2月15日に刊行された文芸誌『MONKEY』Vol.23(特集 ここにいいものがある。)は岸本佐知子と柴田元幸が「いま、一番訳したい短篇作品」をそれぞれ選び訳した短篇競訳特集です。日本ではあまり知られていない英語圏の6名の作家、計8本の短篇を二人による訳し下ろしで掲載しました。
以下は2月20日に刊行を記念してオンラインで開催された岸本佐知子と柴田元幸によるトーク&朗読イベントのWEB版です。本誌をより楽しむために。ぜひご覧ください。
短篇集、どこから読む?
柴田 今回の『MONKEY』は岸本佐知子さんと僕が、自分たちがそれぞれ良いと思う作品を選び訳したものを掲載しました。発売から数日経ちましたが、反響はありましたか?
岸本 柴田さんの訳した「アガタの機械」と私の訳した「オール女子フットボールチーム」を読んでよかったというコメントをいくつか見ました。
柴田 「アガタの機械」はThe Doll’s Alphabetという短篇集に収録されています。カナダ出身のカミラ・グルドーヴァさんというまだ若い作家なんですが、どうやら今はスコットランドに移り住んでエジンバラの映画館で案内係をやりながら小説を書いているそうです。どこまで本当かわかりませんが。
岸本 でもなんか“らしい”感じがしますね。
柴田 今回きたしまたくやさんが素晴らしい挿絵を描いてくれまして、これをきたしまさんがインスタグラムに出したところ、カミラさんご本人が見つけてくださって、「私の短篇が綺麗にイラストレートされてる!」とコメントを書いてくれました。この短篇は岸本さんお好きですよね。
岸本 大好きです。本誌の対談でも言いましたが、The Doll’s Alphabetはずっと家にありました。バージョンは違うみたいなんですが。
柴田 僕のはイギリス版。岸本さんのはアメリカ版かな。
岸本 はい、そうです。短篇集の1本目を読んで「面白いなあ」と思っていたんですが、そのまま積んでいました。
柴田 1本目が面白いと思ってそのままにしておくパターンはよくありますね。満足して本を置いてしまって、別のことをやると忘れちゃうとか。
岸本 私はとりあえず最初の1本を読むんですよ。最初を読んで最後を読んで、あと表題作があればそれを読む。
柴田 僕は結構順番に読みますね。『MONKEY』を作るようになって、いかに順番が大事かということを学習しました。最初から順番に読んでくれることを想定して、ページの流れに物語が隠れているように作る。そういうことを学びましたね。
ジャケットが大事
柴田 岸本さんが訳されたルイス・ノーダンの「オール女子フットボールチーム」は懐かしの“Vintage Contemporaries”シリーズから。80〜90年代くらいに、その頃のアメリカのいい小説を探そうと思うと大体このシリーズだったと思います。
岸本 そうですね。今の日本でいう「新潮クレストブックス」みたいな。
柴田 まさにそんな感じです。ゲイリー・フィスケットジョンという、村上春樹さんのエディターでもある方が手がけていました。彼が非常に売り上手で、評価は高いけどあまり売れていないベテラン作家と、これから売れそうな新人作家をうまく組み合わせて、ペーパーバックで出すということを始めた。デザインに統一感はあるけれど、表紙の絵は毎回異なり、すごくよかったですね。この頃はあと“Penguin Contemporary American Fiction”を見ていれば大体よかったですね。
昔話になりますが、僕ら二人が翻訳家として「この作家あたりから始まったかな」という作家がいるとすれば、岸本さんはニコルソン・ベイカーですよね。
岸本 そうですね。
柴田 彼は今どういうことをやっているんですか。
岸本 少し前の話になりますが、アメリカの多くの図書館で、保管されていた何百年も前の新聞が全部マイクロフィルム化されて、元の新聞を捨ててしまっていたらしいんですね。で、そのことを知って猛烈に怒り、その新聞を買い取るためにNPOまで設立してしまった、ということがありました。その団体は今でもちゃんと存続しているようです。
柴田 そういえば図書館の貸出カードが全米でなくなるというときにも抗議していました。
岸本 そうでしたね。柴田さんはポール・オースターですか?
柴田 はい。ニューヨーク3部作の第1作 City of Glass(『ガラスの街』)。 “Penguin Contemporary American Fiction”のジャケットがすごく良いんです。多分そのジャケットじゃなかったら、僕はオースターを買っていないし、読んでいない。
岸本 そういえば最初どうやってオースターに出会ったんですか?
柴田 洋書店ですね。表紙がかっこいいなと思って。ニューヨーク3部作はすべて同じタッチで作られていました。『ガラスの街』と『幽霊たち』を同時に本屋で見つけて読み、面白いと思っていたら、『鍵のかかった部屋』がペーパーバックで出てすぐに買いました。もともとは“Sun & Moon”という小さな出版社から出ていて、その表紙は全然違うんですよ。もし表紙がそっちだったら全然惹かれず、僕はオースターに出会うこともなかったと思います。
インディーズの方が面白い
柴田 岸本さんが訳されたサブリナ・オラ・マークについて。この方はユダヤ系なんですね。
岸本 そうですね。でも実はあまりバックグラウンドがわからないんですよね。
柴田 はい。僕らは著者のバックグラウンドについてはそこまで興味がない。面白い作品かどうかだけですね。
岸本 今回訳した作品が収録されている短篇集(Wild Milk)との出会いもジャケ買いです。この本を出している出版社が変わった作品を出していて。ミランダ・ジュライがここから出版されたある作家をとても褒めていたので、読んだら前衛的すぎてわけがわからなかったんですけど、その時に一緒に見つけたんだと思います。「なんだこれは」という感じだったんですが、面白かった。
柴田 この出版社は名前も変わっていて、Dorothy, a Publishing Projectという。
岸本 え、それ社名? みたいな(笑)。
柴田 「ドロシー、出版企画」。フィクションの枠を広げるものしか出さないというコンセプトで、ここが出しているバーバラ・カミングスの本も読みましたが面白かった。リオノーラ・キャリントンも出していて、いい出版社だなと思いました。
ちなみに最初に話したカミラ・グルドーヴァを出している出版社もなかなかユニークなんです。本のカバーは、小説は全部青地に白抜き文字で、エッセイ集は白と青が入れ替わるシンプルなもので統一している。あとは中身で勝負という。今回僕が訳したアン・クインを出している出版社は、And Other Storiesという社名です。「と、その他の短篇」。いずれも大手ではなく、インディーズの小さな出版社ですが、やっぱりインディーズの方が面白い気がしますね。
岸本 でもインディーズのものってどうやって見つければいいんでしょう。
柴田 ウェブは大手とインディーズが対等に勝負できる場所であるなと思っていて、キーワードで検索した先が常に大手とは限らない。
岸本 確かに。
柴田 特集の中でも話しましたが、コロナで書店に行って紙の現物を見て買うというのがなかなかできなくなっている。すごくやりたいと思っているんですが。
岸本 街の洋書屋さんが減りましたよね。
柴田 そうですね。東京の人間は贅沢だと言われそうですが。なんとなく本を手に取って見るという行為がすごく大事だなと思うので。今は寂しいですね。
特集 ここにいいものがある。
1,200円+税