ISSEY MIYAKE SPRING SUMMER 2023
A Form That Breathes―呼吸するかたち―

デザイナーの近藤悟史とデザインチームが自ら土を使って作り上げた彫刻作品をインスピレーション源に、既存の発想にとらわれない自由な服づくりを目指したISSEY MIYAKEの2023年春夏コレクション

PHOTOGRAPHY: OLIVIER BACO

 

DIALOGUE
近藤悟史×中野公揮
[新しいフォルムを追い求めて]

発表が行われた昨年のパリコレクションでは、フランスを拠点に活動する作曲家・ピアニストの中野公揮を迎え、幻想的かつ歓びに満ちあふれた世界観を演出し好評を得た。近藤にとって念願だったという中野との共演について2人に話を訊いた

PHOTOGRAPHY: ZELDA MONTJEA
TEXT: KAWAKAMI HISAKO

 

美意識を継承するための共同作業

近藤と制作チームが作成した彫刻
PHOTOGRAPHY: SUENAGA MAKOTO

 
—— 2023年春夏コレクションは自ら土をこねてつくった彫刻からインスピレーションを得て服づくりを始められたそうですね。

近藤 見たことのない新しいフォルムを作りたいという思いがあり、まずは手を動かして頭を柔らかくしようと、制作に関わるデザインチーム全員で土を使って様々な造形を作りました。トルソーを起点に彫刻創作を行い、その過程で形状は抽象的になっていきました。

—— 土から生まれた彫刻のフォルムが、服の表現の幅を広げたということですね。

近藤 そうですね。通常の服づくりのプロセスにないスタディをすることで、デザイナーもパタンナーも考えが柔軟になり、発想や感覚に変化があったように感じました。

—— そのプロセスを制作に関わるデザインチーム全員で行うことを大切にしているのでしょうか?

近藤 私だけでスタディをしていても面白くないですし、次世代のスタッフにイッセイ ミヤケの哲学を継承する意味でも、常にチームで動くことが重要だと思っています。

—— 昨年行われたパリコレクションでのショーでは、ピアニストの中野公揮さんを音楽で起用されましたが、なぜ中野さんを選ばれたのでしょうか。

近藤 中野さんは大好きなアーティストで、以前から曲をよく聴いていたのですが、今回のコレクションの構想段階に、通勤中やデザインを考えながら中野さんの音楽を聴きたくなることが多くありました。聴いていると没入感があって想像が膨らむんです。今シーズンはとりわけ純粋にものづくりに入り込んでいて、そういった気持ちと中野さんの音楽が不思議と呼応していたのかもしれません。それまで面識はなかったのですが、オファーを快く引き受けてくださいました。

—— 中野さんはどんな心境でオファーを受けましたか?

中野 私は日本からパリに渡り、フランスで音楽家としてのキャリアを開始したのですが、パリで過ごす中で優秀な日本人のクリエイターの存在、特に建築やファッションで活躍した方々によって築かれたクリエイティブへの信頼を感じる機会が多くありました。自分もそういった礎の上に立っていると実感する日々の中で、オファーを受けて光栄であると同時に大きな責任も感じました。

—— 中野さんの音楽に対して「没入感」を感じるのは、その作品が抽象的だからこそ、聴く人の想像力をかきたてて様々な景色を想起させる、いわば“想像力の種”のような力があるからでしょうか。

近藤 中野さんの音楽を聴きながら制作をしていると、最初は曲に魅了されて刺激を受けるのですが、徐々に集中力が高まって思考が研ぎ澄まされ、音楽を忘れる瞬間があります。自分の意識と中野さんの音楽の間を波のように漂っているような感覚に陥るんですよね。この感覚は現代アートを見ている時の状況に近くて、抽象性の高い音楽の中から、色や身体の動き、景色などのインスピレーションを自由に受け取れるのが中野さんの音楽の魅力だと思っています。

—— 中野さんは何にインスピレーションを受けて音楽を作られますか?

