTERVIEW|満田晴穂

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明治を越える

満田晴穂が現代に継承する“自在置物”とは、生き物をモチーフに作られた金属工芸作品で、本物さながらの写実性に驚くだけでなく、なんと関節ごとに動かすことができるよう各パーツが精緻に形づくられている。江戸時代に始まり明治時代に隆盛を極めた自在置物だが、現在その技術を受け継ぐのは満田ただ一人。満田は、東京藝術大学在学中の古美術研修旅行で自在置物師・冨木宗行のアトリエを訪ね、その日のうちに冨木に弟子入りを志願する。

「いわゆる明治の伝統工芸品として自在置物というものがあることはもともと知っていました。ですが当時の自分にとっては博物館や美術館にある、いわばガラスの向こうの存在で、自分で作ろうなどとは思いもしませんでした。そんな中、藝大の研修旅行で師匠(冨木宗行)の工房に遊びに行く機会があり、そこで師匠からいろいろな話を訊いたんです。それまでは“江戸明治における伝統工芸”という印象だった自在置物の技と文化が、現代まで受け継がれていることを目の当たりにし、師匠を介して自在置物との接点を持てた感覚があり、すごく感動しました。と同時に、自在置物の技術を持っているのが当時すでに師匠だけで、弟子もおらず、しかも師匠は当時60代終盤くらいで。技術が失われてしまうことへの危惧も相まって、その日のうちに師匠に『弟子にしてください』と志願しました。それくらい感動したんです。師匠もそんな僕のことを『いいよ』と受け入れてくださって、そこから、大学の長期休みなどを使い師匠のアトリエに通うようになりました。大学では金属工芸の基礎を学びつつ、師匠のもとで自在置物の基礎を学ぶ。そんな日々でした」

子供の頃から昆虫や甲殻類が好きで、そしてプラモデルやギミックのあるおもちゃにも目がなかった満田にとって、自在置物には好きなものが全部入っていた。冨木のもとに弟子入りしてから16年の歳月が流れ、現在では満田がその技術を継承する第一人者となった。そんな満田が信条とすること、それは「明治を越える」こと。

「工芸は“明治が最高潮”とされがちです。明治が芸術的な到達点で、“超絶技巧”と称されるのも明治の作品だったりする。『自在置物なんて今作ってどうするの』とも言われたりするわけです。『もう明治で完成しているじゃん』と。そんなことを言われ続けながら勉強してきたので、明治を越えたい思いがものすごく強くて。作るのであれば、すでにあるものより劣るものを作っても仕方ない。わざわざ現代にやるのであれば、過去を越えていくということは最低条件だと思っています。単に技術を継承するだけではなく、発展させていく。その意識がないのであればもう下るだけになってしまいますから」

そこで満田が考えたのは、自在置物における“リアリティの追求”だった。

「技術的に明治を越えようと考えた時に、リアリティにはまだ伸び代があると思いました。そもそも、当時のリアルと現代のリアルではその解像度が大きく違います。現代はネットで調べればすぐに写真が出てきたり、数百円のガチャガチャで精巧に作られたフィギュアが手に入る。当然そんなものは明治の時代にはなく、たとえば絵や文章で人伝てに『こういうものらしい』と見聞きした情報をもとに作られていたり、さらには型紙や見本を見ながら職人たちが分業して作ることもあった。今は、たとえ遠い地域に生息する生き物でも手に入れようと思えば実物を取り寄せることもできます。そういうところで、今ならできることがいくらでもあるのかなと思っています」

実物を目の前に置き、観察し、スケッチを描く。そのスケッチをもとに、金属の板を松脂の上で打ち出しパーツを一つ一つ形づくっていく。一つの作品で作るパーツは、およそ100パーツにも及ぶという。自在置物を制作していく過程で、満田が一番ワクワクする瞬間はいつか尋ねると、「うーん。足を作っている時以外は大体楽しい。足はつまらないですね。まず六本もありますから」と思い巡らせながら、モチーフとする虫の奥深さを教えてくれた。

「作っている最中、一ヶ月とか二ヶ月間ずっとモチーフとする生き物を作業机の上でこねくり回して観察し続けるんです。その中で、ふと、この生き物の形がどうしてその形なのか合点がいく瞬間が訪れます。どのようなところに生き、何を食べ、どんな敵がいるのか、その生き物のことをあらかじめ調べて知識を得た上で向き合うんですが、その知識と、観察して見つけた特徴、例えば目の位置だとか牙の形、足に生えている棘の向きや形といったものだとか、その二つが合致して『なるほど!』となった時に、進化の秘密に近づけた心地がしてワクワクします。もともと僕が工芸の人間だからというのもありますが、“機能美”といったものがすごく好きで。生き物の形って、基本的には機能美のかたまりなんです。中でも虫は進化のバリエーションも多いですし、また、実は日本という国は昆虫との文化的接点が強い。季語にも使われたりするように、虫の鳴く音や姿かたちで季節を感じたり、地域によっては神様のように扱われている虫もいる。人と虫との関わり方は、時代や地域ごとの住環境・生活環境によって大きく違っていて、昔の人はこの虫に何を思ったのかとか、そういうことに思いを馳せるのもまた面白いんです」

