「全員優勝。」はどうやって生まれたのか〜生活者に馴染むビールを目指して

PHOTOGRAPHY: KITAZAWA HIROAKI
TEXT: HIGASHIYA MASAYOSHI

勢いのあるアレンジに乗ってMONGOL800のキヨサクが歌う「川の流れのように」が流れる中、インテリアデザイナー役の山崎賢人や定食屋の店員役の上白石萌音などが日々奮闘する姿を描いたサントリー生ビールのCM。TVなどで一度は目にしたことがあるだろう。

そもそもこの「サントリー生ビール」、プレミアムビール市場を「ザ・プレミアム・モルツ」で確固たるものにしたサントリーが満を持して発売したスタンダードビールだ。評判は上々で、発売後約3カ月で200万ケースを突破し、年間販売計画を当初の300万ケースから400万ケースに上方修正した。特別な日ではなく日常に寄り添う役割を与えられたこのビールが生み出された背景を探るべく、本プロジェクトの中心人物であるサントリー株式会社ビールカンパニー マーケティング本部 イノベーション部の竹内彩恵子氏にインタビューを行った。

竹内彩恵子

 
—— 以前、製菓メーカーで商品開発を担当されていたとのことですが、そのことが今の仕事にも影響を与えていますか?

ビールとお菓子では、共通する部分とそうではない部分があります。共通するところは、お客様の声を聞いて、どういうコンセプトにして、味を決めてCMをどう作るかというところで、そうした点では経験を生かせています。大きな違いでは、ビールというのはそれぞれのメーカーが様々な種類を出しているものの、お菓子と比べるとさほどバリエーションがありません。お客様にとっては味も価格もそんなにばらつきがない印象かもしれません。缶のサイズも2〜3種類程度という選択肢の中で、どうやって新しい価値を作っていくかというところがお菓子とは全然違うと思っています。

—— 対するお菓子はどうなのですか?

同じチョコレート菓子を毎日1箱食べ続けるという人は、そうそういません。多くても1週間で1箱食べ切る程度です。そして、よほどのヘビーユーザーでもない限りは次の週は違うお菓子にしようかしら、ビスケットもいいし、たまにはケーキもいいかもしれない、と異なる種類のお菓子を選ばれます。ところがビールは多い方は週5〜6日、ほぼ毎日同じものを飲まれる方もいらっしゃいます。たまに銘柄を変えることがあっても、あくまでビールというカテゴリーの中での銘柄の違いのことも多く、お菓子とは選択肢の幅や深さが全く違います。

今までのビールのやり方とは違うもの

「サントリー生ビール」の開発やマーケティングには「今までのビールのやり方とは違うもの」とはどういうものだろう、という視点を持って臨みました。
2000年代に入ってからは新ジャンルや発泡酒—— つまりビールに似た異なるカテゴリーの商品が数多く登場し、酒税法で「ビール」と括られるものの新商品はそれほど盛んに出てくることはありませんでした。昔から変わらない3〜4銘柄で固定されていて、その中で価格や機能の違いを提案してきた市場でした。そういう市場において今改めて“超王道”の新しいビールを出すに当たっては、現在スタンダードビールを飲まれている方に一目で「これはビールの新商品なんだ」と理解してもらえるパッケージを作らなければならない。でもそれはなかなか難しいことなんです。

—— と言いますと?

新しく見せようと思って突飛なデザインにすると、「これはチューハイの新商品ですか?」「新ジャンル?」と認識されてしまう。どんなに大きく「ビール」と書かれていても、お客さまが判断されるのは一瞬のことなので、デザインによってはビールだと理解していただけないのです。例えば、左右非対称のデザインだとビールに見えづらく、左右対称で堂々としたものがビールに見える。味わいについてのコピーが細かく書かれてあるものはビールに見えづらい。なぜならビールは事細かに語らず堂々としているものだから。そんなセオリーもあります。

—— しかし、「サントリー生ビール」のパッケージは左右非対称です。

はい。そのセオリーは大胆に破りました。そもそも企業のロゴをデザイン的に扱っていること自体、いわゆる“お作法”からするとはみ出していることです。しかし、商品名はストレートに打ち出し、コピーはあまり増やさず、装飾も少なめにという点は守る。その上でそれらひとつひとつのバランスでお客様の目を引き、しかも新しいもの、というところを狙いました。実際「生ビール」とこれだけ大きく書かれているにもかかわらず、これがビールだと気づかれない方もいらっしゃるんです。

サントリー生ビール

1万人の声を訊いて

—— 竹内さんが所属されている「イノベーション部」は他の部署とどう違うのでしょうか?

イノベーション部では、与えられているミッションに対して、ビールの売り方や「こういう範囲の中で作りなさい」ということが決まっていません。極端に言えばスーパーで売らないビール、インターネットやイベントでしか飲めないビールがあってもいい。ビールという大きな枠にはまっていればどんな形態でも、どんな新事業でもいいというのがイノベーション部の大きな特徴です。
今回は結果的にスーパーやコンビニでも購入できるものを開発しましたが、その過程において通常と異なっていたのは、開発のプロセスの部分です。中には販売チャネルや目標販売数が決まっているプロジェクトもありますが、今回はそうではなく、どう商品につながるかもわからないけれど、本当にビールが好きなお客様の声を改めてじっくり聴いてみようじゃないか、というところからスタートしました。そのために調査会社さんにお願いするアンケート調査以外の方の声もしっかり聴きましょうということで、完全にアナログな人脈を辿って、大阪府東成区の町工場の方を紹介いただきました。

—— その方たちにヒアリングを行ったのですね?

