自然に挑むのではなく、自然と共に生き、自然に対して真摯であること。表現者は自然の声に耳を傾け、生きる知恵を学ぶ。山梨県の大菩薩山麓でペンションを経営する傍ら、川の保全に尽力する古屋学に訊く、理想の川のつくり方。
ペンションすずらんを始めたのが80年代前半ですから、40年以上この地を流れる日川を見てきたことになります。若い頃は山を歩くほうが好きで、正直なところ釣りなんてジジイの遊びだと思っていたこともあって、まったく興味がなかった。でもここの経営を始めてから、テンカラ釣りをするようになって思い知らされたのは、人間による間違った行為や環境の悪化で渓流魚は確実に減るということ。前年魚影が濃かったポイントで、同じ時期に釣りをしても、嘘みたいに1匹も釣れないことだってある。釣りの本質的な部分を身をもって知ったからこそ、僕にとって釣りはジジイの遊びではなくなった。そして釣りという行為以上に、自然の中の一区画としての川に目が向くようになりました。
自然というものは山から海まで繋がっています。そして川は自然の大動脈ですから、どこか一カ所でもおかしくなると全体的なバランスが必ず崩れてしまう。そのことを常に念頭に置いて、今では漁業協同組合の組合員として、魚の産卵場の整備や水産資源量調査などの活動に取り組んでいます。
川をどうやって保全していくか、あるいはそこに棲みつく魚をどうやって定着させていくか。日川のようにたかだか幅7~8メートルの川でさえ、どのくらいの数の魚が健全に棲んでいるかを毎年調べることで多くを学ばせてもらっています。裏を返せば、この程度の規模の川でさえ、なかなか人の思い通りにいかないということでもあります。
では理想の川とはどのようなものか、これって非常に難しい問いだと思うんです。釣り人にとっての理想の川は、求めている魚がたくさんいる川か、トロフィーサイズの魚がいる川、あるいは天然魚に近い美しい魚がいる川のいずれかでしょう。僕が考える理想の川は、そのすべてに適合できている川です。つまり、ゾーニング管理というものが完璧になされている川は良い川だと言えます。
成魚放流を一切行わずにキャッチ&リリース厳守の「野生魚育成ゾーン」を支流に、釣り人の幅広いニーズに応えるために放流して一時的に数を増やす「高度利用ゾーン」を本流に設ける、といった管理方法です。ここで大事なのは、我々漁協だけでなく釣り人も巻き込んでみんなで管理していくこと。そうすれば川も生き返っていくと思っています。
僕の知る限り、これまで漁協の組合員と釣り人はずっと背中合わせでしたが、川を守っていくためには手を取り合わないといけないよね、という考え方に変わりつつあります。釣り人の中にも「漁協は放流するだけでなく、ちゃんと川の環境を守ってくれなきゃ困るよ」と、意識の高い人が増えています。そしてその両者を繋ぐには、研究者の存在が不可欠なんです。ですから、ゾーニングのような研究者が提唱する方法を組合の事業に積極的に取り入れては、釣り人のみなさんの協力を仰ぐようにしています。
その点、僕は人に恵まれてきました。同じ志を持った釣り人たちが続々と集まっているし、多くのことを釣り人から教わっています。これからの漁協に求められることの幅が広がっているからこそ、釣り人と研究者の橋渡し役になれるように、様々な角度から物事を見つめることが大事だと思っています。
本稿を収録した「Coyote No.83 特集 石 この世界の記憶 アイラ島とアラン島」はこちら。