自らの禁忌と対峙する

いつもはモチーフを目の前に置いて観察しながら創作していく満田。では一体、『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』ではいかにしてポケモンと対峙していったのか。

「江戸明治の自在置物には龍や鯱といった幻獣もモチーフには多いのですが、僕は龍を作ったことがありません。何故なら、現実にいないから。『作ってほしいなら連れてきてください』という笑い話があるほどに、これまでこだわって避けてきました。なので最初にこの展覧会の話を伺った時には正直困惑しました。でも、これまで避けていたことと対峙するいい機会かもしれないと思って。ただ僕が作る以上は、モチーフをとことん観察して、どう動くのかも含めて全部知る必要がある。そのための作業として、話をいただいてから約一年半の時間をかけてゲームを4本プレイし、アニメも4シーズン分ほど見ました。ポケモンのことを“理解する”というよりも、そのポケモンを僕の中に“存在させる”ために。そうして自分の中に取り込んだポケモンといただいた資料との整合性をとりながら、まず下絵のようなものを描き、採寸を取って立体に起こしていく作業を進めました。自分の采配で形を決めていくことは普段しませんし、寧ろそこを禁止にしているので、緊張する作業でした。でも“こうだからこの形である”という思考自体は、それこそ15年やり続けてきたことです。その思考を応用しながら考えていくことができたので、普段の作業が生かせたと思います」

満田がモチーフとして選んだのは、むしタイプのコクーン・スピアー、トランセル・バタフリー、そしてギャラドスだった。

「普段から虫がモチーフの作品を多く作っているのでむしタイプのポケモンは作りたかった。そして、先ほど話したように、今回は自分が避けてきた龍や鯱といった幻獣の類のモチーフに挑戦するいい機会だと捉え、ギャラドスをぜひ作りたいと思いました。ギャラドスはドラゴンタイプでこそありませんが、明治の龍の自在置物と同じ作り方で表現ができると思ったのです」

これまで自身にとっての禁忌としてきたことに、今回敢えて挑戦した満田。その先に見えた新しい景色を訊いた。

「僕は常々、生き物をいかに観察して作るかという仕事をしているじゃないですか。だから今回の話をいただいた時も、まずはポケモンを自分の中に取り込んで、現実の生き物だと認識できるようになってから実際の作業に入っていきました。作品を作り終えた今感じることは、江戸時代や明治時代に龍や鯱を作っていた人たちも同じ感覚だったのではないか、ということです。幻の存在を現実の生き物たらしめようという意識で、自在置物を作っていたのではないか、と。絵描きや彫刻家にしろ、そしてゲームクリエイターも、世界観から作る必要がある表現と向き合う人たちは、みんな同じようなプロセスを踏んでいるんだと思うんです。最初から『フィクションだからね』と思いながら作っている人はいないんじゃないかなと。表現したい世界を自分の中で現実のものと捉えてから作るプロセスを今回は学べましたし、この学びは今後自分の中で生きてくるんだろうなと思います。今なら龍を作ることも可能なのではないかと思っています」

PROFILE|満田晴穂
1980年生まれ、鳥取県米子市出身。2002年に東京藝術大学美術学部工芸科に入学。在学中に自在置物師・冨木宗行に師事。2008年に東京藝術大学美術研究科修士課程彫金研究室修了。2020年に『情熱大陸』(MBS/TBS系列)に出演。自在置物の面白さを広めるため精力的に活動する

イベント 『ポケモン×工芸展 ―美とわざの大発見―』
石川県・金沢市にある国立工芸館にて、2023年6月11日まで開催中。人間国宝から注目の若手まで20名のアーティストが工芸の多種多様な素材と技法でポケモンに挑み、ひらめきと悶えと愉しみの中から生まれた新作72点が初公開されている。
出品作家 池田晃将、池本一三、今井完眞、植葉香澄、桂盛仁、桑田卓郎、小宮康義、城間栄市、須藤玲子、田口義明、田中信行、坪島悠貴、新實広記、林茂樹、葉山有樹、福田亨、桝本佳子、水橋さおり、満田晴穂、吉田泰一郎(五十音順)
会場 国立工芸館石川県金沢市出羽町3-2
開館時間 9時30分-17時30分(最終入館17時)
※月曜休館

★詳細は特設サイトをチェック
 

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