『竜とそばかすの姫』細田守 本誌未収録インタビュー
Vol.4 デジタルで描く背景美術
SWITCH 2021年8月号 特集:SOUNDTRACK 2021

本誌SWITCH 2021年8月号では、最新作『竜とそばかすの姫』について主に「歌」や「音楽」の面から訊いた細田守監督インタビューを掲載したが、ここでは、その本誌には収録しきれなかった、主に「映像表現」の面についてのインタビューを、4つのトピックに分けて紹介する。

――――現実世界のパートの映像表現について、キャラクターの作画は従来どおり手描きアニメーションが採用されていますが、背景の「美術」についてはいかがでしょうか。そこも前作までの表現を踏襲してそれを研ぎ澄ませていくという方向だったのか、それとも今までとは違う挑戦があったのか。

細田 実は美術に関してはものすごい葛藤がありました。これは既に『未来のミライ』の時からしてそうだったのですが、これまでやってきたような紙に絵の具で描く美術はもう限界だ、ということがあって。というのはそれをやれる人(スタッフ)がどんどん減っているんです。それぐらいアニメーションの美術の世界はデジタルに置き換わっている。そういう中でも『時をかける少女』から『未来のミライ』までの5作品は頑張って絵の具の美術で続けてきたんですが、『未来のミライ』をやっている途中から、この手法でできるのも今回が最後だろう、この先どうすればいいのかと思っていたんです。

 なんとかして絵の具を使う美術を続けるのか、それともデジタルに移行するのか。デジタルに移行するにしたって、デジタルができて信頼できる美術監督というのはそんなにはいないし、今までお願いしてきた方々はみんなデジタルをやらないし、という非常にしんどい葛藤がありました。

 そして、どうするか決まらないまま、世の中がコロナ禍に突入してしまったんです。そうなると、これは美術どころか、原画や動画のアニメーションも含めてデジタル化しないと、立ち行かなくなってしまうという状況になった。要はスタジオに集まって仕事をするということができない世の中になってしまったわけですから。だから美術ももう迷っている場合ではなく、デジタルに切り替えるべきだろうということになり、その時にふっと思いついたのが今回美術監督をお願いした池信孝さんだったんです。

 池さんは、『パーフェクトブルー』(1997)や『パプリカ』(2006)などの今敏監督のすべての作品で美術監督をやられていた方で、『時をかける少女』は同じマッドハウス制作だったので、もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれないんですが、今までずっと面識はないままでした。でも、池さんであればこの作品をすごく良くしてくれるのではないかと思い、相談しました。その時はちょうど『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』に美術スタッフの一人として参加されていて、その作業も終わりかけていたので、タイミングがよかったこともあって話を聞いてくださって。それで「やりましょう」と言ってくれたんです。

 でも聞いてみると、今敏さんが亡くなってから10年経っているんですけど、これまで池さんはずっと映画の美術監督をやられてこなかったんです。こんなにもったいないことがあるのか、という。僕も気がつくのが遅かった。でも今回やってもらえることになってとても幸運でした。  池さんも最初は絵の具の美術をやられていたんですけど、『パプリカ』からデジタルでやられています。作画もCGに挑戦したりと、これからはもっとデジタルにシフトして作品づくりをしていこうという時に、池さんにデジタルの美術をやってもらえるのは非常に心強かったです。デジタルで描くアニメーション美術の今後みたいなものを一緒にかたちづくっていけるんじゃないかと思いました。

――――ということは、今回の現実世界の背景美術はすべてデジタルで描いているんですね

細田 そうです。100%デジタルです。紙は全く使っていません。でもデジタルかどうかということよりも、出来上がった美術には池さんのすごさというか、今敏監督作品で観てきた美術の一種の迫力みたいなものが随所に感じられて、すごいなと思いました。最初は池さんも、今敏さんの作品では東京しか描いてこなかったから、東京を描くのは自信があるんだけど、地方都市や自然はそんなに描いたことがなくて自信がないと言っていました。でも、いざ描いてもらうと全然そんなことはなくて、素晴らしかったです。

 今回はその美術に加えて、「撮影」(※キャラクターの動画や背景美術などの絵の素材を合成し、加工も加えて最終的な画面を完成させる作業工程)の力も大きいんです。今回、鏡川や仁淀川といった「川」の描写にものすごく力を入れてやっていて、その川の表現を手がけているのが撮影監督の李周美さんです。李さんがCGを使わずに撮影の技術で存在感のある川を表現してくれています。今までであれば、絵の具の美術だったので、もっと違う手法で表現してきたことを、今回はかなりデジタル的な技術を使って表現しています。

 だから、ひょっとしたら今までの僕の作品を観てきた人からしたら、今回の作品の現実世界の美術は今までの作品の延長線上にはないように思うかもしれない。それぐらいデジタル度が高いんです。でも作品の中にはもっとデジタル度が高いCGの<U>の世界があるので、そことの対比でなかなか気がつかないかもしれません。

――――鏡川のシーンは映画の中で何度か登場しますが、季節や時間帯、天候によってさまざまに川の表情が変わっていくさまが、その水面の反射の様子なども含めて美しく表現されています。

細田 すごいんですよ。どうやってやっているんだろうと思うぐらいすごい。そもそも今回の映画の中で「川」というのは大きな意味があって、単に主人公が暮らしている町に川が流れているというだけではなく、生と死の象徴でもある。主人公のすずは幼い頃にお母さんを川で亡くしているから、ただ美しいだけではなく、その裏にある表情も含めて川の二面性みたいなものも表現しなければならない。

 川を人生に例えたりもしますけど、単なる美しい川というのを超えて、主人公の喜びと苦悩を表現するような川であってほしいという時に、池さんの美術と李さんの撮影の力がなければ、今のような話はただの戯言になってしまう。この二人の力があったことで、今言ったようなことがちゃんと映像として実現できている。これは今までの絵の具の美術の方法論、アナログ的な方法論では実現できなかったことなので、そういう意味でもこれまでの作品とはすごく変わっている部分だと思います。

★『竜とそばかすの姫』は現在公開中

©︎2021 スタジオ地図


SWITCH Vol.39 No.8
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