【WEB版】岸本佐知子+柴田元幸トークイベント(MONKEY 23号刊行記念)第3回(全3回)

2月15日に刊行された文芸誌『MONKEY』Vol.23(特集 ここにいいものがある。)は岸本佐知子と柴田元幸が「いま、一番訳したい短篇作品」をそれぞれ選び訳した短篇競訳特集です。日本ではあまり知られていない英語圏の6名の作家、計8本の短篇を二人による訳し下ろしで掲載しました。

以下は2月20日に刊行を記念してオンラインで開催された岸本佐知子と柴田元幸によるトーク&朗読イベントのWEB版です。本誌をより楽しむために。ぜひご覧ください。

第2回はこちら

Q&Aコーナー

Q.もしホテルに2週間籠もることになり、本を2冊だけ持っていくとしたら、どんな本を持っていきますか。

柴田 すごく平凡な答えですが、『戦争と平和』と『源氏物語』(笑)。

岸本 (笑)。

柴田 1巻本じゃないから2冊じゃないんだけれど、2作と聞き間違えたことにして(笑)。『戦争と平和』はいまだに読めていないんです。『アンナ・カレーニナ』は夢中になって読んだんですけど……『源氏物語』は急いで読んだので、よくわからないままで。

岸本 全巻読まれたんですか?

柴田 現代語訳で一応読みましたけど、いつだったか『源氏物語』の発表の司会をする必要があって、読まなきゃいけないという状況で読んだので、こんな読み方じゃ駄目だなと。

岸本 私は洋書を買うだけ買って積んでいるので、その中から選ぶとしたら、1冊はデイジー・ジョンソンのSisters。もう一つはこの前ジャケ買いした洋書で、アダム・アーリック・サックスという方のThe Organs of Sense

柴田 アダムは以前ピッツバーグで、『MONKEY BUSINESS』のイベントで松田青子さんと対談してもらったんですよ。

岸本 あっ、あの方でしたか!

柴田 その本も面白かったです。

岸本 誰も知らないと思っていたのに(笑)。

柴田 あと僕は聖書もあり得るな。『旧約聖書』もちゃんと全部読みたいですね。

岸本 『旧約聖書』は神がめちゃくちゃで面白いですよね。

柴田 そうそう。新訳の方はそんなに惹かれないけど。

Q.明治、大正、昭和初期の日本で好きな小説家は誰ですか?

柴田 個人的に偏愛している作家でいうと北杜夫ですね。小説も好きだけど、エッセイがいい。ユーモアとセンチメンタルなところがあって。そういうのに僕は弱いです。だから初期の赤塚不二夫とかも。

岸本 えっ、ちょっと意外です。たとえばどういうのですか?

柴田 『おそ松くん』でO・ヘンリーの「最後の一葉」や「警官の賛美歌」を漫画化していて。ああいうセンチメンタルな話ですね。

岸本 少女漫画も書いていたりしましたよね。

柴田 『ひみつのアッコちゃん』とかですね。

岸本 偏愛作家でいうと谷崎潤一郎とか、ベタな答えになっちゃいます。私、全然本を読まない子どもだったんですよ。

柴田 同じく。

岸本 それも意外! いつ読むようになったんですか?

柴田 大学に入ってから。それも大学3年になってからですね。

岸本 私は会社員時代に通勤電車が辛くて本を読むようになりました。通勤のときに谷崎潤一郎を初めて読んで、すごく良くて。かつおだしが効いたような文章にやられて。

柴田 僕も『細雪』を読んだのは50代になってからです。子どもの頃は児童文学も読まなかったし、いまだに読んでいないものがいっぱいあって。まだまだ人生の楽しみがあるというか。

岸本 わかります。読まずに生きてきたから、あえて今読むのが楽しい。

Q.翻訳する作家のバックグラウンドは気にされますか?

