本棚と書店員。2つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える――。連載17回目は、新栄堂書店。木を基調とした温かみのある内装はどこかカフェを思わせる。その11坪程度の小さな店舗には70年以上池袋の文化を支え続けた誇りと歴史があふれていた
新栄堂書店が池袋に誕生したのは、戦後間もない1946年。創業者がリヤカーで神田まで本を仕入れに行き、戸板の上に本を並べて売ったのが始まりだという。その後、駅前の本店は2006年の閉店までの60年間、「サンシャインシティ」内でオープン当初から営業を続けていたアルパ店は2017年5月の閉店までの38年間、池袋の書店文化を支え続けてきた。一度は池袋の地から姿を消したが今年7月、駅前の喧騒を離れた南池袋に新たな「まちの本屋さん」をオープンさせた。
――かつては池袋地域で「西の芳林堂、東の新栄堂」と評されるほど、多くの人に親しまれていたと伺いました。
「私が入社したのは1984年ですが、駅前にお店があったこともあり、“置けば売れる時代”でしたね。特にノベルス、中でも赤川次郎や西村京太郎が大人気。近隣に出版社も多かったので、社長さんが様子を見にきて、自社の在庫が切れているとその日のうちに新人の営業さんが納品に来ることも日常茶飯事でした。新刊の数も多かったですが、棚の本はすぐに売れるので置く場所に困ることもない(笑)」
――業界全体が熱を持っていた時代ですね。
「印象的だったのが88年の『アエラ』創刊の時のこと。発売日前日の『ニュースステーション』で久米宏さんが創刊の告知をされたんですよ。これはいいぞと思って、翌朝先輩社員と一緒に店先に即席の露店を作って。『本日、アエラ創刊です!』って声をかけながら売ったら、飛ぶように売れましたね」
――当時と比べ、お客さんの様子に変化を感じることは?
「本屋へ足を運んで、楽しみながら本を選ぶという“本屋で遊ぶ”感覚を失いつつあるのかな。本を読むにも何を読んだらいいのかわからないから、メディアや話題性だけを頼りに本を購入する。自分で吟味した本ではないから、つまらなくても諦めがつかない。そうして、さらに本に向き合う姿勢から遠退いていく。それはある意味で本屋や出版社の責任でもあるのだけれど。最近ではユニークな本屋も増えて、SNSなどで本当に売りたい本を率先して紹介するようになっているから、そういった意味では本屋は原点に戻ってきているのかなとも思いますね」
――人と人の距離が近いこちらの店舗も、良い意味で原点回帰と言えそうです。
「地元の方は『新栄堂』という看板を目にして、よく立ち寄ってくださいますね。この店がスタートを切れたのも70年以上池袋の地でやってきて、地元の人が支えてくれたからという思いがあります。だから、気軽に声をかけてもらえると嬉しいですね。今は『まちの本屋』をやるには難しいこともあるけれど、気張らず、気取らず、“池袋にはあって当たり前の新栄堂”を末永く続けていければ」
<プロフィール>
山口広幸(やまぐちひろゆき) 1961年、新潟県生まれ。大学卒業後、一度就職するも書店業に心惹かれ、84年新栄堂書店入社。本店配属後、新店オープンにあわせ数々の店舗の店長を歴任する。本と車をこよなく愛し、学生時代には自動車部でラリーなどを経験。
【今月の棚】
一つの棚に限ったことではありませんが、新栄堂のモットーは「初心者にやさしい品ぞろえ」。各ジャンルのとっかかりとなるような本を揃えています。あとは、本を読む人にも健全な身体を持って欲しいという思いから、スポーツには力を入れていますね。
【語りたい3冊】
①『桶川ストーカー殺人事件』(新潮社)著=清水潔 桶川とありますが、舞台は池袋。事件を風化させてはいけないと、新栄堂では発刊当初から大切にしています
②『POPEYE 2017年9月号 君の街から、本屋が消えたら大変だ!』(マガジンハウス) 本屋の特集の中でもこの切り口は秀逸。ネガティブな現状をプラスに変えて頑張る本屋の姿は励みになります
③『I Love Youの訳し方』(雷鳥社)著=望月竜馬 絵=ジュリエット・スミス 作家の個性や時代背景が端的に表れているユニークな一冊
<店舗情報>
新栄堂書店
東京都豊島区南池袋3-24-15 Wiseビル1階
11:30-20:00/毎週日曜・月曜 定休
(本稿は9月20日発売『SWITCH Vol.35 No.10』に掲載されたものです)