【LONG INTERVIEW】『Sol Levante』誕生秘話
VOL 02 日本のアニメーションが生き残っていくために

Sol Levante場面カット3

Production I.GがNetflixと手描きの4K HDRアニメ作品をつくった理由
VOL 02:日本のアニメーションが生き残っていくために

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———— 制作していくにあたって苦労したことはありますか?

齋藤 大きく分けて二つあって、まず機材の問題。今回モニターと編集機材は4K HDR対応のものを用意できたのですが、それ以外のソフトウェアやマシンOSはまだ4K HDRに対応しているものがありませんでした。4K HDRともなるとデータがかなり重いので、マシンがあっという間にクラッシュしてしまったり、ちょっと行けば石にぶつかって、またちょっと行けば池があって、という具合に、特に最初の一年くらいは機材関係ですったもんだしていました。ただ、この問題は時代が追いついてくればクリアされると思っています。
 もう一つは現場の意識です。「二値化にして大量に回すことが前提」という意識に移行してしまった人たちにこの映像を見てもらっても、あまり理解されないんです。「色って二値化して塗るんでしょ?」とか、「なんでそんな細かい線を引かなきゃいけないの?」という、そういった意識のまま切り替わらない人たちをどうやったら変えていけるのかというところが、実は一番大きいテーマだと思っています。現在の制作体制を常態化させてしまった人たちに、「そうじゃなくて、これから4K HDRの時代が来ると映像が変わっちゃうから、作り方も変わるし見せ方も変わっていく、今のままじゃ駄目なんだ」と言っても、なかなか伝わらない。人の意識改革が何よりも大変ですね。

江面 4Kアニメーションでは、アニメーターの生の線が出てしまう。今のアニメーション業界というのは、スピードがすごく求められている現場で、状況によってはそれこそ一日で描いて塗って上げていくような速さが求められている状況です。そうすると、速さを重視するがゆえに絵が崩れてしまったりするんですよね。表情のない線が多くなってしまう。それが4Kにはそのまま出てしまうんです。そこはやはり隠しようがないというか、嘘をつけない。描いた時の自分のコンディションや、手の動かし方までもが全部赤裸々に出てしまうのですが、それは逆に言うと、自分の感情そのままを、線の上で表現できるということ。最後まで潰れずに画面上に伝わるので、これはアニメーターにとっては楽しいことなのではないかと思うんです。
 今回の作品には、縄文土器をコンセプトにした「オブリヴィオン」というキャラクターが登場しますが、このエリア(※写真参照)をずっと描いていて気が付いたら40分くらい経っていて、「あれ? なんで終わらないんだ」と。今までの感覚だと半日ちょっとかかる予定だったものが、4Kなりの細かさで描こうとすると一日じゃ終わらなかったりする。でも、それほどに頑張って描き込んだのはやはり4Kだったからなんです。そのまま出ると分かっているので、描きがいがあるのです。これはアニメーターにとっては楽しいはずのことなのですが、ただ今の現場の在り方がアニメの全てだと思い込んでしまっている人にとっては難しいかもしれない。

江面がiPad Proで描いたオブリヴィオン
江面がiPadで描いたオブリヴィオン

 

進化の歩みを止めた日本のアニメ

齋藤 今回の作品をきっかけに、こういうものをやりたいと感じた人が集まって広がってくれたらと願っています。変わっていかないとここから次世代のアニメは作っていけないだろう、という危機感がずっとどこかにあるんです。今のアニメーション業界は、大量生産で回していって確かに一つの商業として成立できているけれども、メディアのレベルがどんどん上がっていって、中国をはじめ他国のレベルも上がってきている中で、では私たちは何を持って勝負するのかということは、もうずっと言われてきているんです。一つの方向性として、こういうものを作っていったら、私たちも生き残れるのではないか、という思いもあって。

江面 日本のアニメの表現や技術は相当進んでいたのに、2Kでその歩みを止めてしまうのはとても勿体ないことだと思っています。4Kまで進めばいいじゃないかと、なんだかもどかしい思いです。2000年代初頭にデジタルを導入したアニメ作品を作って、そこには技術上の大きなステップアップがありました。しかし2010年代に入ってものすごい数のアニメ作品が作られるようになり、そのステップアップは定番化されることによって停滞してしまったような気がしています。実写では一気に4Kへのムーブメントが起こっている中で、このままではアニメは時代遅れと言われかねない。
タブレットを駆使して作業する江面氏
タブレットを駆使して作業する江面氏
 きっと何か成功の事例があると良いと思うんです。齋藤さんや私がデジタルをやり始めた頃は前例がまだなくてみんな二の足を踏んでいたのですが、いくつか成功例が出てからのデジタル移行は早かった。今や『サザエさん』もデジタルですからね。でも、今でも吹き出しなどではフォントを使わずに手書きでやっている。これだと思うんです。デジタルになったからといって、根本は変えずにちゃんと馴染みのある『サザエさん』のままだった。4Kにも、そのくらいの幅があって良いと思うんです。2000年当時は、デジタルでアニメを制作することに対してネガティブな意見を言う人も相当数いました。こんなのはアニメじゃない、と。新しいことをやると、必ずそういった意見も出てくるんですよね。