柴田 先ほども少し出ましたが、僕らは作家の人生にはあまり興味はないです。伝記とかも読んだことがない。その人の人生やバックグラウンドで翻訳が変わることはあまりない気がします。前に村上春樹さんとの対談でも話したと思いますが、レイモンド・カーヴァーのフランス語の翻訳者が、カーヴァーに会わずにいろんな作品を訳して「この人はすごくシニカルな感じの人だと思って冷たく訳していた」と。しかし「本人に会ったらすごく暖かい人なので、心を入れ替えて暖かい感じに訳し直しました」と。僕はそれ間違っていると思う。

岸本 私はそういうのが嫌で作家に会いたくないと思っています。

柴田 岸本さんはそこを徹底していますよね。翻訳者が作家に会う必要がない理由として、翻訳者は読者代表である要素の方が、作家代理である要素より強いと思うからです。

岸本 はい。最初に読む読者だし、その感じを大事にしたいなっていうのがあります。

柴田 よってバックグラウンドはそんなに気にならないっていうことになりますね。

岸本 あとでその人について話さなきゃいけないときに慌てて調べるというか(笑)。

柴田 そうですね(笑)。

Q.お二人の何度も読み返してしまう、とっておきの1冊をお聞きしたいです。

柴田 1冊丸ごとではないですが、ボルヘスの『創造者』の中の「ボルヘスとわたし」と「Everything & Nothing 全と無」の2つはよく読み返しますね。

岸本 それは英語で読むんですか?

柴田 日本語で読みますね。鼓直さんの翻訳がすばらしいので。

岸本 私は武田百合子の『遊覧日記』がすごく好きなんです。浅草花やしきとか、藪塚ヘビセンターとか、代々木公園とかに行って、見てきたまんまを書いているだけなんですが、ものすごく面白いんです。じつは、すごくお恥ずかしいんですが、『死ぬまでに行きたい海』も……。

柴田 今、そのことを考えていました。

岸本 はい。あんなふうに面白くは逆立ちしたって書けないけれども、ただ見てきたままを記録するというやり方を自分がやったらどうなるのかな? と思ってやってみたら、やっぱりあんなふうにはならなかった。武田百合子はとにかく持っている“目”がすごいんですね。だから時々開いて読んではうなっています。あとは開高健の『眼ある花々』。花に言寄せて、今まで自分が旅した場所について書いているんですが、その中でベトナムの夕日について書いた3行くらいがすごく良くて、時々写経をします。

柴田 そうした読書の背景から『死ぬまでに行きたい海』は生まれたんですね。

Q.翻訳するときにあったら嬉しいアイテムはなんですか?

柴田 僕は音楽ですね。音楽は鳴っていた方がいい。

岸本 私はチョコレートとコーヒー。音楽が鳴っていると聴いちゃうのでダメなんですよ。

柴田 僕は鳴っていても時々耳に入るくらい。音楽に対して失礼かもしれないですが。

岸本 音楽にもよりますよね。

柴田 まあそうですね。日本語がはっきり聞こえると、例えば“たま”とかは大好きなので聴いちゃいます。

岸本 明らかに訳文に影響が出る。

柴田 翻訳するときは英語でも言葉がはっきりしない、あるいは言葉がないものを選びます。

岸本 私は生活雑音ならいいんですよ。生活雑音が鳴るアプリを入れていて、それを聴くことがあります。

柴田 それはお皿を洗っている音とか、そういうことですか?

岸本 そうですね。学食のざわざわした音とか、いろいろあります。あと、雨の音とか。

WEB特別追加質問コーナー

Q.柴田先生は岸本さんが書いてくださったような「ノープラン」の小旅行をされる(た)ことはありますか?それとも入念に準備をなさるタイプでしょうか。

柴田 大学のときに東京から国道1号線をひたすら西へ歩いたことがあります。一週間で静岡県の袋井まで行って、飽きてやめました。

Q.特集のタイトルが素敵です。どんな風に決まったのですか?

