2015年1月8日

母なる自然のおっぱい

友人から一通の手紙が届いた。
パソコンで文面が打たれているので、いまさら何の知らせがあるのだろうかと、いぶかしがる。

拝啓 酷寒の候、お元気でお過ごしのことと思います。
さて、みなさま御存知のわが母●●さん、この一月四日で九十四歳になります。杖もなく歩き、年齢としては極々元気で、お口も達者でありますが、本人としては、いよいよ終わりも近いと言っております。(実は十年以上前から言いつづけているのでありますが……)
葬式は家族葬でとの本人の意思もあり、お呼びいたしませんが、かねてお世話になって、人生を彩ってくださったみなさまに、生前にひとこと御礼申し上げたいとしきりに申しますので、以下のとおりささやかな御席をご用意いたしました。
ご多用とは思いますが、これが最後と申しておりますので、生前葬と思召して、生き仏様を拝みにお越しいただければ嬉しく思います。
●●さんもみなさんとお目にかかれれば、いい冥土の土産になると思います。寒い季節で申し訳ありませんが、本人は「御礼の会」が「偲ぶ会」になるやもと言っておりますで、取り急ぎご案内を申し上げる次第です。
百歳のお祝いにお呼びしないことを祈りつつ……
敬具

なにやら怪しげな友人の母の生前葬の知らせだった。御丁寧なことに末尾には●●さんの追伸が記されている。
「九十歳をすぎてから日一日呆け状態がでてきました。皺皺と呆けとはと、大いに失笑していただければ、ババは幸せです。楽しみにしています」

ババは白寿まで生きるのだろうなと思いながら、友人に喜んで出席の電話をする。
「殺しても死なないよ」
友人は憎まれ口を叩く。そして呆れたように「先日転倒して頭を打ってもババは怪我ひとつしてなかった」と笑った。
「こうなったら長生きして日本記録を目指してほしい」と僕は言った。
「迷惑でしょう」友人はまた笑った。「転倒した時に念のため緊急入院して精密検査をしたのね。ベッドに寝かすと、母は私のおっぱいを触って『いい形してるね。形状記憶装置のようなおっぱいだ』と言うの。『触られていやじゃない?』と母が訊くから『いや』と答えた」
「なんで触ったんだろうね?」僕が言った。
「わからない。でもとっさだった。母はそういう人」
「母なる自然のおっぱいに憧れているのかもね」
「なに、それ」
僕は電話を切った。そしてもう一度手紙を読んだ。そしてはたと思った。
友人の母は、確か八十八歳の米寿の時に生前葬やっているじゃないかと思い出した。生前葬をやる人が珍しいのに、卒寿を過ぎて二度やる人なんてこの世にいるのだろうか、呆けるではなく呆れた。