タブレットを駆使して作業する江面氏
タブレットを駆使して作業する江面氏

 

齋藤 うん、必ず言われる。

江面 逆に、何も言われないと「新しいことができてないのでは?」と思ってしまいます。拒絶感をある程度示してもらえないと、大したことをやっていないのでは、と(笑)。アニメでこれをやっていいのか、これは本当にアニメと呼べるのか、ということをある程度言われないと駄目なのかな、とは経験則で思います。

齋藤 そうそう。「なんだこれ!?」というものを出すから落差があって注目もされるし、価値も出る。それくらいの落差が出せなくては先頭はきれないと思っています。

江面 ただ、拒絶されるだけでは駄目ですし、難しいんですけどね。

齋藤 確実に良いと思っているからやっているわけで。

江面 日本人がまだカレーを知らなかった頃にカレーを出す感じというか(笑)。でも、今の現場に不満を抱いている人はそこそこいるし、やはりクリエイターであれば良いものを作りたいと心の底でみんな思っているはず。若い人ほどその思いも強いはずなので、そこをどううまく4Kのムーブメントに繋げていけるだろうかと。

齋藤 今後、4K HDRの長尺をやってみたいと思ってはいるのですが、そのためには同じ意識を持つ仲間を増やさなくてはいけない。例えば30分の短編を作るということになったら、そのためにスタッフを集めて仕事をしてもらいながら育てていく、そんなことができたら良いんじゃないかなと思っています。ただ業界全体でこのまま一気に4K HDRへ移行ということになったら、スタッフたちの意識が変わらないままこれまでよりも重くて膨大な作業量をこなしていかなくてはいけないことになってしまう。そうではない新しい場所を作ってやっていきたいです。「4K HDRになってただ大変になっただけじゃん」という風にはなって欲しくない。4K HDRを、ものをつくる嬉しさとか、ドキドキを蘇らせてくれるきっかけ、ツールとして広めていきたいんです。

江面 経済との兼ね合いもあると思うので一概には言えないですが、20年前と同様のステップアップが今起きようとしている気がしています。あの当時フロアに集まってアニメを一緒に作っていた仲間たちって、その後散らばってそれぞれの場所でキーマンになっていっている。それと同じようなことが起こるのではないかなと。安くて高性能なペンタブも出ているし、状況は揃ってきている。

齋藤 そういう意味では、ちょうど今が過渡期なのかもしれないですよね。

江面 あともしかしたら、これからのキーワードは海外との連携なのかもしれない。

齋藤 そうですね、国内の人たちの意識改革はかなり大変で、逆に海外の人たちはこの作品を見ると喜んでくれるんですよね。「どうやっているんだ」と興味を持ってくれて、あっという間に協力してくれたりして。例えば今回、音響は当初つける予定ではなかったんですけど、海外からの協力で音響が加わり、音楽もグレードアップして、どんどん作品のスケールが大きくなっていきました。

田中 年明けたらすごいことになっていて驚きました(笑)。

江面 スタートは私と齋藤さんと田中さんの、いわゆる中央線界隈の日本人3人だったのに、一気にグローバルに広がった。結構前の段階から、齋藤さんは海外のスタッフと連携してやるべきだと言っていましたよね。今回採用したカットアウトの技術で言うと、日本より欧米は10年進んでいるんです。向こうではほぼ常識になりつつある。日本は剣術が立つので銃は持たないんですよね(笑)。新しい技術を海外から取り入れつつ、表現するのはあくまで日本人ならではのアニメーションで良いじゃないかと、私は思っています。

齋藤 そうなんですよね。海外の人たちの方が先入観が少なく、喜んで参加してくれるので、国内がなかなか変わらないのであれば、外と連携して黒船になって帰って来る、みたいな(笑)。

江面 4K HDRのポテンシャルを引き出すには、絵をどうしても細かくしていかなくてはいけない。そうなった時に、今の日本のアニメ制作現場のシステムではそれは全く現実的ではありません。現場の改善と、新しい技術を持った海外との連携が必要だと思います。

『Sol Levante』が生まれたProduction I.G本社203部屋にて。左から田中美穂、江面久、齋藤環
『Sol Levante』が生まれたProduction I.G本社203部屋にて。左から田中美穂、江面久、齋藤瑛

 

『Sol Levante』について

辿り着いた者の望みを叶えると言い伝えられる「聖地」を探して、ソワフとオブリヴィオンは遺跡を暴きながら旅をしていた。ある時「遺跡の守護者」と「聖地の四大精霊の怒りに触れてしまった二人は次第に追い詰められていく……。Production I.GとNetflixが送る、世界初の4K HDR手描きアニメーション作品。