柴田 はじめは「これ読んで!」「これ知ってる?」とかだったのですが、なんかまともすぎるなあ、と編集会議でみんな思っていて、そのうち、誰かが「ここにいいものがある、ということを伝えたいんだよね」と言って、「じゃあそれで行こう」とみんなが言って。だいたい会議の席で、ああでもないこうでもないと言ってるうちに決まります。

Q.柴田さんにご質問させていただきたく存じます。以前岸本さんがトークイベントで、「わからないことがあっても、何でも柴田さんに聞けばすべて解決する。“最終兵器元幸”とでも言うべき存在」とおっしゃっていたのが印象的でした。柴田さんにとって、岸本さんはどんな存在でいらっしゃるのでしょうか。

柴田 僕のなかの変態的な要素をより濃縮した存在。人間としてじゃないですよ—— あくまで翻訳者として。

Q.巻末の岸本佐知子さんのエッセイ「太陽の塔」を読もうとした時、最後のページの写真に惹かれてじっと見ていました。「光の教会」とのことですが、いつもこの光線を観ることができるのでしょうか? 胸に光が直接射しこんで身体を通り抜けるような写真です。もしお時間あれば、このエッセイにまつわるエピソードをお聞かせいただけたらうれしいです。

岸本 あれは本当に何も考えずにパシャリと一枚撮っただけの写真でしたが、もうああしか写りようがないくらい、はっきりと光が主人公の教会でしたし、そのように意図された建物だと思いました。私が行ったのは午後2時ぐらいでしたが、朝や夕方だとどう見えるのか、気になります。

あそこに書かなかったエピソードとしては、教会を出て車で高速を走っているときに、行く手に光の柱みたいな縦の虹が見えて、ちょうど読んだばかりの町田康『ホサナ』みたいだなと思ったのを覚えています。

あと、あの時の殺人犯が捕まったのかどうか、いまだに気になっています。

Q.MONKEYは発刊当初から購読してますが、毎回、柴田さん流に言うと変な趣向で興味がつきません。柴田さんにお答えしてもらいたいのですが、岸本さんはツイッターとかの口調と書かれる文章の雰囲気が同一の人だとは私には思えないんです。普段はどういう雰囲気の方なのでしょうか。

柴田 ツイッターだとアフォリズム(格言・警句・金言)的ですよね。普段、といっても会うとだいたい小説の話をしてるので、これがどれだけ岸本さんの「普段」かわからないんですが、いろいろ面白い話を持っていて、人の話もきちんと聴き、ユーモアもあり、大変感じのよい方です。

Q.柴田先生は、「作家の声」ということをよくおっしゃりますが、それは具体的にはどういった時に感じますか?そして、それは、レトリカルな表現上のこと、もしくは表現された内容のことでしょうか。

柴田 内容より言い方ですね。単に書いてある文字なんだからそこから音は聞こえないはずなんだけど、読んでいると声が聞こえてくる気がすることってないですか?

Q.男性作家作品の翻訳と女性作家の翻訳とで、大きく違うものは何かあるのでしょうか? また、同性のほうが訳しやすいとかもあるのでしょうか?

柴田 肉体的な感覚を通してものを言うのは概して女性作家の方が強いと思う。まあそうやってステレオタイプ的にまとめるのはよくないんだけど。作家といろいろ共有するものが多ければやっぱり訳しやすくて(例 スチュアート・ダイベックと同じく下町・工業地帯で育ったからダイベックの描く街はイメージしやすい)、同性であることもそのひとつだと思いますが、反面、「他人になってみる」ことが読む上でも訳す上でも(そしてたぶん、書く上でも)文学のポイントだと思うから、あまりそういうことを強調したくはないです。

