THE BACKGROUND OF “THE IRISHMAN” vol.02
ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノ。
それぞれの「役者魂」

Netflixで現在配信中の映画『アイリッシュマン』。そのバックグラウンドをひもとく連続コラム第2回は、ジミー・ホッファを演じたアル・パチーノ、そしてホッファの用心棒フランク・シーランを演じたロバート・デ・ニーロ、その二人の対照的な役者道について

ILLUSTRATION: SHOJI NAOKI
TEXT: IMAI EIICHI

ロバート・デ・ニーロ、
「役者バカ」の狂気

ロバート・デ・ニーロの役者魂、その本質をひと言で表現するなら、「役者バカ」だろう。

ニューヨークのアクターズ・スタジオで「メソッド演技」を学んだデ・ニーロは、「常にリアルな役作りに徹底的にこだわる俳優」として広く知られている。太り、痩せ、鍛え、髪の毛を抜き、外国語を学び……極端とも言えるその「演技に向かう姿勢」は、「デ・ニーロ・アプローチ」と呼ばれている。「死者の役をするために死ぬということ以外は、何でもやって臨む」というのが、ロバート・デ・ニーロという俳優である。

マーティン・スコセッシと組んだ傑作『タクシードライバー』(1976)でデ・ニーロが演じたのは、ベトナム戦争の帰還兵だった。

公開当時、泥沼のベトナム戦争が終わってまだ日は浅かった。戦場からの帰還兵は、戦争が始まった当初は英雄として迎えられたが、戦争が長引き、先行きが見渡せず、国内外での反戦運動が激しくなるにつれ、帰還した兵士たちは冷たくあしらわれるようになっていた。国に帰っても職はなく、故郷の人々は白々しかった。仕方なく都会に出てホームレスになる者、戦場での体験からPTSDに苦しむ者も大勢いた(この後『ディア・ハンター』、『ランボー』、『ジェイコブズ・ラダー』などベトナム戦争帰還兵のPTSDを描く映画が次々と作られていく)。『タクシードライバー』でデ・ニーロが演じたトラヴィスも、明らかにPTSDを患う帰還兵である。

デ・ニーロはリアルな役作りのため教習所に通ってタクシー運転手用のライセンスを取得、実際にタクシードライバーとして少しの間仕事をした。デ・ニーロは、運転席に座る自分にほとんどの乗客が無関心であることに気づく。タクシーの中で客は無防備、無頓着、無関心なのだ。実際にドライバーをやってみて様々なことに気づいたデ・ニーロによって、ポール・シュレイダーの見事な脚本に、リアルなタクシードライバーを表現していくための色づけがなされていった。

そもそもトラヴィスがタクシードライバーになったのは不眠症に悩まされていたからだった(PTSDの顕著な症状のひとつだ)。どうせ寝られないのだから夜中ずっと車を走らせて金を稼ぐ方がよっぽどいい。映画には夜のシーンが多く、ネオンや街灯のアップが多用されるが、これについてデ・ニーロはこう明かしている。「充分な予算がなかったから、マーティとマイケル(カメラマンのマイケル・チャップマン)は街のネオンサインと夜の風景をたくさん撮り、シーンに組み入れていった。苦肉の策だったが、そのことによって当時のニューヨークの夜の風景がリアルに切り取られている」(『EMPIRE』2019年10月号より)

劇中、トラヴィスは日記をつけていて、「いつかこの雨が、この都会のクズどもを洗い流すことを願う」というような言葉を書き綴る。彼のPTSDは悪化しているのだ。ある日、中学生くらいの少女が娼婦として路上に立っているのを見て(ジョディ・フォスターが名演)、彼女をその世界から救い出したいと考えるようになる。同時に、大統領候補の暗殺を企てる。「この世界が悪いのは奴らのせいなのだ、俺は正義をおこなわなければならない」。そうトラヴィスは考えるようになっていた。銃を手に入れ、身体を鍛え上げ、髪の毛を剃ってモヒカンカットにする。デ・ニーロは、PTSDによって「狂気」へと駆り立てられていく帰還兵を独創的に演じていく。いつしか観客には、その狂気がトラヴィスという役柄のものなのか、デ・ニーロ本人のものなのか、わからなくなる。トラヴィスの狂気は、デ・ニーロの狂気でもある。

オスカーの助演男優賞を受賞した『ゴッドファーザー PART Ⅱ』(1974)では、シチリアに生まれニューヨークへ移住するイタリア人を演じるため、実際にシチリア島にしばらく暮らし、シチリア訛りのイタリア語をマスター(このイタリア語が、今回『アイリッシュマン』でも見事に生かされている)。また、若き日のマーロン・ブランドを演じるために、ブランドの個性的な声色を熱心に模写し、自分のものにしてから撮影に臨んでいる。

オスカーの主演男優賞にノミネートされた『ディア・ハンター』(1978)のときには、物語の舞台となる街(ピッツバーグ)に撮影前の数ヶ月間住んだ(しかも偽名を使い役柄の人間になりきって!)。演じる男が鉄工所勤めということで、地元の鉄工所に行き「数ヶ月働きたい」と頼み込むが、「丁寧に断られた」という逸話は有名だ。

アル・カポネを演じた『アンタッチャブル』(1987)では、その直後に撮影が始まる別の映画への出演のため、実際に太るわけにはいかずボディスーツを着用したのだが、「顔だけ太らせる」という信じられない肉体改造を行い、髪の毛を一部抜き、カポネになりきって撮影に挑んだ。

マーティン・スコセッシと組んだ『レイジング・ブル』(1980)は映画史に残る傑作であり、デ・ニーロの「役者ばか」っぷりが全開の作品だ(この映画でデ・ニーロはオスカーの主演男優賞を受賞した)。

プロ・ボクシングの元ミドル級チャンピオンで、「ニューヨーク・ブロンクスの怒れる牡牛(Raging Bull)」と呼ばれたジェイク・ラモッタの栄光と破滅を描いた物語で、デ・ニーロはふたつの異なる時代のラモッタを驚くべき肉体改造によって演じ分ける。実際にボクシングを学び、スパーリングをこなし、ミドル級ボクサーの肉体を作り上げてボクシング・シーンに挑んだ。その後、引退しぶくぶくに太ってしまったラモッタを演じるため、30キロ近く体重を増やしたのだ。

ちなみに、現在のハリウッドにおけるオスカー常連俳優であるクリスチャン・ベイルとホアキン・フェニックスは、「デ・ニーロ・アプローチ」を継ぐ「役者ばか」の後継者である。クリスチャン・ベイルは映画『マシニスト』(2004)で不眠症の男を演じるために、4か月で30キロ減量したかと思えば、オスカーの主演男優賞候補となった『アメリカン・ハッスル』(2013)では20キロ以上体重を増やし、頭髪の生え際を抜いて役に挑んだ。『ジョーカー』(2019)が世界的な大ヒットとなったホアキン・フェニックスはその映画の中で、次第にやせ細っていく主人公を恐ろしいほどリアルに演じている。鬼気迫るその演技は、『タクシードライバー』のトラヴィスを連想させる。『ジョーカー』にはデ・ニーロが出演しているが、ホアキンとデ・ニーロが対峙するシーンは、「新旧の狂気の役者対決」である。また、監督のトッド・ヘインズは、『ジョーカー』が『タクシードライバー』から強い影響を受けていることを公言している。

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