【MONKEY特別企画】「マシュー・シャープの週刊小説 」より「#5」を特別公開!

スイッチ・パブリッシング オンラインストアで文芸誌『MONKEY』を定期購読頂いている方限定のコンテンツ、「マシュー・シャープの週刊小説」。昨年10月より更新を重ねてきた本作が、このほど全52回をもって完結したことを記念し、柴田元幸が著者のマシュー・シャープをインタビュー。今回はインタビュー Vol.1「書くしかない、と決めて机に向かう」の中で、著者が「何を書こうかあれこれ考えながら窓の外を見ていて、目を閉じたら瞼の裏にストーリーが見えた」と語った一篇「#5」を特別に公開します。ぜひインタビューと併せてお楽しみください。

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<著者プロフィール>
Matthew Sharpe(マシュー・シャープ)

1966年生まれ、ニューヨーク在住の作家。植物人間になりかけた父親を少年が世話するThe Sleeping Father (2003)、ポカホンタスと9/11と悪夢的未来が入り交じったJamestown (2007) など、これまでに長篇4冊と短篇集1冊を発表している。日本版MONKEYにもこれまで5回登場。

 

#5

目を閉じるたび、ローズにはそれが見えた。

眠りにつこうと毎晩ベッドに横になるたび、昼のあいだ目を休めようとするたび、それは彼女を出迎えた。

それはとても大きかった。

そばに較べるものがあったためしがないので、それがどれくらい大きいかはよくわからなかった。

それは真の黒色の長方形で、その周りを、閉じた目が作る、もっとぼんやりした黒色が囲んでいた。

はじめローズは、それについてべつに何の感慨も抱かなかった。

それはただ、そこにあったのだ。

でもそのうちに、好奇心が芽生えて、何か意味があるのかもしれないと思うようになった。

父親の墓の前で、下着姿で桃を食べる夢をくり返し見たら、そこには何か意味がある。

それと同じじゃないか。

夢や幻覚について書かれた、学問的な本、馬鹿馬鹿しい本の両方を読んでみたが、そのどこにも、昼のあいだ目を三秒閉じただけで見えてくる長方形、なんて話は出てこなかった。

ローズは高校の英語教師であり、したがってまず思いつくのは、それが黒板だという解釈だが、黒板は横長なのにこれは縦長だし、そこには何も書かれていない。

夢や幻覚には何か物語が、少なくとも出来事の連鎖とか、生き物、生き物みたいに見えるものとかが出てくるのが常だが、彼女の瞼の裏に現われる黒い長方形は、生きてもいないし変化もしない。

それに、瞼の裏に現われるというのともちょっと違う。

むしろ、目を閉じることで、元々つねにそこにあるものが見えてくるという感じなのだ——「そこ」というのがどこなのかはわからないけれど。

「どうしたんですか、ローズ先生?」と生徒たちは、彼らが列をなして教室に入ってきても、彼女が立ち上がって挨拶もせず、目を閉じたまま机の向こう側に座っているのを見て言った。

その閉じた目の下は、ここ何週間か、濃い紫色の隈がだんだん目立ってきていた。

あんなものに、じっと見られて眠りたいと思う人間がいるわけがない。

いや、「じっと見る」というのとも違う、それには目なんかないのだから、彼女の目を使ってこの世界に押し入ってこようとしているのだから。

もちろん「押し入る」もやっぱり違う、とにかくそれは生きていないのだし、それと意思を交わすこともできないし、ましてやそれ相手に理を説くなんてできやしないのだから。

にもかかわらず、彼女はそれに、自分の好きな詩を聞かせるようになった。

読んで聞かせるわけには行かないから、空で覚えている詩を暗唱するのだ。

ウィリアム・ブレイクの詩を何作か、エミリー・ディキンソンを数本、李白も少々。

そのうちに、それに聞かせるために、わざわざ新たに詩を記憶しないといけなくなった。

これまで理解できたためしのない、前衛詩人たちを試してみた。

自分では何もわからなくても、意味が詩からそれへと達するための、導体にはなれるかもしれない。

そうなったら、それそのものは何も意味していなくても、どこかには意味が存在する回路にそれを繫いでやることはできる。

一年が過ぎるころには、新しい詩が百本頭に入っていた。

パーティなどで暗唱してみせると、彼女のこの新たな才能に友人たちは歓喜し、戸惑った。

なぜそんなことをする気になったのか、と訊かれても、ローズは肩をすくめるだけだった。

いままで誰にも言っていないし、言う気もない—— それが彼女の頭の外で理解されるなんてありえないのだ。

ローズはまだ若い、三十代を過ぎて間もない女性であり、結婚歴は一回、いまは離婚して子供もいない。

ある日、彼女が出勤せず病欠の連絡もしてこなかったので、放課後に同僚が家に訪ねていき、ナイトガウンを着てベッドに入ったままの、脳卒中、とのちに検屍官が判定することになる死体を発見した。

遺体はやがて埋葬された。

了解可能な意味を持つ黒い長方形たる棺が、まさに地中に下ろされるときも、本人はもはや考えることも感じることも見ることもできなくなっていたけれど、了解可能な意味を持たない黒い長方形が、いまなお彼女に寄り添っていたのだった。
 
 

【MONKEY特別企画】作家マシュー・シャープ インタビュー Vol.2「物語とは何かを探り出すための新たな実験室」

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【MONKEY特別企画】作家マシュー・シャープ インタビュー Vol.1「書くしかない、と決めて机に向かう」

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