『君たちはどう生きるか』オスカー受賞の歓喜に沸いたジブリのスタジオよりレポート

報道陣の質問に答える鈴木敏夫プロデューサー

宮﨑駿監督作『君たちはどう生きるか』が、第96回米アカデミー賞長編アニメーション映画賞に輝いた。授賞式が行われた3月11日、スタジオでの授賞式鑑賞のために約50名のジブリスタッフが早朝から一堂に会し、その瞬間を待っていた

2度目のオスカー

受賞決定に歓喜するスタジオジブリスタッフ

 予定から5分遅れで始まった米アカデミー賞授賞式。アニメーション映画賞プレゼンターのアニャ・テイラー=ジョイから『君たちはどう生きるか』のオスカー受賞がアナウンスされたのは8時39分のことだった。その瞬間会場には喜びの声と拍手が湧き上がり、数十秒経ってもまだ拍手は鳴り止まなかった。スタッフ同士で喜びを共有する者、労い合う者、目を閉じて喜びを噛み締める者。歓喜と驚きの渦はしばらくすると幸福のため息へと変わっていった。昨年7月14日に『君たちはどう生きるか』が公開されてから約半年という年月が経ち、米アカデミー賞のオスカーに輝いた今、彼らの胸に去来する思いとは一体何なのか。オスカー受賞直後に開かれた会見に登場したスタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫は、いつもと変わらぬ様子で「朝早くから皆さんご苦労さまです」と始めた。

「オスカー像が実は注文制でお金を出せば何個も作ってもらえるんですよね。それでさっき3個注文しました。どうもありがとうございました!」

 受賞後に電話で宮﨑駿監督と会話したという鈴木は、そのやりとりをこう振り返った。

「ぼくがつい『おめでとうございます』という言い方をしてしまったんです。そうしたら彼は『お互い様です』と。宮﨑駿とは一緒にやってきて今年で46年目になるんですかね。とにかく作品そのものに関しては彼の力に負うところが大きい。それでぼくは彼に対する基本的な態度として『いい作品を作ってくれてありがとうございます』とついつい言っちゃうんです。そうすると彼は機嫌が悪くなる。『二人で一緒にやったじゃないか』と。いつもそう言われて、ぼくは心の中で『違う、あんたがやったんだ』と思っていたんですけれど、ようやくこの年になってそれを受け入れられるようになりました」

『千と千尋の神隠し』(2001年公開)で第75回米アカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞してから、実に21年ぶりとなるオスカー受賞。その間に時代は流れ、アニメーションを取り巻く環境も、世の中も、大きく変わった。21年の歳月を経ての2度目の受賞に、鈴木はどのような意味を見出すのだろうか。

「映画にはいろんな作り方があると思うんですけれども、何故にこの時代にその作品を作るのか、要するに“時代性”ということ。宮﨑駿は、80代を迎えてもそれを忘れていない。映画の基本は、『なぜ今この時代にこの作品が必要なのか』をちゃんと考えるところが大きいような気がぼくはしています。今回も、彼はそれをやってのけたんだろうと思います」

 10歳の少女が主人公だった『千と千尋の神隠し』から一転、『君たちはどう生きるか』の主人公は11歳の少年だった。

『君たちはどう生きるか』場面写真

「このウン十年感じていたことですが、やっぱり女性の方が元気ですよね。男性はそうでもない。そういうことになってしまった原因は何なのか。ぼくはある時、かつて歌を歌っていて今は精神科医をやってらっしゃる北山修さんとお話をしたことがあるんです。そうしたら北山さんに怒られたんですよね、『女性が元気になったのはジブリのせいだ』って。『ジブリが女性ばっかりを主人公にするから女性が強くなったんだ、責任をとれ』ということなんですけど……(笑)。でもそれは、時代の大きなうねりかなという気がしています。特に、平成という時代に女性はどんどん変わっていきました。今もそれは続いていて、一方で男性は変わっていないという気がするんです。今は男だ女だと区別して語るのも違うとは思いますが、男性陣の奮起をうながしたいですね。そう思います」

 会見で報道陣から多く寄せられたのは“次回作”への質問だった。それに対する鈴木の言葉には、国境を超え人々の心を揺さぶる作品を生み出すことの厳しさが滲む。

「作品というのは、いつもこれが最後だと思って作るんです。その後のスケジュールが決まっているのは本来変なことで、映画監督はそういうことにさらされていると思うんです。まして、この7年の間(『君たちはどう生きるか』制作期間)でいろんなことが起きていて、今回の作品はいろんな人にどうやって受け取られるのか、みんなにちゃんと見てもらえるのだろうか、そういうことに対して宮﨑駿はいつも以上に心配が大きかったんです。日本での映画の興行が始まった時、ものすごく心配していました。彼はやっぱり常に娯楽映画を作り続けていたいから、お客さんが来なくなったら自分は引っ込むべきだと考えているんじゃないかな、という気がしています。

 これまでぼくは“7年”と言ってきましたが、実は準備から含めたら10年近くかかっているんですよ。そうすると、宮﨑もぼくも疲れましたけど、この作品に関わったスタッフにもやっぱりどこかで疲労が残っているんですよね。それを取るのにはもう少し時間がかかるのではないか、そんな気がしています。実作業7年というのは“足掛け7年”ではなく“丸7年”なんです。その疲れを取るのにはある期間が必要で、その上で(今後のことを)考えたいです。もしかしたら世代交代もあるかもしれないですし、何があるかはわかりません。

 一人では作れませんからね、映画は。やっぱりスタッフの力が大きいです。そういうことで言うと、一人一人に感謝をしています。この作品に関わった人にも感謝をしていますけれども、途中に諸事情でジブリをやめた人とか他の会社に移った人とかいろいろいるんです。でもみんなの力ですよね。感謝しています。いまだにその気持ちは変わりません」

『君たちはどう生きるか』全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑 駿 製作:スタジオジブリ
©2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

 米アカデミー賞長編アニメーション映画賞の受賞を受け、『君たちはどう生きるか』の拡大上映が決定した。3月20日からは英語吹替版(日本語字幕付き)での上映が全国で始まる。錚々たるキャストが揃った英語吹替版の眞人やサギ男、ヒミたちと、大きなスクリーンで会える。オスカー受賞に英語吹替版上映決定と、ファンには二重で嬉しい一日となった。

『君たちはどう生きるか』制作の日々を作家・池澤夏樹が鈴木に訊いた対話を収録した書籍『ジブリをめぐる冒険』は現在発売中。あとがきには、鈴木が宮﨑駿との出会いから『君たちはどう生きるか』に至るまでを綴った「誰も知らない宮さんこと宮﨑駿」も掲載。ぜひこの機会に手にしていただきたい。

鈴木敏夫・池澤夏樹『ジブリをめぐる冒険』


2,640円(税込)