本屋のかお 橙書店(熊本・熊本)

本棚と書店員。二つの「本屋のかお」を通して、これからの街の本屋を考える――。連載第26回目は熊本の小さな本屋、橙書店。店主の田尻さんによって1冊ずつ大切に選ばれた店内の本からは、どこか誇らしげな佇まいが感じられた

本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)
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熊本駅から路面電車に乗って約10分、慶徳校前駅で下車。少し歩くと見えてくる小さなビルの2階にひっそりと橙書店はある。店主の田尻さんが選ぶ本、カウンターでのお喋り、丁寧に淹れられたコーヒー、看板猫の白玉。たった15坪ほどの店内には、田尻さんに大切に扱われているささやかで特別なものがたくさん詰まっていた。

--熊本地震の影響もあって、2016年に前の店舗から移転をされたんですね。

「15年続けた前の店を一旦閉める時は、自分はもちろんだけど、お客さんがすごく惜しんでくれました。でも新店舗で営業を再開してみたら『前からここに通っていたみたい』と言ってもらえて安心しました」

--初めて訪れましたが、とても居心地が良いです。店内の工夫やこだわりは?

「前のお店を作る時、古い木を使って、床を張って、天井付近までの本棚を作ってほしいと馴染みの工務店にお願いしました。『わかるど? 汚い感じにすればよかったい』と熊本弁で大工さんにイメージを説明してくれて(笑)。引越しの時にはその棚を全部持ってきて、さらに天井などに使われていた木材も使って新たに棚を作ってもらいました。だからお店は狭くなったけど蔵書数は以前の店舗より増えています」

--その全てをお一人で選書して、仕入れているんですね。

「基本的には、私の置きたい本を置くだけです。まず出版社ごとに新刊をチェックして気になるものを注文する。それからずっと置いておきたい本の補充。『この本を売りたい』と思ったら、発売から何年経っていても売り続けます。あとは、お店で人と会って話をしていると、今まで自分が読んだことのなかった本にも目が向くようになるんです。そうやって気になった本を書き留めておいて、注文していきます」

--お客様に本を選んでほしいと頼まれることもあるそうですが、その人のための一冊はどうやって選ぶのですか。

「あまり知らないお客さんには『最近読んで良かった本は?』『小説と随筆だったらどっち?』と、少し質問をします。常連さんは、どんな本をよく読むのか知っているし、カウンターで話を聞いていて、最近疲れ気味だとか恋愛がうまくいっていないとか(笑)、その時の状況もわかるので、それに合わせて勧めています」

--田尻さんが編集されている文芸誌『アルテリ』をはじめ、橙書店を中心に、熊本で文芸が盛んになっている印象があります。

「ずっと熊本にいて井の中の蛙なので、そういう実感はないけれど、石牟礼道子さんや渡辺京二さんなど、熊本を離れずに活動する作家がいることも大きいと思います。『アルテリ』もそういう人たちに巻き込まれて始まった。詩人の伊藤比呂美さんが『ここを熊本文学隊の拠点にする!』と勝手に決めてしまったり(笑)。賑やかですね」

<プロフィール>
田尻久子(たじりひさこ)

2001年、もともと経営していた喫茶店と雑貨の店orangeの隣に橙書店をオープン。熊本の文芸誌『アルテリ』編集長。著書に『猫はしっぽでしゃべる』(ナナロク社)がある。2017年、第39回サントリー地域文化賞受賞

【今月の棚】

本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)

雑誌に載っていたフランスのサン・ルイ島の本屋を参考にして作ってもらった天井までの本棚。どんどん本が増えて、三段分ほどしかなかった文庫も今は一面に。壁には谷川俊太郎さんの落書き。前のお店の壁に書いてあったものを持ってきて、そのまま使いました

【語りたい3冊】

本屋のかお――橙書店(福岡・熊本)

テーマを決めて選んでいないので、ジャンルも作家の出身国も様々だけど、どの作品も“喪失”がひとつの主題です。それが描けているものには良いものが多い。何かを失ったことがない人っていないから、いろんな人の共通言語になって、心が揺さぶられるんだと思います

①『ギリシャ語の時間』著=ハン・ガン 訳=斎藤真理子(晶文社)

②『花びら供養』著=石牟礼道子(平凡社)

③『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』著=ブレイディみかこ(みすず書房)

<店舗情報>
橙書店
熊本市中央区練兵町54 松田ビル2F
営業時間 月~土 11:30-20:00 日 11:30-17:00
火曜定休

(本稿は7月20日発売『SWITCH Vol.36 No.8』に掲載されたものです)