FROM EDITORS「星の村」

松永誠剛というコントラバス奏者がいる。今から4年前、宮古島で行われた與那城美和という宮古島の唄者と、松永の共演ライブを見る機会があった。舞踊家だった母の影響で宮古民謡に触れ、古謡に深い造詣を見せる與那城の伸びのある声にまず圧倒された。松永は繊細な島唄にジャズのエッセンスを効かせ、大胆なアレンジをほどこして現代音楽として力強いライブを展開していった。二人のユニットはMyahk Song Book 〜ミャーク・ソング・ブック〜と名付けられていた。 「ミャークの唄は三線と出会う前から宮古島にあった。ミャーク・ソング・ブックは宮古の唄の源流を辿るデュオプロジェクトだ」と松永は言う。1984年生まれの松永はミャーク・ソング・ブック以外にも、地元福岡の畑に囲まれた古民家を改装した「SHIKIORI」を拠点に、ジャズやクラシックライブのライブ、レコーディングなどの音楽活動を続けている。

池澤夏樹・文、 黒田征太郎・絵による絵本『旅のネコと神社のクスノキ』の出版を記念して、広島、福山、大阪をはじめ、さまざまな場所でイベントを行っている。北九州市で行うイベントに松永を誘った。黒田の絵に前から関心を示していた彼は、車にコントラバスを積んでやってきた。黒田は午前中に小倉でイベントを行うと、午後は戸畑、夜は翌日のイベントに備えて八女に移動するという強行スケジュールをこなしていた。移動中、「せっかく楽器を積んでいるなら、明日は八女で一緒にやろう」と黒田は松永にセッションを持ちかけた。

夜、囲炉裏で野鳥や猪などのジビエを食べさせる山間の店に入った。あずきという名のかわいい柴犬が入り口で黒田一行を迎えた。近くに水場があるのかカジカが鳴いている。料理が終わり他に客もいないこともあり、黒田に促され、松永はコントラバスを取り出して囲炉裏の前で一曲弾いた。「星めぐりの歌」、宮沢賢治の歌だ。星の村といわれるこの地方への松永の粋なオマージュだ。不思議なことにあずきが旋律に合わせて遠吠えで応えた。賢治が歌った「あかいめだまのさそり」のしっぽは残念ながら見えない険しい場所にポツリと立つ店の主人は、炉の上の電球を手で抑えるとスポットライトのように松永の顔にずっとあてていた。明日のための完璧なリハーサルだった。

スイッチ編集長 新井敏記