【第1回】是枝裕和×坂元裕二対談を特別公開

現在発売中の『SWITCH』2023年6月号で特集した映画『怪物』は、映画監督・是枝裕和と脚本家・坂元裕二の初タッグとなった作品だ。ふたりの初対面は2015年3月24日に行われた対談だった(是枝裕和対談集『世界といまを考える1』に収録)。貴重なやりとりが記録されたその対話を、SWITCH ONLINEにて特別公開する。

是枝裕和×坂元裕二
どこ
かから借りてきた言葉ではない言葉を

第1回

坂元裕二さんは尊敬している現代の脚本家のひとりだ。自分がいま生きていて、何に引っかかるかというポイントがとても自分に近いように思う。特に2010年の『Mother』、11年の『それでも、生きてゆく』、13年の『Woman』などは、題材の選び方にシンパシーを感じた。もしかしたらこの脚本は自分が書いているんじゃないかと錯覚するほどだった。脚本家(坂元さん)と演出家(僕)という立ち位置の違いはあれど、あまり言葉を重ねなくてもたぶん理解し合えるんじゃないか、とずっと思っていた。実際にお会いしてみたらとても繊細な人だった。1991年の『東京ラブストーリー』からほぼ四半世紀を経るのに、なおこの繊細さを持つところが、彼の強さなのかもしれない。(是枝裕和)

決め台詞に至るまでのやり取りの豊かさ

是枝 一度、ツイッターでやりとりさせていただいて。


坂元 『それでも、生きてゆく』の脚本を書いているときですね。執筆中はいつも自信がなく、葛藤しているので、誰かがポジティブな意見をいってくださると舞い上がってしまうんです。しかもその相手が是枝監督だったので、本当にうれしくて。テレビドラマをご覧になるような方だと思っていなかったので、正直驚きました。


是枝 僕はもともとテレビっ子で、連ドラで育っているものですから。いまも毎シーズン、観たいドラマをひとつふたつ選んで観ています。ぶっちゃけていうと、坂元さんのドラマはいつもビックリするぐらい涙腺が緩んじゃうんです(笑)。


坂元 ……「光栄です」としか、いいようがないです(笑)。自分の美学や志しているものと違っていても、おもしろいと思えるほうなんですか。


是枝 うーん。坂元さんのドラマは圧倒的に台詞が多くて、ワンシーンが10分とか長いですよね。僕はそういうシーンは書かないし、書けないし、本来的にはそんなに好きではないのですが、なぜか目が離せない。あれは役者を信頼しているのか、それとも演出家を信頼しているのか、どちらなんだろうと思って。


坂元 役者は信頼しています。というか、役者に頼っている。脚本に書けることはとても限定的なことなので、「この人が話せばうまく伝わるんじゃないだろうか」と思っているんです。


是枝 キャストはどの段階で決まることが多いのですか。


坂元 書く前にほとんど決まっています。


是枝 直接会うこともありますか。


坂元 それはしません。だいたいはバラエティ番組で素でお話しされているのを見て興味を持ちます。役者さんが持っている素の部分が僕の書いた台詞のなかから見え隠れしたりしたときに、初めておもしろくなるような気がするので。


是枝 実は僕もテレビのバラエティでそう思うことが多いんですよ。


坂元 そうなんですか。


是枝 ええ。『誰も知らない』のYOUさんも、『歩いても 歩いても』の阿部寛さんも、バラエティで見ていいなと思ってキャスティングしました。


坂元 映画やドラマのお芝居を観ても、あまりわからないものですよね。


是枝 でも、たとえば『Mother』の子役の芦田愛菜ちゃんは?


