FROM EDITORS「運がよけりゃ」

毎年12月24日のクリスマスイブの夜、午前零時からJ-WAVEで沢木耕太郎の「ミッドナイト・エキスプレス・天涯へ」が3時間放送される。昨年で22回目を数える生番組は、沢木耕太郎がスタジオでリスナーの様々な声に応える内容のものだ。弊社が出版した沢木耕太郎の写真集『天涯』と重ね、沢木の旅をトレースした内容で、RADIO SWITCHと銘打って僕が長年プロデューサーをつとめている。彼の代表作『深夜特急』を特集し、TVドラマ版『深夜特急』の主人公を演じた俳優の大沢たかおをゲストに招いたこともあった。また同じTVドラマの主題歌を歌った井上陽水にもラジオ出演のオファーを放送中にしたこともあった。

「沢木さん、クリスマスイブの夜に遊びならともかく、仕事で声をかけないで」

手書きで、午前2時を回るころに井上陽水からファックスが送られてきた。今はメールが主体だが、ほんの少し前は手紙とカードとファックスが便りだった。それが笑顔で書かれたものであることも、その筆跡からうかがえた。

番組のエンディングに沢木のモノローグがある。創作の秘密を語るような貴重な10分で、チャーリー・ヘイデンのジャズがかかっている。「好奇心がなくてはいけない」、昨年はノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑の言葉に即したものだった。

「研究は無駄の連続である。掘ったからといって何が出てくるかわからない。種を植えたからといって芽が出てくるかわからない。芽が出たからといって実がなるとはかぎらない。ほとんど無駄なものだ。無駄にたえて研究する。あとは運なんだ」

冒頭の研究を人生と置き換えた。無駄にたえられるエネルギーを持った、かぎらない人生の面白さ、無駄のある人生は楽しい。明日は果たしてどっちだろうか、そんなの誰もわからない。

スイッチ編集長 新井敏記