FROM EDITORS「風の電話1 グリーフ・ワーク」

岩手県大槌町の鯨山を背景に抱いた吉里吉里の高台に、荒地を切り拓いた佐々木格さんの庭園がある。その一画に花に囲まれた電話ボックスが置かれている。しかしその電話ボックスには電話線が繋がっていない。それは、東日本大震災で親しい人を亡くした被災者が、天国にいる人と静かに対話をする場所としてある。三陸の大槌町は震災による津波と火災で1200人以上の人々の命が失われ、壊滅的な打撃を受けた。

「あまりにも突然多くの命を奪われた。せめて一言最後に話しをしたかった人が大勢いる」と佐々木さんは言う。
 
一人きりになって電話をかけるように相手に想いを伝える。もともと震災より1年前にいとこを亡くした佐々木さんが個人的な想いで設置したものだが、震災後は多くの人々がこの電話ボックスを訪れ、忘れられない多くのことを語り継いでいる。

『風の電話』と名付けられたその電話ボックスは絵本にもなり、今年9月にはCDも発表された。作詞は佐々木さん、作曲は大久保正人さん。彼は震災で父を亡くし、家も流され家業の不動産も廃業に追いやられた。歌はさちさんというネイルアーティストがつとめている。ジャケットに写真を提供しているのは藤原新也さんだった。

秋を迎えた吉里吉里の丘に発売を記念したコンサートが開かれた。

「震災から3年半が経ちました。家族を亡くした方はその間ずっと思いが残っている。『風の電話』は風にのせて思いを伝えるというものです。忘れ去られることが被災者にとって最大の危機だと思っています。“グリーフ・ワーク”という言葉を聞いたことがありますか? この震災で私たちは大きな悲しみを味わった。心が大きなけがをした。生き残った者は毎日泣くことによってゆっくりと回復していく。しかし時が経っても、気丈に振る舞っている人でも突然悲しみに襲われることもあります。グリーフのケアがまさしくこれからも行われるべきものだと思います。そのひとつが『風の電話』というCDなのだと思っています。被災地に住む3人が歌を通じてその助けになればと思います。歌を口ずさむことは電話をすることと同じこと。負担を軽くすることができるのではないかと思っています」

冒頭佐々木さんが挨拶に立った。

スイッチ編集長 新井敏記