岸本 作者の性別を気にしたことはないです。作品を選ぶときも特に気にしていないし、訳している最中に、その性別だから訳しやすいとか訳しにくい、と思ったこともないです……ないつもり。ただまあ、私はふだん生活していても自分の性別はほぼ忘れているので、個体差かもしれません。

Q.海外文学が好きで、翻訳された文章に心が動かされるたびに、原書も味わいたいと手に取るのですが、なかなか最後まで読んでいくことができません。初心者でも原書で読みやすい作品を教えて頂きたいです。また、原書を読んでいくコツや楽しむコツがあれば教えて頂きたいです。

柴田 全ページ辞書と首っ引きで読むとあまりに進まず流れが見えないし、全然辞書をひかないとわからないところが多すぎてやっぱり挫折するので、1ページごとに「辞書を丁寧にひく/ひかない」をくり返す、とかどうでしょう。

4月に研究社から「英語精読読本」というシリーズを出します。1冊に短篇が何本か入っていて詳しい註釈と対訳がつけてあります。よかったら活用してください!

岸本 わかります……私も何年この仕事をしていても、英語の本はちっともすらすら読めません。だから途中で挫折してもそんなにがっかりしないでください。

おすすめの原書、具体的な書名はぱっとは思いつけませんが、①自分の興味のある分野や題材の本を選ぶ、②すでにあらすじを知っている本にまずトライする(翻訳で一度読んだ本だとか、映画の原作とか)、あたりをおすすめします。

最初からわからない単語を全部ひいているとへたばってしまうので、最初の何ページかは少々知らない単語があっても、多少わけがわからなくても、気にせず読みすすめるのがいいと思います。

Q.バンコクから参加しました。タイ料理はお好きですか。

柴田 ごめんなさい! タイ料理の香料、苦手なんです……でもほとんど食わず嫌いなので、よくわかりません。

岸本 こういうお話を聞くと、リモートもいいもんだなあとつくづく思います。そして「えっタイ在住? いいなあ、毎日タイ料理が食べられて!」と思うくらいにはタイ料理好きであります。去年、大好きだった赤坂のぼろっちいタイ料理屋さんが閉店してしまって悲しみにくれています。

Q.2021年になってよく聞く音楽などありますでしょうか?

柴田 haruka nakamura『スティルライフ』『スティルライフⅡ』。バリリ四重奏団『ベートーヴェン 弦楽四重奏曲全集』(全8枚)—— トークでも言ったとおり、生活雑音的に流しているだけで、音楽に申し訳ないんですが。

岸本 私はもともと音楽なしでも生きていける人間で、年に3回ぐらいしか「音楽聴きたいな」と思わなかったんですが、一昨年ぐらいに突然Gorillaz にはまってよく聴くようになりました。

彼らはいわゆるバーチャルバンドで、メンバーは全員カートゥーン・キャラです。活動はしたりしなかったり、ひどいときは7年ぐらい休止していたこともあったようなんですが、去年に入ってからがぜん活動が活発になってきたのは、もしかしたら人々の生活がコロナの影響でバーチャルっぽくなってきていることと無関係ではないのかもれませんね。(と、無理やり理屈をつけてみましたが、要するに、ただ好きなだけです)。

Q.COVID19 への文学作品への影響はもう出てきていますか

柴田 まだわかりません。アメリカの場合、原稿が出来上がってから出版までに1年かけるのが普通ですから。もちろん、バリー・ユアグロー『ボッティチェリ 疫病の時代の物語』(ignition gallery)みたいに、時代の空気のいち早い報告もありますが、例外的です。

岸本 きっと出てきていると思いますし、出てこないわけがないと思っています。MONKEYで柴田さんが訳されたレイチェル・クシュナーの作品も、コロナ禍を踏まえて企画された「デカメロン・プロジェクト」という試みの中で書かれたものでした。これからそういうものが文学の世界でどんどん出てくると思います。たぶん、日本でも。


MONKEY vol.23
特集 ここにいいものがある。
1,200円+税

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