ON THE バンドデシネ ROAD Leçon 2 フレデリック・トゥルモンド 1

ユーロマンガ主宰・フレデリック・トゥルモンドさんにバンドデシネと漫画の違いや「海外マンガフェスタ」について聞く全4回のインタビュー!

漫画(バンドデシネ)で読む村上春樹シリーズ第2巻目となる「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES かえるくん、東京を救う」が10月20日に刊行され、シリーズはますますの盛り上がりを見せる中、日本におけるバンドデシネ、海外の漫画はこれからどのような発展を遂げるのか。HM9S編集部はそのヒントを探るべく、バンドデシネの本場・フランスで生まれ育ち、現在日本でバンドデシネの出版やイベント活動を行う出版社「ユーロマンガ」主宰のフレデリック・トゥルモンドさんに話を聞きました。

<プロフィール>
フレデリック・トゥルモンド
1978年パリ郊外リラ生まれ。パリ第7大学日本言語文化学科卒。1999年に初めて日本を訪れ、2003年より日本で暮らす。バンドデシネの出版社『Euromanga』を主宰し、『海外マンガフェスタ』では実行委員長を務めている。編集を手がけた日仏米のコミックアンソロジー『ターニングポイント』が発売中。

第1回:主人公(キャラクター)を描く

——幼いころからバンドデシネ(以下BD)に親しむ本国フランスの方には「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」はどのように映るのだろう……。どうしても知りたくなった私たちは日本を拠点にBDの分野で活動をされるフランスの方にお話をお聞きしたいと思っていました。そうした中で、先日発売された日仏米のコミックアンソロジー『ターニングポイント』の編集を手がけ、また今年11月に開催される「第6回 海外マンガフェスタ」の実行委員長も務めるフレデリックさんの活動にすごく興味が湧きました。

フレデリック ありがとうございます。『ターニングポイント』は発売までに2年かかりました。なかなか日本で出せなくて。

——満を持しての出版ですね。新刊『ターニングポイント』についても後ほどじっくりお話伺いたいと思います。私たちは先日、翻訳家の原正人さんにBDの歴史などお話をお聞きしたんです。(原正人さんインタビューはこちらから)。

フレデリック 原さんは日本のBD研究者の中でも、文化や歴史的背景について詳しい方なので、今日僕が語ることは少ないかも(笑)。

——いえいえ(笑)まずは、フレデリックさんから見た「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」の印象をお聞ききできればと。

フレデリック フランスの二人はまったく知らない作家だったので、困ったなあと(笑)。

——そうなんです。PMGLとJcはフランスではまだそれほど知られていない作家です。

フレデリック 文学作品がバンドデシネ化される場合、クラシックな絵柄になる傾向があります。でも『パン屋再襲撃』はすごくポップで、驚きました。架空のキャラクター4人による英国のロックバンド「ゴリラズ」を彷彿とする、アニメーション的なイラストレーションです。『パン屋再襲撃』の表紙の車の絵から受ける印象と中の絵はまた違って、中はポップですよね。いい意味で裏切られたなと。フランスでは今、短篇アニメーションが流行っているので、彼らはその影響を受けているのかも。美女でもイケメンでもない主人公の描き方がいいですね。

——確かに主人公の二人の絵には強烈なインパクトがありますよね。主人公といえば、日本の漫画だと、普通の学生がある日突然、自分の力に目覚めたり、小学生が幽霊退治に出かけたりと、10代が主人公の作品が多い印象です。しかしフレデリックさんが編集をされたコミックアンソロジーの『ターニングポイント』では、大人の主人公が多い。主人公の設定の違いはどういったところから生まれると思われますか。

フレデリック 漫画とBDの違いに限らず、人生におけるどの時代に一番憧れを抱くかという点で、日本とフランスには大きな違いがあると思います。日本人に「どの時代に戻りたいか?」と尋ねると、多くの人は「学生時代」と答える人が多い。学生時代は青春時代であり、その時代に憧れがあるのでしょう。でも、フランスでは青春時代=デメリットが多い時代という印象なんです。

——それはどうして?

フレデリック 子どもでもなければ、まだ大人でもない、中間地点に立っているのが学生時代。頭は大人のように思考しますが、お金がないし、なかなか成果につながらない暮らしが続き、これからどうなるのかという不安ばかり。そうした思春期の葛藤は日本も同じでしょうが、フランス人のように、”あの時のマイナス点”は思い出さないでしょう。

——確かに。

フレデリック フランス人が憧れを抱く年齢は20代後半以降です。30代で大活躍することを夢見て、40代になると経験もお金もあり、ハードボイルドな人生だって送れる。日本では40代は人生の終わりと考える人もいるでしょう?

——真逆、ですよね。

フレデリック あくまで僕の意見ですが、結婚して安定を手に入れて、でも仕事はつまらなくて、これ以上の成長は期待できない40代、なんていう考えはフランス人にない。逆に、大人は経験をどれだけでも得ることができると信じている。自分はこういう人間になりたい、という理想に辿り着くには、まず大人にならないと実現しない、と。そうした考え方の違いがあるから、BDの主人公も若い設定にしないのかもしれません。

——なんだかものすごく深いことを聞いた気がします。

フレデリック アメコミやアメリカのドラマでも、10代の主人公は日本に比べるとすごく少ない印象です。欧米全体にそう言えるかも。10代というのは未完成で大人達に相手にされないことが多い。『スター・ウォーズ』のアナキン・スカイウォーカーは10代ですが、すごい馬鹿にされますもんね。欧米では誰もアナキン・スカイウォーカーになりたいと思いません。でも日本人にはヒーローに見えるはず。

——なるほど。

フレデリック フランスのBDで最も有名な『アステリックス』という作品はローマ帝国時代の話ですが、主人公のアステリクスは背の小さな賢い大人の男で、彼の相棒オベリックスは体がでかいおじさん。二人の設定も30代くらいですが、フランス人の子どもに一番好きなキャラクターを聞くとアステリクスだ、オベリックスだ、と答えますね。

——へえ!

フレデリック 『タンタン』の主人公も若く見えますが、新聞記者だし世界中を旅しているから子どもではない。彼はBDの主人公の中ではすごく若い方です。青春時代の気持ちもよく表している。というふうに、フランスでは主人公を大人にするという文化は昔からあるのです。

——決定的な違いですよね。

フレデリック 僕が子どものころ『聖闘士星矢』が大好きでアニメを見ていたのですが、漫画を買ってキャラクターの設定を見た時にショックを受けました。僕の中で星矢たちは完全に大学生くらいに映っていました。体がでかくて、強くて、喋り方も成熟していて、一輝はもう25歳くらいで間違いないだろうって感じ。で、漫画の設定をみると13歳。

——(笑)。

フレデリック 漫画を読むとその設定が自然であることがわかるのですが、アニメから入るとギャップが大きかったですね。

——日本の場合は見る世代とキャラクターの年齢が近い方が、感情移入がしやすいのかもしれませんね。

フレデリック それはあるかも。たとえば1970〜80年代にはじまったBDは、作家が積極的に大人向けの物語を書こうとしていました。その前の時代に、「BDは子どものものだけではなく、大人向けのものもあるべきだ」というBDをめぐる戦いがありました。多くの雑誌でアーティストが辞めましたが、メビウスが中心となって「メタル・ユルラン」というBDの雑誌を作り、30代、40代の大人も楽しめるようなものを作っていった。結果として30代、40代の世代が、いまフランスで最もBDを購入している層なんです。

つづく