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渋谷区の公共トイレ“THE TOKYO TOILET”(以下TTT)の清掃員平山を主人公にしたヴィム・ヴェンダースの映画『PERFECT DAYS』から、同作のプロデューサー柳井康治を発行人とし、企画・脚本の高崎卓馬が原作を書き下ろした絵本『ともだちの木』が生まれた。きっと誰にもある、どこにでもある、大切な木を探して世界をめぐる冒険譚がはじまる
絵本の出発
——絵本『ともだちの木』で描かれている物語は、子供の頃にどこかで読んだことがあるような気がしました。一本の木をめぐる世界、懐かしく新しい物語と感じました。主人公はどこにでもいる子供で、大切な秘密の場所を見つけた彼は、成長とともに一本の木を通して見えない世界とつながっていく。子供の頃は誰も持っていた不思議な力です。優しくて儚い、その力。生きるってなに? と、ヴェンダースの夢をきっかけに、高崎さんが紡いで、柳井さんが形にされた。
柳井 不思議な力は、高崎さんにもヴェンダースさんにもあるし、普遍的なものだと思います。でも二人は特別にその力を意識しているわけでないことが大事なのかもしれない。
——柳井さんも持っているその力が、映画『PERFECT DAYS』となって、次に『ともだちの木』となった。
高崎 映画のなかで主人公の平山さんが、自分のアパートで小さな木を湯呑みで作った植木鉢にいれて育てているんです。その設定は役所さんの発案でした。木に対して特別な思いを持つ男の日々がそんなふうにリアルになっていきました。役所さんはアイデアとしてというよりシナリオから立ち上がる人物を「観察」してそれを見つけていた。だからとても自然で、ヴェンダースも「平山さんならそうするだろう」と受け入れていった。平山という男の人生はまるで木のようで、日々の出来事が風となり、彼の枝葉を揺らす。そしてそれが木漏れ日をつくる。この映画はまるでその木漏れ日のようなものだ。と思い至ったのは映画をつくったあとです。作りながらいろんなことに気づかされました。
柳井 制作過程でいろいろなことが進んでいく時に、いくつものアイデアが生まれていました。形になったものは映画が1番最初ですが、それ以外のものも自然と形になってきていて一つずつピースが揃ってきているように思っています。
——平山さんの大事に育てている植物が、『ともだちの木』に通ずる。絵本の構想は映画からというよりは、もともとはヴェンダースのモチーフとしてあった。映画のワンシーン、木漏れ日の中で平山さんが姪っ子と木に触れるシーンがある。平山さんの大切な時間が絵本と重なります。
高崎 それも何か大きなものに導かれていった結果、そうなったというか。最初から決まっていたわけではないんです。
——ヴェンダースは木のことを高崎さんに話した、その時のことを教えてください。
高崎 シナリオづくりの過程で、わりと最初の段階でヴェンダースに「君にはともだちの木はいるか?」と聞かれました。兄弟はいるのか?ぐらいとても自然に。まるでいつもそういう質問をいろんな場面でしてきたみたいに。「ともだちの木」という言葉を聞いたときなんて素敵な発想をするひとなんだろう、ととても感銘を受けました。それから「ベルリンに来たら自分のともだちの木を紹介するよ」と。ロマンチックですよね。言い方がもう。こういうふうに世界をみるってとても素晴らしいですよね。それが僕や柳井さんがヴェンダースというひとに強く惹かれている理由だとそのとき思ったんです。
柳井 ヴェンダースさんがとても大切な思いを伝えてくれた。“ともだちの木”という言葉は、実際に映画の中で大切な台詞にもなっていますね。
高崎 小さな台詞なんですけど。でも映画全体を支配している気がします。それで編集作業をしているときに、この考えを世界中に広めたい。その出発点として絵本のようなものを作りたいとヴェンダースに言ったんです。そしたらすぐ近くにあった紙に「DREAMED BY WIM WENDERS」と書いて。
ベルリンの木
——ヴェンダースのともだちの木はいったいどんな木だったのか。具体的に教えてください。
高崎 ベルリンから2時間くらい行ったところにある国定公園のなかに、ヴェンダースが改装中の田舎の家があって、その家の横に立派な木がありました。その木を「自分よりずっと年上のともだちだ」と言って紹介をしてくれました。大きな牧場のなかにある小さな丘のうえで。その木のしたに木のテーブルがあってそこで毎日、シナリオをつくりました。
柳井 ヴェンダースさんはいつもおしゃれなことを僕たちに言うから、「ともだちの木」という言葉も、ついいつものロマンチックフレーズのひとつだと思ってましたよね。
高崎 手紙も、普段の物言いも、いつもユーモラスで、ロマンチックで。いいこと言うなあ。おしゃれなこと言うなあ。と最初は思っていたんですが映画をつくっていくうちにとんでもなく大事なもののように思えて。康治さんが、もしかしたら映画より先にある大事なものだったのかもしれないって言ってて、ああまさにそうなんだなあ、これが本当のはじまりなのかもなあと気づきました。
柳井 シンプルに素敵な考え方だなと思います。ともだちの木を紹介しますとか、ともだちの木はいますか? と訊けるなんて。そんなことを真っ直ぐに言える大人がいる。普通はなかなか言えない。平山さんもニコに「これ、ともだちの木でしょ?」と言われて、「え?」っていう反応だった。ともだちの木という自覚はないけれど、実際はそう思いながら愛でている。ニコに言われた時の「そうだね」というあの柔らかな表情が、絵本『ともだちの木』にもあるといいなと思っています。
高崎 まさに、僕がヴェンダースに「ともだちの木がある」と言われた時の感覚は、きっと平山がニコに「これともだちの木でしょ」と言われた時の感覚と同じだと思うんです。その反応は、驚きもあるけど、嬉しさもある。そういう風に考える人がいるんだということに気づく。その喜びって素敵なものです。
柳井 高崎さんが「映画をつくった後から、つい木に触れてしまう」と言われた。トイレもいつか「ついきれいに使っちゃう」ことを心がけるようになって欲しい。この絵本を読んで、自分にとってともだちと言える木はなんだろうなと探したくなりました。
高崎 そう、探してしまう。康治さんはもうともだちの木を決めましたか?
柳井 ……うん、あそこにいるな。僕の「ともだちの木」は。今度紹介します。ヴェンダースさんほどカッコいいかどうかはわからないけど、いいやつです。
高崎卓馬 1969年生まれ。クリエイティブディレクター、小説家。数々の広告キャンペーンを手がけ、JAAAクリエイターオブザイヤーを3度受賞。映画『PERFECT DAYS』では、ヴィム・ヴェンダースとともに共同脚本とプロデュースを担当。著書に小説『オートリバース』、絵本『まっくろ』など
柳井康治 1977年生まれ。2012年にファーストリテイリング入社。2020年よりグループ上席執行役員。個人プロジェクトとして、THE TOKYO TOILETを発案、出資、実現する。企画からプロデュースまでした映画『PERFECT DAYS』は世界90カ国以上で公開され大きな話題となる