中野 具体的な物事に影響を受けるというよりも、自分の中に積み重なった心象風景を大切にしています。「マインド スケープ」という言葉をよく使うのですが、同じ景色でもどんな心境でどのような時に、誰と見たかによって自分の中に残るものは随分変わるような気がします。また一方で、音楽として純粋にテクニカルな部分への興味や関心があるので、私にとって作曲は日常的に作りためている断片的な音楽素材と、実生活の中で積み重なる様々なマインドスケープ的なものの接点を見つけ、曲として発展させていくような行為です。

—— ショーの中でもシンセサイザーを使われていましたが、ピアノ以外の機材の可能性も常に探求していますか。

中野 音楽においては“身体性”という言葉を大切にしています。高校時代に師事したピアノの先生が素晴らしい方で、一つ一つのフレーズに対して細かく身体の使い方を指導してくれました。抽象的な表現になりますが、自分の感情のゆらめきや、音楽のフレーズのエネルギーの流れに、どのように手を運ぶことで添えるのか、また逆に手や身体の動かし方次第でいかにそれが変化しうるのか、楽譜に記号などを書き込んで可視化して教えていただけたことがその後の大きな糧になりました。そこで学んだ身体の感覚を強調したり、デフォルメするのに電子音はとても適しています。

—— 人間が生きていて、身体が動くからこそ楽器が奏でられ、音楽が生まれるということでしょうか。まず身体がなければ音が生まれないということが重要なのだと思いました。

中野 そうですね。「音のない動きはないし、動きのない音はない」ということを常に考えて音楽を作っています。バレエダンサーのジョージ・バランシンが“See the music, hear the dance.”という言葉を残しています。「音楽を見て、ダンスを聴く」。そういう感覚で音楽を作りたいと思っています。

—— 服も、対象物がそれを纏わなければ服として成立しないのかもしれませんね。

近藤 そうですね。だからこそ服に袖を通したときに、気持ちが高揚するような服を作りたいと思っています。

プリミティブな感覚への共鳴

 

202304_ISSEY_5
202304_ISSEY_4
202304_ISSEY_6
previous arrow
next arrow
PHOTOGRAPHY: OLIVIER BACO

 
—— 身体性の話が出たので、次にダンスについてお聞きしたいと思います。ショーの終盤で会場が暗転した後にダンサーが現れて舞い踊る演出がありましたが、あの演出はお2人で相談して決められたのでしょうか?

近藤 私が思い描いていたショーのイメージや、コレクションを作る上で考えていたことを中野さんと話して、会話のやりとりの中でダンサーを使いたいということも伝えました。それを受けてイメージに合うような曲を作ってくれたんです。

中野 1度目のミーティングがとても濃密で、会話の中に出てきた近藤さんの言葉が私の興味があった分野と重なっていたので嬉しかったのをよく覚えています。そのミーティングで近藤さんから“ソフト スカルプチャー”という言葉が出てきたのですが、たまたま私も使っていた言葉で、概念的に興味がありました。スカルプチャーは具象・具体という意味合いがありますが、“ソフト スカルプチャー”はそこに何か可変性の余白がある。さらに、近藤さんから今回はブランドコンセプトである“1枚の布”という概念に還ったものを作りたいと言われた時、1枚の布が揺れ続けるイメージが浮かんだんです。なので、ショーの最中は絶対に音を途切らせないようにしようと思いました。始めから最後まで布がずっと揺れ続け、その振幅が大きくなる中で、様々なフォルムの服が登場していく場面が頭の中から離れませんでした。

近藤 彫刻を作っている時にも“柔らかな”とか“呼吸しているような”というイメージを大事にしていたからそういう言葉が出てきたんです。平面の布からパターンを起こして立体化させる西洋の服とは対照的に、ISSEY MIYAKEでは1枚の布を纏うことによって生まれる身体と布との「間」を追求した服づくりを目指しています。

—— 再び音楽の話に戻りますが、ショーのテーマとしてイメージしていたことはありますか。

近藤 暗闇の中の静寂から始まり、徐々に高揚して歓びと共に夜明けを迎える流れがイメージとして浮かんできて、それが1枚の布が揺れ動くような感覚と似ていると思いました。夜明けのシーンでダンサーが踊り出すのと、中野さんの音楽が重なり合って、服が弾むように動く姿によって未来への希望を込めました。

—— 中野さんはそういった演出に対してどう思われましたか?

