FROM EDITORS「ブルールーム」

3月27日の朝、広尾を歩いているとワタリガラスの羽が路上にひらひらと舞い落ちてきた。まるでサクラの花びらのように、足下のほんの数センチ先にふらりと止まった。ワタリガラスの羽根を空にかざすと、キラキラと朝日を受けて虹色に輝いて、今日は何かいいことがありあそうな予感が生まれた。

3月20日の夜半に、南東アラスカのシトカという港町に住む友人が亡くなったという知らせを聞いた。友人の名前はピート・ケイラス、享年91だった。ピートはケイラスB&Bという宿を妻のバーサと営んでいた。星野道夫がシトカで常宿にしていたことでケイラスB&Bは日本でも知られていた。ピートはギリシア系移民の子、バーサはクリンギット・インディアンの家柄だった。ピートがアメリカ海軍に在籍していた時、船がシトカに立ち寄った際にバーサと出会った。二人はすぐに恋に落ち、クリンギット族から反対されたが二人の強い意志もあり1952年に結婚をした。二人が入り江遠くのシトカ富士をみやる高台にB&Bをオープンしたのが1982年のことだった。ピートが焼く朝のサワドゥパンケーキがこの宿の名物となった。ボーイスカウトの指導者をしていたピートが一番熱心に活動をしていたのはサンタクロースのボランティアだった。クリスマスの時期にピートは多くの施設を慰問に訪れて、白い髭と親しみやすい笑顔で子どもたちに人気だった。

星野道夫は『旅をする木』の中「シトカ」の章でこう触れている。

「シトカの美しさとは、その背後に広がる森の深さだろう。太古からの呼び声に、人々はどこかそっと耳をすましている。シトカはいつの日か暮らしてみたい憧れの町である」

海辺まで迫る針葉樹の森、氷河を抱いた山なみ、圧倒的な自然の前に旅をする人は寂しさと孤独を味わうものだ。ケイラスB&Bはいつの時もあたたかく旅人を受け入れてくれた。ブルールームと名付けられた部屋に滞在する。雨にけむる朝ゆっくりと呼吸するといい、優しい不思議なこころに抱かれていく。

スイッチ編集長 新井敏記