Travelogue CYPRUS「キプロスへ 」特別版 後篇

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2019年2月22日(金)

午前中、クーリオン古代遺跡を訪れる。紀元前2世紀に造られたという野外劇場の石段に座り、眼下の海を見やる。島の風はどこまで行くのだろう。このままエジプトまで行くのか。フラミンゴはエジプトからもやってきた、トルコからもやってきた。女神アフロディーテも西風に吹かれてやってきたのだった。風は見えるものも見えないものも境なく運ぶ。時間さえ運んでしまうかもしれない‥‥とぼんやりしている間に団体客がやってきたので、少し道を外れる。辺りの松も杉も、体を捻ったように斜めに生えている。風は相当強いらしい。

海を離れ、バスはトロードス山岳地域へ近づいていく。聖なるオリンポス山はすっぽりと厚い雲に覆われ、姿を見せてくれない。「雪が降るかもしれない。」と祝子さんは話す。さっきまで半袖だったのに、雪が降るって、キプロスの春は変化に富んでいる。レバノン杉、ヒマラヤ杉、キプロス杉、と説明を聞くがまだ見分けがつかない。バスは山を上っていく。ディミトリスさんの運転はとても快適だ。いつでも同じ調子だから安心する。

外は予想通り小雨が降り始めた。気温が徐々に下がっていく。目的地のカロパナイオティス村は山を越えた谷にあった。目印もほとんどない道でバスを降りると、僅かに人の気配がした。荷物運搬用のケーブルカーのようなエレベーターに乗って急斜面を下りて行く。ガラス張りの乗り物はやけにピカピカでアトラクションのようで面白い。扉が開くと空気が変わった。澄んだ川の音、雨上がりの冷気の中に放置された葡萄の段々畑、そして1本のポプラの木が立つ川向こうに、ビサンチン時代のアイオス・イオアニス・ランパディスティス教会がひっそりと佇んでいた。山の木々も石の道も教会を包む全てのものが、密かに息をしているようだ。修道士がたった一人、入り口に立っていた。

中に入るとアーチ型になった天井にフレスコ画が捧げられ、蝋燭の灯で揺らいでいる。もっとも奥には、褐色の肌をした赤いベールの聖マリアが、我が子を抱いている絵が座していた。キリストは体を差し出し、深遠な眼差しで母の手に抱かれている。釘付けになった。どれほどの人がこの絵に救われたことだろう。トロードス山中には、海からの侵攻を逃れ建てられた貴重な教会が9つあるという。あの地中海ブルーの美しいイコン画には辿り着けなかったが、この山のどこかにあることは信じられる。

バスに戻るとディミトリスさんが「やあ!」と微笑んだ。あれから、彼に子どもの頃の話は聞けずにいる。でも、それでいいと思っている。あの赤いベールの聖マリアの絵のように沈黙に救われることがある。

雨は本降りになってきた。標高1400メートルのプロドロモス村を通る頃には、雨は雪に変わり積もりはじめた。キプロス杉は一層、色を深める。バスはゆっくりと山を下っていく。雪が雨に変わる頃にはサクランボ畑が続いた。サクランボが終わると葡萄畑が広がり、ワインの産地に入ると雲間から光が射した。今夜は最後の晩餐になる。地元の若者にも人気の創作料理をいただく。

料理は伝統的な味を残しつつ、別のスパイスが隠されている楽しいものだった。キプロスの好きなところは? と聞かれ、咄嗟に「自然!」と答えていた。海底火山から始まった島は、まだ原始の息吹を蓄えている。それが嬉しかった。部屋に戻り、帰国の為のパッキングをする。父と集めた美しいキプロスの切手帳を開く。そこに描かれた風景や遺跡はもう遠い国のことではなくなった。アフロディーテの浜も、レフカラ村のおばあちゃん達も、フェニキア人の壺も、ワインの神のモザイク画も、もう馴染みのものだ。

「地中海は三つの大陸が融け合うところ。母なる海だよ」と、地中海の西端に住む友人は言った。いつでも出会いは創造的だ。私をキプロスに連れてきてくれたこの少女の切手が近い日に過去のものとなって、島に新しい歌が生まれることを願っている。

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