はい。何度も工場に伺って「こんな商品を考えているのですが、どう思われますか?」「1日の終わりにビールを飲む時はどんな気持ちですか?」といったこと詳しく聞かせていただきました。そういったある意味悠長ともいえる、すぐに売上には直結しないけれども、大きな枠組みでビールと向き合うということが、イノベーション部としての特殊な進め方だったと思います。

—— 東成に行った際にはビールを飲みながら話を訊かれたのですか?

そういう時もありました。実際に試作品を飲んでいただいたのですが、これまでそうした調査を受けたことがない方々ばかりでしたので、全く慣れていらっしゃいませんし、率直なご意見、時には辛辣なご意見もいただきました。でも、だからこそ、お褒めの言葉をいただいた時はリアリティがあって、「この感じが欲しかったんだよ」という言葉は私たちにとってひとつの拠り所になりました。

—— 1万人のビールユーザーの声を集めたと伺っています。

実際に1対1のインタビューだけを1万人に行うことは難しいですが、書類を通した定量調査も活用しながらご意見を伺いました。企画が出来上がったり、CMのキャッチコピーが決まったりするタイミングなどで、自分たちが正しいと信じていても、その通りお客様が受け止めてくれるのか、あらゆる面で検証する作業を積み上げていった結果、最終的には1万人になりました。

—— どのような声が返ってきて、それをどう商品に反映していったのですか?

ビールは長年販売しているものなので、今、1万人の声を聞いたからといって新たな発見がすぐにあったわけではありません。苦労したのはそこからです。特にこのような王道のビールに関しては「現状で満たされている」という意見を多くいただきました。でも、これだけ世の中が変わり、暮らしぶりや働き方も変わっている中で、ビールに対しても絶対に何か変化があるはずだ、と念入りに調べていったところ、ようやく見つけたのがビールの“飲用時間”が少し延びているということでした。10年経とうが20年経とうが、ビールを飲む時間にそれほど変化はないだろうという先入観がありましたが、実は1缶を空けるまでの時間が4年前より平均6分延びているということがわかりました。その理由に注目して訊いていくと「昔は夜遅く帰ってきて、とりあえず駆けつけ一杯という具合に冷蔵庫の前でビールを飲んでいたけど、今は遅くまで会社に居残ることが減ってきたので、家族で食卓を囲み、落ち着いて食事をとることが増えたかもしれません」という声が出てきました。

—— それは大きな発見でしたね。

そこから今、改めて出すビールとしての味わいはどうあるべきかを考える必要があると思いました。

—— また、「ビールは一口目が大事」という調査結果を重要視したと伺いました。確かに飲んでみると一口目のパンチが印象的です。どのようにして実現したのですか?

「ビールは一口目が大事」というのは昔から変わらないビールに求められる要素ですが、時代とともに強く余韻が持続するものより、すっきりと飲みやすいものが好まれるようになっていきました。ただ、最初のインパクトがありながらスッと引かせるというのはとても難しい。それを実現するため、「トリプルデコクション」という弊社のこだわりの製法に新たな原料を組み合わせました。麦芽とホップと水というビールの3要素に、コーングリッツというトウモロコシを使った原料を加えることでトップの香ばしさや刺激感が助長され、後味もよりすっきりとしたものになりました。

—— ユーザーの意見はコミュニケーションの方向性にも影響があったのですか?

はい、先ほどお話しした東成の皆さんからいただいたご意見を元に「単にご褒美だ報酬だということだけではなく、もっと地に足の着いたビールとの向き合い方があるのではないか」というように考えました。味の違いや、どう美味しいかということを伝えるより、この商品があることによってお客さまの暮らしが少しでも良くなったり、素敵なものになるというふうに感じていただきたいと思ったんです。時代に合ったビールとは何か? と考えた結果、味に関しては飲む時間が延びてもずっと美味しいものに決め、コミュニケーションに関しては情緒的に寄り添ってくれて一日を全肯定してくれるような存在にしようと決めることで、少しずつパズルのピースが埋まっていきました。

「全員優勝。」が表す世界観

—— TVCMは非常に豪華なキャスティングで作られましたね。

全ての人の、様々な人の一日を労い、頑張って生きる力を少しでも後押しするというのがサントリー生ビールの目指す姿です。これからの時代を担う若い方をキャスティングさせていただき、そのような世界観を表現しました。誰か一人の人生だけではなくて、人それぞれに素晴らしいストーリーがあって、皆さんそれぞれ頑張っていると私たちは思っていますので、ご覧になられた方もこの出演者の中の誰かに共感していただきたいと願って展開しています。

—— イノベーション部としては、第1弾として発売したビアボール(好きな濃さで楽しむことができる炭酸でつくるビール)のような新しいものの後に、このサントリー生ビールというど真ん中の商品を出されましたが、今後の方向性はいかがですか?

全方位ですね。ビアボールに次ぐような新しいものも考えていますし、王道のものもあります。はたまた家庭内での消費とは違うところ、例えば飲食店様におけるビールの新しいスタイルといったものも考えていたり……本当に様々です。

—— 今後もあっと驚くような商品を期待しています。

おかげさまで今、非常に売れ行きが良くて、発売から約3カ月で200万ケースを突破し、販売目標を300万ケースから400万ケースに上方修正しました。元々狙っていた年間300万ケースのうち3分の2を3カ月で販売できたというのは嬉しいです。単に売り上げが大きいというだけではなく、それだけの方に実際に飲んでいただけたことがとても嬉しい。自信のある商品ですし、これを飲んでビールの楽しさや、「やっぱりビールっていいよね」と感じていただけると信じているので、一人でも多くの方に飲んでいただきたいと思っています。

竹内彩恵子

 

サントリー生ビール オフィシャルページ