『竜とそばかすの姫』細田守 本誌未収録インタビュー
Vol.2 日本絵画と西洋絵画の対立
SWITCH 2021年8月号 特集:SOUNDTRACK 2021

本誌SWITCH 2021年8月号では、最新作『竜とそばかすの姫』について主に「歌」や「音楽」の面から訊いた細田守監督インタビューを掲載したが、ここでは、その本誌には収録しきれなかった、主に「映像表現」の面についてのインタビューを、4つのトピックに分けて紹介する。

Vol. 2 日本絵画と西洋絵画の対立

――――本作では、キャラクターの作画において、現実世界のパートは従来どおりの手描きアニメーションが採用されている一方で、<U>の世界はすべてCGアニメーションで描かれている、というのが大きな特徴です。しかもその<U>の世界の作画監督を、『劇場版デジモンアドベンチャー』(1999)以来、主に作画監督としてずっと一緒に作品を作り続けてきた山下高明さんが担当しています。山下さんは、細田監督にとっては東映動画(現・東映アニメーション)時代のアニメーターの先輩であり、いわば手描きアニメーションの伝統を体現してきたような方でもあります。その山下さんが本作でCGアニメーションのパートを手がけている、というのは非常に驚きでした。

細田 僕もね、最初はそう思っていたんです。まさか山下さんがCGで作る<U>の世界に興味があるとは思っていませんでした。山下さんは昔から「細田さんもどんどんCGに変わっていっちゃうんでしょう?」「手描きはどうするんですか?」みたいなことを言っていた人だから、もっと手描きの代表みたいな立場で「我々はあくまでフルCG作品に抵抗するぞ!」みたいな感じかと思っていた。でも実際は全然そんなことはなくて、むしろ非常に積極的にCGをやろうということになったんです。

 というのは、そもそも山下さん自体が今はデジタルの作画に完全に移行しちゃった、ということがあります。今、山下さんは紙を全く使わずにタブレットで絵を描いています。一度タブレットに移行してしまったら全然紙に戻る気がしない、というぐらいにタブレット主体になっている。そうするとデジタルに対する一種のアレルギーみたいなものが解けた、というところがあったと思うんです。

 それで、今回ジン・キムさんに描いてもらったベルのキャラクターについて打ち合わせをしている中で、山下さんに「これぐらいすごいキャラクターを作ってもらったんだから、<U>の世界の作監(作画監督の略称)をやってくださいよ」と言ってみたら、「ええ、いいですよ」ってあっさり言ってくれて。それで「ええっ!」と僕も驚いてしまった(笑)。引き受けてくれた理由の一つには、もちろんジンさんのキャラクターがそれだけ魅力的だったということもあると思うんですけど、もう一つには、山下さんも新しいことにチャレンジしてみようと思っていたということだと思います。

 結果的にCGで作る<U>の世界が、非常に山下さん的になっているというか、山下さんの美意識で満たされた仕上がりになっていると思います。もちろん手描きで描いているシーンは全然ないんですけど、そのベースになるレイアウトは山下さんがこれまで通り手で描いています。タブレットを使って。それを元にCGのアニメーションのスタッフがそれぞれのシーンを作っている、というかたちです。

 作画監督の仕事というと、アニメーターが描いた原画や動画に上から紙を乗せて修正する、というイメージがあると思うんですけど、今回それはやっていません。それにあたる作業は口頭でやっているんです。CGアニメーションの打ち合わせにリモートで山下さんも参加していて、「ここは動きを止めたほうがいいですよ」とか「ここの動きをもっとつけたら良くなりますよ」ということをCGのアニメーターに対して言葉で説明しているんです。

――――ということは、CGアニメーションであるとは言え、キャラクターをどうリアルに動かすかという部分については、手描きアニメーションの知見が活かされているということですね。

細田 そうです。しかもCGのアニメーターの作り方をちゃんと尊重してやっている、というところがよかったと思います。山下さんはなんでもかんでも上から紙を乗っけて「この通りやれ」というタイプではないので。まさに手描きの知見を活かしつつ、CGのいいところを引き出していくための手助けをする、という感じのポジションだったと思います。

――――CGアニメーションの作業としては、例えばベルであれば、まずはベルの3DCGモデルを作るというところから始まると思いますが、その3DCGモデルを作る段階でも山下さんは手を入れているんでしょうか。

細田 そうですね、三面図(キャラクターを正面・側面・背面の3方向から描いた図)の段階から山下さんに描いてもらっています。つまり、ジン・キムさんのデザイン画から直接3Dの立体モデルを起こしているのではなく、一回山下さんにその立体造形やディテールを整理してもらっているんです。だから元はジン・キムさんのデザインなんですけど、山下さんの立体把握も入っている。

ジン・キムによる直筆のキャラクターデザイン画

――――ジン・キムさん直筆のベルのデザイン画の素晴らしさは、その繊細な表情の表現なども含めて監督も称賛されていましたが、一方でその優れたデザインをいかにその魅力を損なわずにCGのアニメーションに落とし込んでいくか、というのは難しい作業だったのではないでしょうか。

細田 いえ、それは最初から全然心配していませんでした。というのは、これまでディズニーの映画でジンさんの絵がCGになってきた、という歴史があるわけだから、そこはきっと上手くいくだろうと思っていました。デザインは手で描いていたにしても、CGに移し替えた時にちゃんと上手くいくようになっているだろう、ということは最初から信じて疑わなかった、というか。現にそうなっているからすごいですよね。

 ただ、映画の後半で主人公・内藤鈴(すず)がCGアニメーションで描かれるところがあるんですけど、そこはなかなかベルのようにはスムーズにはいかなかったんです。それには根本的な理由があって、すごく大雑把に言うと、アニメーションのキャラクターの顔の造形そのものが、日本とアメリカとでは全然違うということです。フォルムなのか立体的なのかの違いです。日本のアニメーションの人物描写というのは立体的ではなく、フォルムなんです。これはアニメーション以前の絵画史を振り返ってみても明白な事実です。日本の絵画の歴史の中で立体的であったことなんて一度もなくて、日本人はずっとフォルムの気持ち良さで絵を描いてきた。全体の流れるようなかたちそのもので人物を描写していて、立体的な部分、例えば鼻と頬の間にはこのくらいの空間がある、みたいなことは大きく言って無視しているんです。

 それに対して西洋絵画というのは、その鼻と頬の間の距離感とか空間をどう表現するか、ということから人物造形が始まっているんです。だから西洋の人たちからすると、日本のフォルム的なアプローチ、例えば浮世絵的なデフォルメというのはびっくりしちゃうわけです。ああいうものは現実には存在しないわけだし、立体的には再現できないようなものだから。

 逆に言うと日本絵画の歴史の中でも、西洋絵画のように立体的には描けないという葛藤があって、明治期なんかは混沌としていた。今だって混沌としているんです。そういう絵画史的な伝統の延長線上に僕らのアニメーションも存在している。今回CGをやってみて、改めてそのことを考えさせられました。

――――ジン・キムさんのデザインがCGとの親和性が高かったというのは、絵画の伝統的にも正しかったということなんですね。

細田 そうですね。だからジンさんだって日本と同じように手で描いているけど、立体的でCGに馴染みやすいというのは、要は手描きかCGかという問題ではなくて、世界の捉え方の違いなんです。今回の作品は、そういう西洋的な人物造形と日本的な人物造形が一つの作品の中で対立していて、それがコンセプトによって使い分けられている。それが面白いところだと思います。

★『竜とそばかすの姫』は現在公開中

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