【特別公開】試し読み版「マシュー・シャープの週刊小説」vol.2

スイッチ・パブリッシング オンラインストアで文芸誌『MONKEY』を定期購読頂いている方限定のコンテンツ、「マシュー・シャープの週刊小説」。昨年10月より週一篇ペースで更新を重ねてきた本作、今回はその最新の一篇「#19」を特別に公開します!

マシュー・シャープの週刊小説トップ
 
2013年5月13日、MONKEYでおなじみの作家マシュー・シャープは自分のウェブサイトにこう書いた——「ここでじきに自己出版のささやかな実験を始めます。週一本、12週続けて、とても短い短篇小説を掲載します。お暇があったら、どうぞ読んでください。気が向かれたら、このささやかなブログのリンクを、ほかにも興味を持ってくれそうな方に伝えてください。そしてもしもその気になられたら、作者のタイプライター・リボン代の足しになるよう一ドル寄付していただければ嬉しいです」。

こうして始まった Very short stories r us(ToysRus=トイザらスのもじり)は好評を博し、12週の予定が結局52週、つまり丸一年続いた。そしてこのMONKEY定期購読者限定サイトで、MONKEY編集長がこれを毎週一本訳します。可笑しかったり、不思議だったり、不気味だったりしますが、どれもとてもヘンテコでとてもいい短篇です。一年間、楽しんでいただけますように—— (柴田)
 

<著者プロフィール>
Matthew Sharpe(マシュー・シャープ)

1966年生まれ、ニューヨーク在住の作家。植物人間になりかけた父親を少年が世話するThe Sleeping Father (2003)、ポカホンタスと9/11と悪夢的未来が入り交じったJamestown (2007) など、これまでに長篇4冊と短篇集1冊を発表している。日本版MONKEYにもこれまで5回登場。
 
<訳者プロフィール>
柴田元幸(しばた・もとゆき)

1954年生まれ。翻訳家。著作に『ケンブリッジ・サーカス』など。最近の訳書に、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』、スティーヴン・ミルハウザー『十三の物語』、ポール・オースター『インヴィジブル』、編訳書にジャック・ロンドン『犬物語』、著作に『柴田元幸ベスト・エッセイ』など。
 

#19

ある朝ロニーは、アパートから出たところでその女を見た。

タクシーに乗るときの、女の携帯の持ち方が気にくわなかった。

そもそも女は、手を上げて止めもせず、赤信号で停まったタクシーのドアをただ開けて乗り込んだ。

まるで、タクシーが必要だ、と自分が考えたからそれが現われた、とでも言わんばかりに。

で、携帯を持っているのはきっと、自分の意志の力で、金持ちの友だちだか親戚だかが電話してくるよう仕向ける気なのだろう。

これからタクシーでキューカンバー・フェイシャル・トリートメントに行き、それをやっているあいだは、のんびりお喋りできるってわけだ。

着ているのは白い、もちろん体にぴったり合ったワンピース。

次にロニーが女を見たのは、一か月後、アパートから何マイルか離れた、自分の勤め先があるビジネス街でのことだった。

今回は、何か言わないわけには行かない。

歩道の、女が歩いている前に出た。

近づきすぎてはいけない—— 脅かすつもりはない、ただ単にこの女の一日をほんの少しぐじゃぐじゃにして、それによって宇宙における不均衡を是正するだけだ。

「あんた、なんでそんなもん着けてるわけ?」とロニーは、ハーフグラブと言うのか、指を覆いもしない、手首と肱の真ん中あたりで終わる黒いレースの代物を指さして言った。「暖かいから、なんて言ったって駄目だぜ。今日は全然寒くなんかないからね。そんなもん、馬鹿げてるし、気取ってる。何なんだ、ファッションを使った自己主張か?」

そこまで言うつもりではなかったのだが、相手がずっとそこに立ったまま、穏やかな目でこっちを見ているものだから、目的を遂げるにはとにかく喋りつづけるしかないと思ったのである。

「どうやらこれは」と女は言った。「ファッションによる挑発、ファッションに関する問いを相手から触発するものらしいわ。昨日買ったのよ。いま着けるのに暖かすぎるのはわかってるんだけど、ちょっとは面白いこともなくちゃねえ」

まだ勝ち目はあるぞ、とロニーは思った。

「で、どうしてそんなふうに携帯、手のひらから生えたキノコみたいに持ち歩いてんだよ?」

「それがね、母親が死にかけてるんで、ホスピスに頼んだのよ、終わりが見えてきたら電話してくれって。私としても看取るのに間に合いたいし、母にも自分が愛されてるんだって思いながら旅立ってほしいから」

「お母さん、金持ちなのかい?」

たったいま自分がそんなことを訊いたなんて、信じられなかった—— いくら何でも言い過ぎだ。

「お金持ちだったらねえ、母さんだっていいだろうし私も助かるんだけど」と女は言い、相変わらず愛想のいい目でロニーを見ていた。「お金持ちだったら、母さんもあんなつらい人生送らずに済んだろうし、私だって、いちいち言葉の暴力受けながら慰謝料受けとったりせずに済む。もちろん私に必要なのは、経済的に自立すること。私どうも、年上の金持ちの男と深い仲になったものの結局そんなにいい人じゃなかった、のくり返しなのよね。目下、そのへんを変えようとしてるんだけど」

「参ったな」とロニーは、胃がむかつくのを感じながら言った。「俺もあんたの元夫みたいなもんだよ、まあ全然金持ちなんかじゃないけど」

「あなたは全然違うわ。ずっと若いし。それにすごく寂しい思いしてるし」

「どうして俺に優しいわけ?」

「どうしてかしらねえ、私ってこういうことよくやるのよ、なかなか面白い状況になったりするのよ、ひょっとしてこういうのも変えた方がいいかしらね」

「いやいや、これってものすごく元気になるよ!」

涙がロニーの目に浮かんだ。

女は言った。「あのね、あなたが住んでるあたりで何度か見かけたのよ、で、あなた、いまもひどい格好してるけど、毎回かならずひどい格好してるわよね。いますぐ、服を買いに連れてってあげてもいいかしら?」

「昼休み、一時間しかないんだよ」

「電話して一時間半までのばせる?」

「わかった」

女は腕をロニーの腕に回し、一瞬これも気にくわなかった—— 腕を回してほしい、とロニーが思っているのをわかっているみたいなしぐさではないか。

実際、回してほしかったのだが。

今日一日をぐじゃぐじゃにされたのはロニーの方だ。

何しろ、自分にはきっと理解不可能にちがいないどこかのブティックに向かって二人で腕を組んで歩いて行きながら、ロニーは死にゆくときこの女に愛されたいと思い、生きているあいだも愛されたいと思ってしまったのである。

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