中野 ショーのシークエンスをいただいた時、初めのシーンで「暗闇の中から呼吸が聞こえてくる」と書かれていたのが面白くて、プリミティブな創造性に立ち返るような姿勢に強く共感しました。

—— ショーの音楽を作られる際にはイッセイ ミヤケの服を実際に手に取られましたか。

中野 服はもちろん、過去のコレクションも見ましたし、一生さんや近藤さんのインタビューも多く読みました。あるインタビューの中で、自分のキャリアの中で一枚の布というものを持てたことは幸せだ、と一生さんがおっしゃっていて、テーマに行き詰まった時に還る場所として1枚の布を大切にしていたのが印象的でした。この考えは着物に由来しているのかなと思っていたのですが、もっと広い視野で服飾の歴史を考えられていて、着物だけではなく古代ギリシャやインドでも一枚の布で服が作られていたというお話もされていました。服づくりを探求する気持ちによって、興味が原始に遡っていく。私もそういったプリミティブな感覚に興味がありますし、そういった創造性を信じたいと願っている人間なので、イッセイ ミヤケの服づくりへの姿勢には強く共感しました。

近藤 中野さんがそういった感覚に共鳴してくださったおかげで、ショーも調和が取れたものに仕上がりました。今回のコレクションは土を触るところから始めていますしね(笑)。そんなものづくりをする会社は他にないと思いますが、それがイッセイ ミヤケなんです。自然と戯れたり、美味しい料理を食べたり、一見関係のないプロセスを組み込むことが、新しい発想の源になりますし、そういった考え方を大事にしています。

—— ショーの反響はいかがでしたか?

近藤 すごく反響はありましたね。音楽と服が共鳴し合っていたという感想があり嬉しかったです。

—— 中野さんはあるインタビューの中で「譜面を崩して自由に演奏することが自分の表現である」ということを仰っていましたが、“自由さ”というのがどちらにも共通するキーワードとしてあるように思いました。中野さんは何かに影響を受けてそのようなスタイルを確立したのでしょうか。

中野 特定の影響などを受ける以前に、小さい頃から、例えばある1音に対して過剰に反応し、どうしてもテンポを大幅に崩してしまいがちでした。クラシック音楽を勉強していた頃はそれで苦労した経験もありましたが、自分が音楽を通してしたいことはそれではないと気づき、作曲を始めてからはより自由にピアノへのアプローチを考え始めることができました。

—— 近藤さんは“自由”についてどう考えていますか?

近藤 一生さんからは「自由に生き生きとしたものを作りなさい」とよく言われていました。ISSEY MIYAKEという確固たるブランドがあるにもかかわらず、そう言って背中を押してくださった。ただ、私としては自由だけではなく、イッセイ ミヤケで培った美意識と自分らしさを大切にしています。ショーのフィナーレでヌードカラーの服を着たダンサーやモデルが出てくることで身体性や多様性を意識させたり、未来への希望を感じさせられるような演出を考えました。そういう感覚を大切にして服を作ることが自分らしさであり、イッセイ ミヤケらしさだと思います。

中野 この演出と“歓喜の踊り”という言葉を近藤さんから頂いてすぐにフィナーレの曲のイメージが浮かびました。

—— ダンサーが光の中に消えていって、近藤さんが最後に現れるラストが、明るい方向へ繋がっていくことを予兆させる。素晴らしいと思いました。

近藤 「デザインには希望がある」という言葉を一生さんから学びました。その言葉を大切にして、これからもものづくりを続けていきたいと思っています。


近藤悟史 1984年生まれ。2007年に上田安子服飾専門学校を卒業後、株式会社イッセイ ミヤケに入社。2019年からISSEY MIYAKEのデザイナーに就任。2020年春夏コレクションでのデビュー以降、現在で8シーズン目

中野公揮 1988年福岡市生まれ。桐朋女子高等学校音楽科ピアノ専攻を卒業後、東京芸術大学作曲科に入学し、後パリに拠点を移す。2022年には3枚目となるアルバム『Oceanic Feeling』をパリのレーベルNø Førmat!から発表