MIKAGE SHIN 2022年春夏コレクション デザイナー 進美影インタビュー

進美影の作る服は、着る人を選ばない。レディースのブランドとして2019年にスタートしたMIKAGE SHIN。興味深いことに今や購入者の半数以上は男性だという。大理石を模したエレガントな柄のシャツワンピース。シースルーの透け感のあるノーカラーシャツ。エドワード・マイブリッジが撮影した疾走する馬がプリントされたワンピース。MIKAGE SHINのルックブックではどれも男性モデルが着用している。

2022年春夏のコレクションのテーマは、約100年前に結成された近代建築運動のグループ「分離派建築会」。分離派建築会とは、東京帝国大学建築学科の卒業生6名による日本初の近代建築運動を起こした組織。建築の芸術性を主張し、過去の建築様式から分離した建築の創造を目指した。コロナに見舞われた今の日本の状況は、彼らが生きた時代と酷似していたと語る彼女に、2022年春夏コレクションとこれからの展望を訊いた。

それぞれのバックグラウンドを尊重する服

—— 今回、東京コレクションで行ったランウェイで、トランスジェンダーモデルやノンバイナリーを公言されている方々を起用されていたのが印象的でした。そして、そうしたモデルの起用がジェンダーレスへの配慮を裏付けるためのものではなく、あくまでそれぞれの方々が自然な姿で登場していることにも共感しました。

「ありがとうございます。初めに、今回のコレクションでは性的マイノリティの方をL G B T Q I A+だから特別というような見え方には絶対にしたくありませんでした。あくまでも、個人として自然に・当然に在るように、全員をフラットに馴染ませることに注力しました。これまでも、ただ美しいから、素敵だから、似合うから、そしてそれを自分が好きだからという基準でブランドを選んで頂きたいと思ってデザインをして来ました。人がファッションを選ぶ時に、ジェンダーよりもまず“個人として”存在することが重要だと思っています。自己の構成要素の一つに過ぎないものに自分らしさを制限されるよりも、個人としての魅力を最大限高めて欲しいと思っています。

もともとファッションを始めたきっかけは、女性の知性や内面の強さを引き出したいと思った為でした。私の母がシングルマザーで事業家、かつ私がハーフとして生まれたというバックグラウンドもあり、幼少期から社会人に至るまで、女性はこうあるべきだという固定観念に悩み、そういった抑圧から女性を解放したいという思いがありました。私個人の興味関心ファッションにあって、女性を格好良くし、エンパワーメントしたいという思いからデザインの勉強を始めました。その後ニューヨークに渡って作品を発表していくなかで、女性だけではなくLGBTQIA+といった様々なジェンダーの方と活動していくようになりました。そういった経験から女性という枠だけではなく、様々な人が服を通して自分らしく生きられたら、自信を持てたらいいなという考え方にシフトして行きました」

ただ流されるのではなく、自分たちで時代を作り上げる

—— コレクションのテーマに掲げられている「分離派建築会」に注目されたきっかけはなんだったのでしょうか。

「日頃から美術鑑賞や美術館に行くのが好きで、特に建築の展覧会にはよく足を運んでいました。偶然、分離派建築会の展覧会を観る機会があり、そこで衝撃を受けました。建築物の意匠性が高くて非常に美しい。そして、何より時代を変えようという彼らの美学や信念に心を打たれました」

—— 分離派といえば、彫刻的な塑像の感覚を建築に落とし込んだり、大都市ではなく田園地帯にある個人邸宅に目を向けて建築活動をしていたり、という背景がありますよね。今回ランウェイを行うにあたって演出などで気を配った部分はあったのでしょうか。

「MIKAGE SHINのショーの一貫したテーマとして、緊張感というものを大切にしています。というのも毎シーズン表面的な装飾・意匠だけでなく、背景の哲学的なテーマも一貫して熟考しており、なぜ今この服でなくてはならないのか、”今”だからこそ社会に伝えたいメッセージは何かを決めて発信しているからです。デザイン、シルエット、布地・素材、それらの服がなぜその日その場に存在しなくてはならなかったのか、ストーリーを含め拘っている為、細部までフォーカスして見て欲しいという思いがあります。今回は分離派建築会の建築の特徴的要素である『田園と都市』というテーマと、『彫塑的なもの』という曲線的ボリュームの美しさというテーマがありましたが、本質的には新しい時代や表現芸術の可能性の追求という目的があったので、単純に緑地や稲作の風景をバラバラと演出するのではなく、近未来的な新しいものの創始を予感させる生命の源、”水”にフォーカスしました。テーマの構成要素である”自然”を感じながらも、ある種の緊張感、不安感、そして覚悟のような気迫を洗練された表現に乗せることで、最後まで全身で集中してみてもらえるように心掛けました」

ニューヨークからの帰国。日本で活動することを強みに

—— ニューヨークでファッションを学ばれた後、日本で活動を始めることになった経緯を聞かせてください。

「留学当初は国際的に活動したいという思いがあり、ニューヨークのパーソンズ美術大学に進学し、そのまま現地で活動を続けようと思っていました。しかし、卒業し暫くして新型コロナウイルスによるパンデミックが発生し、ニューヨークはロックダウン。まともに製作できる環境ではなくなってしまいました。しかしファッションウィークは予定通り到来してしまう。そんな時に、自分が与えられた環境での最善の選択肢は何かと考え、東京に戻ってきちんとコレクションを発表することを選択しました。逆に言えば、その時はそうせざるを得なかったのですが、今は東京で活動していくことを強みにしていきたいと思うようになりました」

—— ファッションデザイナーとして感じる、東京で活動することの良さとはどんなところでしょうか。

「日本の繊維技術は、海外のメゾンがわざわざ訪れたり発注したりする程、高品質かつ特殊で希少性が高いプロダクトばかりです。アメリカの友人には、日本はものづくりにおけるアドバンテージが高くて羨ましいとよく言われます。私自身、アメリカで必死に探しても見つけられなかった加工や布地が日本には沢山あり、帰国時には本当に感激しました。もちろん、パリコレやニューヨークのファッションウィークに比べると、海外ブランドとの注目度の差は依然として感じますが、コロナ禍だからこそ国内のブランドに注目が集まり、再評価されているのも感じています。実際、中国のバイヤーの方やアメリカのメディアからも、東京のショーを見た、と連絡を頂きました。アメリカから帰国して改めて思いますが、東京は他国に比べて比較的経済活動が並行してきた方で、ファッションウィークも制限付きで行われたため、海外からの注目度が自然と高まったと思います。私自身も、素敵なブランドが東京に沢山あることを知れたので、東京に注目が集まる傾向がコロナ終息後も続くと良いなと思います」

美影進 1991年東京都出身。大学進学後、会社員を経てニューヨークのパーソンズ美術大学に入学。在学時よりニューヨークファッションウィークなど数多くのファッションウィークに招待される。現在は、東京を拠点に活動中。