坂元 芦田愛菜ちゃんはオーディションでした。最後に5人残った段階で、プロデューサーから「揉めているので来てほしい」といわれて行ったんです。部屋に入った瞬間に愛菜ちゃんが目に留まって、「あ、この子だ」と。オーラというとちょっと安っぽいんですが、ひとりだけ明らかに浮いていた。ただ、役の設定は小学1、2年生で、5人のうち愛菜ちゃんだけが幼稚園の年中だったんです。それでスタッフが決め切れず、プロデューサーがみんなを説得するために策略的に僕に来いと(笑)。だから僕は「この子しかいないですよね」と、みんなが薄々わかっていたことを裸の王様のように指摘しました。


是枝 なるほど。坂元さんはインタビューで「連ドラは脚本を書きながら、役者の芝居を観て、展開をいろいろとつくっていけるのがおもしろい」というような発言をされていましたが、『Mother』もそうですか。


坂元 ええ。とはいえ僕が初めて第1話をオンエアで観られるのは、すでに6、7話を書いているころなんですが。『Mother』だと、第1話が放送された段階で、愛菜ちゃんを虐待している母親役に対して、視聴者の方からの非難の声がけっこうあって、それは違うなあと思ったんです。実際に自分の知人からも「男におもねる豚だ」というメールがありまして(笑)。


是枝 それはすごい(笑)。


坂元 そのメールをいまも大事に取ってあるんですが、「いや、それは違う」と思って、当初考えていた裁判の話を削り、第8話に尾野さんの回を入れました。


是枝 そういうことはけっこうあるんですか。


坂元 しょっちゅうあります。本読みやお芝居を見ながら、「この人、おもしろいな」と思うと、どうしてもそちらに気持ちが行ってしまう。ちょっと偏っているかもしれませんが、ストーリーよりもこの役者さんがつくった人物をどうすればうまくおもしろく魅力的に描けるか、ということが僕にとっては重要なんです。


是枝 オンエアで観ていて、愛菜ちゃんが「もう一度誘拐して」というのがたまらんと思って(笑)。あの台詞、どのタイミングで思いつかれているんですか。


坂元 愛菜ちゃんを誘拐して育てようとした松雪泰子さんと愛菜ちゃんが長電話をしているシーンですね。離れていても平気という体裁で話しているんだけど、電話が切れるか切れないかのときに初めて「お母さん、いつ迎えに来てくれるの?」といってしまうシーンを書こうと思ったんですが、何か足りない気がして、もう一行書こうとして思いついた台詞です。その台詞に至るまでのたわいのない会話は自分でもドキドキしながら書いていたんですが、「もう一度誘拐して」というパンチライン的な決め台詞はわりと冷静に書いているんですよね。決め台詞は本来好きではないんですが、自分のつくるものでは必要かなと思っている。決め台詞自体は、登場人物の感情というより、観ている方への親切心のような想いで書いています。


是枝 なぜ坂元さんの書く長い会話が飽きずに観られるのかなというと、登場人物がみんな、本当のことをいわないからだと思うんです。本心はどこか別にあるとか結局は理解し合えないんだという前提で会話のやりとりが続いていくから、すごくリアルでスリリングに観られるんだなと。さきほどは決め台詞を褒めましたが、そこに至るプロセスの豊かさが決め台詞を支えているというのはとてもよくわかります。


坂元 でも本当は是枝監督の作品のように、登場人物が感情を言葉にせずお客さんにだけそれが届けばベストなのかなという気持ちは常に持つようにしています。それが成立している是枝監督の作品には本当に憧れます。

現実と作品を分けて考えつくしたのち

是枝 『Mother』、『それでも、生きてゆく』、『Woman』など、そのまま放っておくと父親、母親になれない人たちが、なろうと努力する話が多いですよね。それは意識されて書いているんですか。


坂元 たぶん(笑)。僕は本質的にはひとりが大好きで、放っておけばずっとひとりでいられるタイプなんです。でも、いつからかそれがいいとは思わなくなって……。ドラマの主人公たちが、努力して人と会ったり話したり、あるいは努力して結婚したり父親になったりするのは、自分がそうできないタイプだからこそ、自然と出ているのかなという気はします。『それでも、生きてゆく』の瑛太くんが、「気さくに人に『カラオケ行かない?』といってみたい」などというのは、まさに自分にもある部分というか(笑)。


是枝 それは時代的にそういう人たちが増えているというより、自分のなかからということなんですね。


坂元 30年前でも同じことを書いていたと思います。自分のことを書いているというより、個人的なことを書こうという意識が強いです。「生きづらそうな人を描くね」「不器用な人を描くね」とよくいわれるけれど、それを描こうとしているのではなく、一生懸命人と付き合おうと努力している人を描きたいと思っているんです。


