HM9S作者 Jcドゥヴニ&PMGLインタビュー 第2回

​​​​物語を翻案する

——翻案(adaptation)というと聞きなれない方もいらっしゃるかと思いますが、Jcさんはどのように翻案という作業をされるのですか?

Jc 何度か繰り返し短篇を読むことから始めます。読んで、絵を思い浮かべて、シーンやページ構成のアイデアを膨らませていきます。あまりに早くいろんなことを決めてしまわないように、いつもはこの段階ではメモをとったりしません。何度も読み返し、思い描いたコマが表面に残るのか、底に沈んで行くのかを見極めます。

——まずは原作を読み込む、と。

Jc 次は、オリジナルのテキストからどうやってプロットに落としこんでいくかです。村上さんの作品には、ストーリー、登場人物、ドラマティックな展開、会話に必要な要素がすでに揃っていました。僕の仕事は、トーンや作品の空気感、オリジナルの文体はそのままに、長篇小説のかたちから話を取り出して、漫画のかたちへもっていくことです。その多くは、選択と縮小ですね。すべての要素を漫画にするのは難しいということを受け入れ、かつ絵と言葉を通して漫画はその話を伝えることができると信じる必要がある。具体的には、片手に短篇、もう一方にノートを持って、カフェで座りながら、プロットに落とし込んでいくんです。それぞれのコマに何を入れるかを描いていく。

——漫画表現に置き換えるために絵をイメージしながらテキストを取捨選択するのですね。

Jc 「かえるくん、東京を救う」でいうと、たとえば主人公の片桐さんがアパートのドアを開く絵と、「こんばんは、片桐さん。僕のことはかえるくんと呼んで下さい」というかえるくんの言葉をこのコマに入れる、といった具合に。全体が何ページになるかは考えずに、1ページずつ書いていきます。話の流れにまかせて、僕は今初めてこの話を読んでいるんだと想像し、迷うことなく、村上さんがあらかじめ紡いでくれた語りの糸を辿っていくんです。

——作者が紡いだ語りの糸を辿っていく。美しい表現です。

Jc それからPMに脚本を見せて、ページごとにどうレイアウトするかを相談します。自分で最初から話を作る時は、相手のアーティストにまかせるので、こんなふうに自分でレイアウトを考えたりはしないけど、村上さんの作品に関しては、自由に自分で作らせてもらっています。PMもこのやり方に賛同してくれているし、今回は、僕自身が最初から物語を書くということをしないぶん、ビジュアルのことを考えるのが面白いんです。だから自分の話を漫画にするときよりも、村上作品を漫画にするときのほうが、ビジュアルのレイアウトを考えていますね。

*コマ割は上のようにJcが担当している。これは『パン屋再襲撃』のもの。

——大好きな作品だからこそ、頭の中のビジュアルイメージをアウトプットするのは繊細で難しい作業かと思われます。今回『パン屋再襲撃』を翻案するときに、特に難しかったことは?

Jc 一番難しかったのは、冒頭の、夫婦の長い会話でした。長い会話は文学や映画では簡単でも、漫画では珍しいし、場面を作るのに工夫がいる。漫画では普通、登場人物がずっと同じ場所にいることはないし、椅子に座っているシーンが12ページ以上続くことはないんです。だから、語りと絵の動きを保つために、夫がボートに乗って澄んだ水に映る自分自身を見つめるシーンを入れたりしました。場所を変えたり動きを出すために、夫が過去に行なった最初の襲撃の話を使ったりもしましたね。

——どういった作品を読んだときにバンドデシネにしたいと思いますか? その決め手となる鍵はなんですか?

Jc バンドデシネに翻案をしたいと思うのは、読んでいる時の喜びが大きいです。心を揺さぶられた短篇を初めて読んだ時間や場所を僕はほとんど覚えていて、村上さんの短篇を読んだのは、僕の人生において広がりを形成していく時期だったのだと思う。

——原作に心を揺さぶられたか、どうか。

Jc ほかに実際的な視点から言うと、バンドデシネにするには二つの決め手があって、一つは、読んでいる時に絵が浮かぶもので、ビジュアル化の可能性を持った話であること。最初にテキスト(会話文とナレーション)があって、ビジュアルの展開を作っていくから、物語と語り口が絵に転換可能であることを、確信できるかどうか。

*先ほどのコマ割を元にPMGLが描いたラフ(ネーム)

もう一つは、漫画という表現の在り方に関わってきます。僕たちはその表現の中で成長しうる漫画に最適な物語を選びたかった。「かえるくん、東京を救う」がいい例です。巨大なかえると疲れたサラリーマンがいて、巨大な地下ミミズと戦う。それは小説や漫画の絵を通して存在できるもの。あの話を舞台化したり映画化したりするのは、もっと難しいでしょう。

PM 僕も読んでいる時に起きる喜びや感情が最初にあります。バンドデシネにするには、その短篇の語りの構造に、型がある作品を探していたと思います。個人的に好きなのは、風変わりで、あり得ない話ですが(笑)。

翻訳協力:Isabelle Licari-Guillaume

最終回はPMGLに漫画の命である「絵」について尋ねます。PMが描いたラフスケッチも贅沢に掲載!

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