「岩井俊二の世界」は続く【第2回 主人公は「手紙」かもしれない】映画『ラストレター』公開記念&「SWITCH」発売記念特別ロングインタビュー

(画像:SWITCH特集 岩井俊二が描いてきたもの より)

 

*本インタビューは毎週土曜日23時よりOAのJ-WAVE「RADIO SWITCH」1月11日放送回のテキスト版です。いわばSWITCH特集の延長戦!! ぜひ本誌と併せてお楽しみください。

*第1回 『Love Letter』から『ラストレター』へ はこちら!!

 

第2回 主人公は「手紙」かもしれない

 

—— 本作のストーリーについてお伺いします。主人公は松たか子さん演じる裕里という女性ですが、実際に映画を拝見すると、全編を通して裕理を主人公とした物語というよりは、それぞれの登場人物の物語が繋がっていって、それに合わせて観る側の視点も移り変わっていくような気がしました。それは意図されて作られたのですか?

 

岩井 そうですね。意図したというか、手紙の物語になっている時点で誰か一人を主人公にするのは無理なんです。文通というのは二人いて成り立つキャッチボールなので、その時点で二人は必要なんですね。その片側だけを描き遂げた作品というのはあまり無いと思います。必ず二人いて、しかも離れている二人の物語だから、どうしてもそれぞれの身の回りは違うわけで、プレーヤーは最低でも二人になるという構造があります。今回さらにその文通がトライアングルになるというのがやりたかったことのひとつなので、その時点で三つに分かれていく。さらに現在と過去——という風になっていくので、どんどん増殖していくんですよね。その上サイドストーリーで老人同士の文通も出てくるので……もう本当に手紙尽くし、「主人公は手紙です」と言ってもいいくらいですね。そうやっていろんな人たちの出来事が群像劇的になっていきました。ただそうは言っても物語を束ねているのは裕里という女性のパーソナリティであり、彼女のキャラクターが全体の物語のリードになっています。松たか子さんとは『四月物語』以来のコンビでした。それで、これはあまり意識していなかったのですが、『四月物語』で彼女が演じた卯月という役と今回の裕里は、実は設定キャラクターがほぼ一緒だったんです。卯月が大人になり、結婚してこうなった、みたいなところがあって。普通の女の子なのかなと思えば、誰にも言えない隠し事があって——という。裕里の学生時代は森七菜さんが演じていますが、この子も同じようなキャラクターなんですね。ほぼ卯月と同一人物と言っていい。現場で松さんと撮影しながら、なんか『四月物語』とギャップがないんだよな、と思っていましたが、「そうか、ほぼ同じ役を演じてもらっていたんだ」と撮影後に気が付きました。

 

—— 『四月物語』も今回の特集のためにあらためて観直したのですが、言われてみれば確かにそうですね。

 

岩井 同じような行動パターンと、精神構造を持っているんですよね。まるで一緒ですよ。なので、裕里と卯月の違いというよりも、“違わなさ”をぜひスクリーンで観てほしいですね(笑)。

 

—— 一方で福山雅治さん演じる小説家の「乙坂鏡史郎」というキャラクターには岩井さんご自身のパーソナリティが反映されているという風にお聞きしたのですが、それはどういったあたりですか。

 

(画像:SWITCH特集 岩井俊二が描いてきたもの より)

 

岩井 実際、現場でも「今回は岩井さんをモデルにします」と福山さんはおっしゃっていました。それはなぜかというと、『ラストレター』の劇中に『未咲』という小説が物語の重要なポイントになる小道具として出てくるのですが、映画の中ではこの小説の中身についてはほぼ触れられていなくて、広瀬すずさんがさわりをちょっと読むシーンが出てくるくらいで、何が書かれているかはほとんど謎のままなんです。でも実はこの小説もまるっと全部、200ページくらいの1冊の本になるくらいの原稿を書きました。その『未咲』というのは、『ラストレター』の前日譚であり、どんなことがあって乙坂鏡史郎は今ここにいるのか、という話なんですね。それを福山さんも読んでいるんです、役作りの上で重要だろうということで。つまり小説家乙坂鏡史郎がかつて『未咲』という小説を書き、その後に起きたことがこの物語に繋がっていくので、その中身はぜひ福山さんに知っておいてほしかったので、読んでもらったんです。その『未咲』というのが、僕の大学時代が反映された内容になっていて……というのは、元々は『ラストレター』という映画の中に出てくる本としてその中身をちゃんと書いておいたほうがいいかなと思って書き始めたのですが、小説の設定をゼロから立ち上げていくのは大変なので、自分の大学時代をベースに書けば簡単に書けるかな、くらいの発想で書いていったんです。でもいざ書いてみると、自分で自分を書くのって面白くて(笑)。だからみんな自伝を書くんだな、というくらい。自伝を書くのはこういうことなんだな、これは確かに面白いわ、と。結構ノリノリで書き上げたんです。それを福山さんに読んでもらったので、「そうか、これは岩井を演じればいいのか」という発想から、僕の大学時代のいろんなエッセンスを自分の中にダウンロードして、そこから何十年も経った男を演じる、といったプロセスが今回の福山さんの役作りだったんだと思います。

 

—— 福山さんにも今回「SWITCH」で取材させていただきましたが、やはりそのことをお話しされていました。『未咲』という小説が非常に役作りに役立ったと。そのうえ現場には岩井さんご本人がいるので、さらに役作りがしやすかったとおっしゃっていて。岩井さんはそれをどのように感じていましたか。

 

岩井 僕はぼんやり現場で仕事をしているだけなので、そんな風に観察されているとは知りませんでした。福山さんの目線を感じたこともないですし……いつの間にそんな、というのはありますけれど(笑)。

 

—— 本編の演技は岩井さんの佇まいや立ち振る舞いなどをかなり意識された上での演技だったと思いますが。

 

岩井 自分で自分を観察したことがないのでわかりづらいところではありますが……(笑)。僕と福山さんの間では乙坂鏡史郎をどれだけやさぐれさせられるか、というのがテーマでした。やさぐれた小説家という設定だったので、そのやさぐれ度を二人で追求していったのですが、福山さんは僕をやさぐれていると見ていたんでしょうかね(笑)。

 

 

第1回 『Love Letter』から『ラストレター』へ

第3回 僕の作品はあなたの中で完結する

 

 

SWITCH Vol.38 No.2
特集 岩井俊二が描いてきたもの

2020年1月20日発売
価格:1,000円+税