是枝 「社会派」といわれるのはあまり好きではないんじゃないかと思いつつ、あえて尋ねますが、『それでも、生きてゆく』と『Woman』は社会または家族において加害者になった人間と被害者になった人間が、相対し、一緒になっていく話ですね。それもけっこう意識されていますか。


坂元 もともと僕はトレンディドラマから始めていて、そのころから大きな事件が起きるわけではなく、男女の好きだ嫌いだを延々と書いている。そのスタンス自体は変わらないんだけど、10年ほど前に何かで、男女がキスをしている後ろで車が燃えている一枚の写真を見たんです。それを見たときに、「ラブストーリーでも男女だけで成立するわけではない。社会で起きているいろんな出来事が作用するし、逆に男女の間に起きていることが社会にも作用している」と妙に腑に落ちたんですね。あのころから「個人を描くときにその背景は真っ白ではない」ということをどこか強く打ち出している気がします。


是枝 僕は『それでも、生きてゆく』を観たときに非常に衝撃だったんです。なぜかというと、2001年に『DISTANCE』という非常に実験的な作品を撮って、正直あまりうまくいかなかったんですけど……。


坂元 大好きな作品です。


是枝 ありがとうございます。その作品で加害者遺族というものが社会のなかでどう存在しているのかを描こうとしたのですが、残念ながらあまりうまくいかなくて。それで坂元さんの『それでも、生きてゆく』を観たときに、すごいなと。これだけ正面から難しいテーマを扱い、しかも連ドラという形で実現されているというのは、どういう戦略を持ち、どういう苦労のなかで成り立っているのだろうと、ずっとお聞きしたかったんです。


坂元 あのドラマはまったく先のことを考えずに書いたんです。あるときディレクターの永山耕三さんと飲んでいて、「妹がある日学校から帰ると家にマスコミが集まっていて、兄が逮捕されていた。その妹は、兄が出所後も犯罪を犯すに違いないと信じている」という企画をやってみないかといわれた。僕には、題材に真摯に向き合うこととは別に、連続ドラマになるかならないかという線引きがあるんですが、そのとき「これはなる」となぜか思ったんです。それで先のことはまったく何も考えずに第1話を書き始めた。1話のラストがどうなるかも考えず、もちろん最終回がどうなるか、途中はどうなるかも考えず、ただひたすらひとマスひとマス埋めていったんです。昔、あるドラマで子どもが死ぬ場面があって、そのプロデューサーに「子どもが死ぬ場面をドラマでやるなんて信じられない。あんた最低だ」と飲みの席で絡んだことがあったんですが(笑)、それを自分がやることになるとは……。わかろうとしたり、わかった気になってはいけないと思いました。自分にできることは、とにかく真面目に書く、ということだと。ところが第3話を書いている最中に東日本大震災が起きたんです。


是枝 そうなんだ。


坂元 そのときに、とにかく現実に起こっていることと、いま僕が書いていることは違うんだ、と分けて考えるようすごく意識しました。やはりあれだけのことが起こると、作品にある種のメッセージを込めたり、あるいは寓話的にメタファーのようなことを描いてしまいがちになる。そうしないよう、とにかく集中して、登場人物のことをひとマスひとマス書こうと。


是枝 ああいう心理を書いていくときに、実際にあった事件のノンフィクションや裁判資料には目を通すんですか。


坂元 子どもを亡くしたお母さんの手記や、それに関わるノンフィクションを読みました。でもどれを読んでも、表面的にはどこかで見聞きした言葉しか見つからなかった。判断の難しいことですが、書かれてあった言葉は物語性が強くて、映画やドラマの台詞のように感じられたんです。既存の言葉にはめこむとすっきりとするけれど、失われた想いもあるんじゃないかと思いました。だから被害者家族の大竹しのぶさんの台詞を書くときに、どこかから借りてきた言葉ではない言葉があるはずだと考えながら書きました。そういうとき、言葉にならない想いを書くことが何らかの救いになるかもしれないという期待はあります。でもそれを書く動機は僕個人の欲望ではあるし、つくり手の独善ではないかという想いも併せもっていて、いつも怖いです。できもしないことをやりつづけている印象です。何よりわからなかったのは、加害者の気持ち。それは本当に何を読んでも書いていないことで、最後までまったくわからなかった。


是枝 最後までわからない、というのがすごいなと思う。「わかった気にならない」という坂元さんの倫理観が、ドラマの後半に特に色濃く出ていたと思います。でもさすがにスタッフからの反対意見はあったのでは?


