「岩井俊二の世界」は続く【第3回 僕の作品はあなたの中で完結する】映画『ラストレター』公開記念 &「SWITCH」発売記念特別ロングインタビュー

 

(画像:SWITCH特集 岩井俊二が描いてきたもの より)

 

*本インタビューは毎週土曜日23時よりOAのJ-WAVE「RADIO SWITCH」1月11日放送回のテキスト版です。いわばSWITCH特集の延長戦!! ぜひ本誌と併せてお楽しみください。

*第1回 『Love Letter』から『ラストレター』へ はこちら!!

*第2回 主人公は「手紙」かもしれない はこちら!!

 

第3回 僕の作品はあなたの中で完結する

 

—— 『ラストレター』は映画の公開よりも先に原作小説が出版されましたが、小説と映画の進行は重なっていたんですか。

 

岩井 今回は台本が先で、撮影して、それを踏まえてあらためて『ラストレター』という小説を仕上げていくという流れでした。基本的には撮影が終わった後に小説の仕上げの作業に入るのが自分のパターンで。というのも、その前にドラフトとして一旦書いたものがあったりすることもあるんですけど、その後撮影準備を経て実際の撮影に入っていく中で、街の路地裏とか建物とか徹底的にリサーチして具体的にしていくんですね。それは場所だけじゃなくて、いろんな下調べしたもの、例えば「ぎっくり腰になった」という記述があれば、ぎっくり腰に関する詳しい資料を助監督が揃えている。撮影後にそういった資料やリサーチした結果をまとめて利用して小説を仕上げていくんです。『リップヴァンウィンクルの花嫁』の時もそうでしたけど、自分の中ではそういう流れになっていますね。

 

—— 今回は先に単行本、そして文庫本も出ていて、映画を観られる方の中には先に小説を読まれている方も多いと思います。原作を先に読むか、映画を先に観るかで受け手の印象も変わってくることもあるかと思いますが、岩井さんご自身はそのことについてどんなふうに考えていますか。

 

岩井 小説を書くのも映画を作るのも、自分の中の作りたいという衝動に任せているので、出来上がった作品をお客さんがどう受け止めるかというのは、僕は「お任せします」というか、そこまで本気で考えてないところがあります(笑)。ただ、僕自身どっちが先ということではなくやっていますが、自分の頭の中の感覚により近いのは小説の方かと思います。でも映画を観てから小説を読みたいという人もいれば、小説を読んでから映画を観たいという人もいるだろうし、もしくはそのどちらかだけだったりいろいろあると思いますが、どれがいいというよりも、それはお客さん一人一人の運命だと思うんです。小説が出ているのを知らずに終わる人もいれば、逆に映画があったことを知らずに終わる人もいる。それは運命なので、運命に委ねてもらえるのが一番いいのかなと。映画にしても小説にしても、僕が書いたり作ったりしたものが完成品ではなくて、それを誰かが読んだり観たりした先にその人の中で残ったものが完成品だと思っています。だから100人のお客さんがいたら100通りの作品になる。それでいいと思っています。読み違えていても全然構わない。

 

 

岩井 例えば『Love Letter』は主人公の中山美穂さんが違う女の子を一人二役で演じていて、その二人が文通するという話なのですが、ある方と話していたら、その人が話している『Love Letter』は一人二役じゃなくて同一人物なんですね。その人は、あの二人が同じ人だと思って喋っている。あれは別人ですよと説明しようと思ったんですけど、実は僕も似たようなことをしょっちゅうやっていて。例えばユーミンさんの「セシルの週末」という曲はアバズレの女の子がある男の人と出会い、その人が全部受け入れてくれて、みんなは悪く言うけど最後は彼と結婚するのかな、というハッピーエンドの歌なんですが、僕はまったく誤解していて、バッドエンドの歌だと思っていたんです。彼女が自分の幸せをその男に見出した瞬間に、男は彼女を捨てようとしていると捉えていたんです。というのは歌詞に「どうせチューインガム つきあえるもの好きは誰」とあって、その続きは「ほら二人で歩けば噂がきこえる」と。そこを僕は捕まえきれていなくて「どうせチューインガム つきあえるもの好きは誰」をその男が言っていると受け取って、「この女の子は男に騙されているんだ!」と思っていたんです。それで何十年も生きてきて、最近なんとなくあらためて歌詞を見てみたら、「あれ? 俺、間違えていたかも」って(笑)。でも、その誤解で生まれた「セシルの週末」もそれはそれで映画的で、自分は好きなんです(笑)。だからお客さんが誤解するのもアリだと考えています。その方が多様な話になるし、より不思議な物語が生まれるきっかけになるかもしれない。結末の解釈をお客さんに委ねるということはよくありますが、僕としてはそこを放り投げず、ちゃんと自分で納得して、自分の理解と解釈で決着をつけて完成させますが、それを観たお客さんがどう解釈しようが、どう誤解しようが、どう批判しようが、どう褒めようがもう僕は知らない、みたいな(笑)。あとは自由にお任せですよ、と思うようになりましたね。

 

—— 最後に『ラストレター』という作品を撮り終わった今、岩井監督の中でこれはどういった位置付けの作品となるでしょうか?

 

岩井 自分の中では当初から『Love Letter』という作品が意識にありましたが、終わってみるとそこよりもむしろ『リップヴァンウィンクルの花嫁』があって、『チャンオクの手紙』があって、そこから『ラストレター』になり、さらに『未咲』になり、またそこから今書いている別の話があり……そういう風に続いている道筋のひとつだという印象の方が自分の中では強くなっています。昨日、今日、明日の絆の方が強いんだなという実感がありますね。やはり20年以上前の作品は次の自分の道しるべにはなかなかならないので。というか、自分が作った作品は、自分の次の道しるべにはならないですよね。それ以外のことをやらなければいけないので。そういう意味で、これが終わったらまた次、また次に行かなきゃいけない。そんな中でもほんのりとティンカーベルのように並走してくれたのが25年前の『Love Letter』という作品だったのかな、と。そんな印象ですね。

 

 

 

第1回 『Love Letter』から『ラストレター』へ

第2回 主人公は「手紙」かもしれない

 

 

SWITCH Vol.38 No.2
特集 岩井俊二が描いてきたもの

2020年1月20日発売
価格:1,000円+税