BD翻訳家・大西愛子さんインタビュー 第4回

日仏友好160周年を迎え、秋ごろからNHK にて国内でも人気の作品『ラディアン』(ユーロマンガ刊)がアニメ化するなど、ますますの盛り上がりを見せるBD。今回お話を伺うのは、クールな黒猫私立探偵が主人公のハードボイルドマンガ『ブラックサッド』などの翻訳を手がける大西愛子さん。もともとマンガには詳しくなかったという大西さんがBD翻訳に携わることになったきっかけや、スイッチ・パブリッシングから刊行中の村上春樹さんの短篇をBD化した「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」について語っていただきます。

大西愛子
<プロフィール>
大西愛子(おおにしあいこ)
1953年生まれ。翻訳家。主な訳書にステファヌ・マルシャン著『高級ブランド戦争 ヴィトンとグッチの華麗なる戦い』、ジョルジュ・ルルー著『グレン・グールド 孤独なピアニストの心象風景』をはじめ、ニコラ・ド・クレシー『氷河期』、マルク=アントワーヌ・マチュー『レヴォリュ美術館の地下』、ギベール&ルフェーヴル『フォトグラフ』、エンキ・ビラル『ルーヴルの亡霊たち』などBDの訳書も多数。カナレス&ガルニドの代表作である『ブラックサッド』シリーズについては2005年の初版から翻訳を担当。

第4回 翻訳家が考えるBDの未来

全4回にわたって掲載してきた大西さんのインタビューもいよいよ最終回。最後は日仏友好160周年を迎え、2020年東京オリンピック、そして2024年パリオリンピックを控えた今、BDは今後どのような盛り上がりを見せていくかを大西さんに伺いました。

つながりを広げることでBDを盛り上げる

大西 BDが今後どうなるかは出版社次第というところもあるので難しいですよね。私自身はすでに翻訳することが決まっている作品があるので、今年はその刊行を目指します。

——HM9S編集部としては現在刊行中の「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」が東京オリンピックが開催される2020年に9巻揃う予定なのでまずはそこに向けて突っ走っていきます。2024年が奇しくもパリオリンピックなので、弾みをつけられればと考えています。

大西 出版社各々が単独で動いても大きな動きにはつながらないと思いますね。各々が新たなBDを刊行しつつも、お互いに“つながり”を持つことで、他の訳者や出版社が何を出すかも相互作用的に変わってくると思うんです。あとは日本では、たとえば映画化される作品のような、別のメディアと一体となった作品は強いと思います。たとえば、BDの古典ともいえる『ヴァレリアン』は10年近く前に作者二人が来日したときにはあまり注目されなかったのが、リュック・ベッソン監督が映画化し、日本公開になったこともあって今年めでたく翻訳が出ました。また、2011年に刊行された『ファン・ホーム』という作品も長らく絶版になっていたのですが、今年ミュージカル化された舞台が上演されたことで復刊されました。一回出たものでも、別の機会があれば価値を再認されることも多いと思います。
 
 

「制約」が生み出す魅力

大西 あと別の視点で私が最近感じていることは、BDの特徴である「48ページ」、「54ページ」という縛りは、一見窮屈なように見えて、実は一つの型としてありなのかなということです。最近では100ページを超える長編作品も出てきて、読んではみるのですが、ものすごく間延びしているように思えて、もう少しコンパクトにできたんじゃないかなと感じるんです。そういった作品のあとに48ページながらも、しっかりとまとめ上げられている作品を読むと、48ページの縛りというのも悪くはないなと感じます。

——制約の中ですべてをまとめ上げるというのはスタイルとしても洗練されています。

大西 最近注目の作家としては、シナリオライターのファビアン・ニュリという方の作品に惹かれています。彼の書く作品は複数の巻にまたがった長いものが多い。けれども、彼のすごいところは各巻を50ページ前後にまとめ上げながらも、その一巻一巻に、何かしらの“オチ”がちゃんとついているんです。

——BDは刊行の間隔が長いものが多いので、ファンにとっては嬉しいですね。

大西 BDは作るのに長い時間がかかるため、一冊刊行されたあとに、次巻が出るまでにかなりの時間が空いてしまうんですよね。そのため尻切れとんぼで終わってしまうと、続きを楽しみに待っている読者は早く読みたいというフラストレーションが溜まってしまう。けれども、ニュリの作品は毎巻なにかしらのケリをつけるのがとてもうまいので、読者の不完全燃焼感も少ない。そして最終巻が刊行された際には、ちゃんと一巻からの伏線が回収されて一つの長編となる。彼のシナリオ能力は本当に素晴らしい。
 
 

翻訳家が注目するバンドデシネ作品

バンド・デシネ 大西愛子推薦

——その他に注目の作品などはありますか。

大西 今注目しているのがこちらの「HISTOIRE DESSINÉE DE LA FRANCE」。いわゆる漫画で読むフランスの歴史です。日本にもあると思いますが、そこはBDなので日本ほど教科書的な内容ではない。全20巻の予定で、どうやらそのたびに作画は変わるようです。今のところ第2巻まで刊行されています。内容も歴史家がちゃんと監修しています。第1巻ではジャンヌ・ダルク、キュリー夫人、モリエール、19世紀の歴史家のミシュレー、そして佐藤賢一さんの『黒い悪魔』の主人公でもあるデュマのお父さん。デュマのお父さんはフランスではほとんど知られていないそうですが、日本では佐藤さんの作品の影響もあり、ある程度知名度がありますね。だからこのメンバーにデュマのお父さんが加わることは、フランスでは少し意外だったそうですよ。

——大筋としてはどのような内容なのでしょう。

大西 この5人が、今のフランスでは歴史をちゃんと教えられていない、あるいは間違った教え方がされているとして、正しい歴史を僕らが語ろうというところから始まります。第1巻はフランスの歴史の全体観を見せるという感じなのですが、第一次世界大戦の英雄ながら対独協力をしたために、今では極悪人として扱われている「ペタン将軍」が登場し、彼の評価は本当に正しいものなのか、みんなで議論をします。

——ぜひ日本語でも読みたいです!

大西 企画としてはとても面白いですよね。ペタンが「フランスを救うためにはドイツに協力しなければいけなかった」と言い訳をしたり、モリエールはかつて卑しいとされていた「俳優」という職業だったので、きちんと埋葬されていなくて「ちゃんと埋葬されたい」とか言い出してみたり。それぞれが生きた時代が違うので、当然「フランス観」も異なる。そんな5人が各々の時代観で歴史を見つめ直す様子に、歴史観とはなんなのかを改めて考えさせられます。ちなみに第2巻はガリヤ時代。作者も登場人物のガラッと変わります。私はこの作品をずっと読みたいなと考えているのですが、BDが大体年に一回刊行と考えると、すべて刊行を終えるのが18年後……ちょっと心配です(笑)。

——述べ20年とは壮大な作品ですね。

大西 ただ作者が変わるので今後もゆっくりと続いていくでしょうね。このように、日本にはない感覚と、少し異なる視点でマンガという文化を捉えて、独自に発展させているところがBDの面白いところなんですよね。
 
 
(おわり)
 
 
「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」シリーズ第1巻〜第3巻好評発売中です。
第4巻は2018年夏発売予定!お楽しみに!