坂元 プロデューサーとかディレクターですか? いや、あのドラマのときはなかった。『Mother』やほかのドラマは「これはやり過ぎだ」とか「もうちょっとわかりやすく」という意見があったんですが、震災という社会的なことが影響したのか、僕がどこまで行っても誰も止めなかった。


是枝 すごいな。


坂元 たとえば大竹さんと風吹(ジュン)さんという、被害者側と加害者側の母親が初めて会うシーンがあって、最初は劇的に感情が溢れる感じで書いていたんです。でもディレクターが「もっと日常的なことでいいんじゃないか」といってくれて、それでふたりでそうめんをつくって食べるシーンにした。そんなことは普通はあり得ません。ディレクターというのは、もっと劇的にしたり視聴者にわかりやすいものにしたがるのですが、このときはいってみればリアルさを求めてくれた。それはすごくうれしかったし、たぶんそこから自分自身もひとつの手法が見えて、最後まで行けたのかなという気はします。


是枝 そうめんのアイデアは演出家ですか。


坂元 そうめん自体は僕が書きました。


是枝 なるほど。そうめん、お好きですよね(笑)。それはなぜですか。


坂元 ……『それでも、生きてゆく』も『Woman』も夏のドラマだから?


是枝 でも、すごく印象的にそうめんを食べる。


坂元 確かに(笑)。食べる場面はすごく好きで、よく書きますね。ドラマを観ていると道端とか公園で何もせずにしゃべるシーンがよくありますが、僕はとにかく公園が嫌い。ロケがしやすいというだけの場所でしゃべらせるのはやめてほしい。立ち話なんて人はしないし、立ち話なら立ち話でする話というのがあるし、公園で話すことって公園で話す内容のことだと思うんです。僕はとにかく、部屋にいたら料理しながらとか拭き掃除をしながらしゃべらせる。それは是枝監督から影響を受けて、学んでいることでもあるんです。


是枝 いえ、そんな。『Woman』でも田中裕子さんがすごい食べ方しますよね。どんなふうに食べるかまで脚本に書いているんですか。


坂元 いや、「そうめんを食べる」としか書いていないです。裕子さんは『Mother』のときに芦田愛菜ちゃんに「ご飯を食べるときはこうやって食べて、ここに詰めたら台詞が出るよ」と教えていらしたと聞いて、素敵だなあと。それは裕子さんが久世(光彦)さんとの共同作業のなかで学んだことなのかなと想像しています。


是枝 久世さんですね。(樹木)希林さんも「私は食べながら台詞をいうのは得意だから」と、とにかく頰張ってくれる。ほかの役者さんは、台詞のタイミングまでに飲み込んで、台詞をいおうとするんですが、希林さんは意識的に台詞までに思い切り入れるんです。あと『Woman』で、裕子さんが足を怪我した小林薫さんの病室に見舞いにいって、持ってきたものを袋から出して置くシーンがありましたね。何気ないんだけど、新しいティッシュの箱を出して、ベリベリと取り出し口を剝がしたあとに、なかのティッシュをちょっとだけつまんで置いた。


坂元 それはもちろん(脚本での指示ではなく)裕子さんですね。


是枝 これ、現場で見ていたら、すごく感動するなと思った。裕子さんは何気ない行為を通して、演じる役の人となりを出してきますよね。


坂元 『Woman』のときはお腹が少しだけ膨らんでいるように見えました。もしかしたら何か入れてらしたのかなとスタッフサイドで話していたんです。裕子さんのお芝居はいろんなことの積み重ねでできあがっているんだなと感じましたね。

第2回へ

初出:是枝裕和対談集『世界といまを考える1』(PHP文庫)

SWITCH Vol.41 No.6
特集:『怪物』が描くもの


1,100円(税込)