FROM EDITORS「新月、はじまりの日 写真日和」

2017年7月23日新月の日、地球から見て月と太陽が同じ位置にあって、太陽の明るさに隠れて月が見えない状態、太陰暦でいうと月のはじめの一日となる。はじまりの日であり、昔は月立ちといわれ、旅立ちや出立の意味を表した。月立ちが転じて一日をついたちという。

月の立ち、荒木経惟の写真家の原点というべき東京オペラシティアートギャラリー「写狂老人A」に行く。癌の闘病を経て、独自の死生観を写真に投影し、生きるということを鮮烈に描き出す荒木経惟、77歳、写狂老人とは北斎の画狂老人にならってのこと、荒木はその生涯をあくなき写真という現実を写す鏡の世界を探求していく。

「写狂老人A」の白眉は荒木が電通時代に毎日のように通った「八百屋のおじさん」というモノクロのシリーズだ。一冊のスケッチブックが展示されている。荒木手作りの私家版の写真集だ。ほぼタテイチの構図で展開されるドキュメント写真、銀座電通通り裏に毎日軒を並べた一人の初老の八百屋の男を荒木は記録する。

金歯を見せて野菜を売る男の笑顔と買う女たちの笑顔、生きること、そこに八百屋という音空の店先に広がる悲喜ならぬ嬉々こもごもの時が美しく優しく描かれる。タテイチは写真の原点だった。

「写真で恋愛しない今のやつらは面白くない。俗を捨てない。俗は写真の魅力なんだから」

荒木は言う。銀座が失った普段の生活を荒木は毎日記録する。写真の出発点を愛として、私小説からはじまった荒木経惟の一人旅、切ない寂しい優しい愛おしい物語だ。

スイッチ編集長 新井敏記