NO WHERE,NOW HERE. インタビュー、紀行文、出会った人々。SWITCH・COYOTE編集長 新井敏記が一つひとつ綴っていきます。

2014年9月28日

スネークウッドの祟り

 転ばぬ先の杖、古今東西で杖は祭儀にも使われ、キリスト教では高位の聖職者の象徴としてあった。仏教では修行僧が持つ錫杖や、巡礼の際に携える金剛杖がある。「勧進帳」で弁慶が主君・源義経を、疑いを晴らすために金剛杖で叩いたのはあまりにも有名な場面だ。
 瀬戸内寂聴さんは素敵な杖を持っていた。細長く、手に持つとしっとりとなじみ、それはまさに高位にある方が持つ杖としてふさわしいものだった。
 しげしげと眺めると、ヘビのうろこのような斑紋が材に見られた。
「スネークウッド、ヘビの杖」
 瀬戸内さんは自慢気に語った。
「あんた知っている?」
 首を横に振った。耳慣れない言葉だった。手にもって二、三回軽く振った。細い見てくれとちがって、ずしりと重く感じた。
「南洋の木で、アマゾンの熱帯雨林にしかないのよ、自分の背の丈に合わせて切ってもらったの。細くて硬くて、持つと感触がいい、これなら法衣にも合うでしょう」
 僧籍にある瀬戸内さんに着飾る洋服はないが、バッグや時計など携帯するものはブランド品で、お洒落を発揮する。スネークウッドもその一つなのだろう。スネークウッドはクワ科の樹木で、その希少さから「幻の木」ともいわれている。
「中島六兵衛さんという人がいるの。京都の高利貸しで私が小説のモデルにした人。彼はいつも素敵な杖を持っていて、彼曰く安物の杖は絶対にダメと言う。いつか歩けなくなるときが来ると思って、昔銀座のステッキ屋さんで買い求めたもの。『チャップリン』という店、可笑しいでしょう」
「そのままですね」
「いくらか当ててみなさい」
 瀬戸内さんはときどき人を試すのだ。
「十万」
 母へ贈ったステッキの十倍の値段を口にした。見栄を張った。瀬戸内さんは黙って首を横に振った。
「三十万」
 今度は少しむっとした様子だった。お世辞でも高く言わないといけない。
「百万」
「見える?」瀬戸内さんが答えた。
「見えません」
「昔は六十万、今買うと百四十万」
「高い」
「あなたが音楽家ならこのスネークウッドでタクトを作ってあげるんだけれど」
「ペンを作ってください」
 瀬戸内さんは聞こえないふり。木目がヘビの柄のようにも、象形文字のようにも見えることからスネークウッドは別名レターウッドとも呼ばれている。
 一昨年、用事があって久しぶりに京都に瀬戸内さんを訪ねる機会があった。一緒に近くの鰻屋で食事をすることになった。外出の際、花柄の安くて派手なプラスティックの杖が履物とともに玄関先にあった。
「スネークウッドの杖は?」
「ショーケンが映画で使いたいといってきたから貸してあげたら壊されて返ってきたわ。それ言わないで腹が立つから」
 どれほどの強い力で何を叩いたのだろうか。彼に義経がいるとは思えないから不思議だ。
「いいわよ、ショーケンにはバチがあたるようになるから」
 そう言うと瀬戸内さんはペロっと舌を出して首をすくめた。少しぞっとした。