2016年6月20日

一つのともしびから

 『星の王子さま』の著書で有名なフランス人サン=テグジュペリは、作家と同時に職業パイロットだった。彼の最初の仕事、夜間飛行はフランスからアルゼンチンまでだった。ともしびばかりが輝く闇夜だった。作家はそのともしびの一つひとつに人間の心が存在していると実感していった。一軒には読書をする人が、もう一軒には思索をする人が、さらにもう一軒には打ち明け話をする人がいると彼は思いを巡らしていった。

 彼は“シンプリシティ”について記した『人間の大地』冒頭でこう書く。
「努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ」(堀口大學訳)
 彼はたえざる死の危険にみちた夜間の郵便飛行――命を賭した業務の遂行に努力する人だった。生きるためにどうするか、そのサバイバルの根底にあるのは実に明解な意識だった。
「完全とはすべてを脱ぎ去り、ありのままの姿に戻ったとき、つまり加えるべきものがなくなったときではなく、取り去るものがなくなったときに達成される」
 実に美しい発見だった。サン=テグジュベリはこの“シンプリシティ”の作品を次々に発表していった。
 
 星野道夫がアラスカに向かったきっかけは神田の古本屋で見かけた一冊の『アラスカ』という写真集だった。ベーリング海と北極海がぶつかる海域に浮かぶ小さな島、シシュマレフというエスキモーの小さな村を写した見開きの空撮写真に魅せられた。北極海に落ちる夕日を背景に小さな集落が砂州のように浮かぶ写真、厳しい自然の中にも人が生きている。その年の冬、星野道夫は仕事はなんでもします。どこかの家においてもらえませんかとシシュマレフ村長宛に手紙を書いた。
 
 そのとき星野道夫は二十歳だった。
 
スイッチ編集長 新井敏記