変わりゆく海と寄り添う暮らしの水先

島の周囲を美しい海に囲まれた対馬は海産資源の宝庫だったが近年深刻な問題を抱えている。温暖化によって海の生態系が変化し藻食動物が海藻を食べ尽くしてしまう磯焼けが起きているのだ。漁師をはじめ、海の恵みを糧に生きる人たちはこの問題にどう向き合えばいいのか。対馬で活動する方々の言葉から、変わりゆく自然と共生する知恵を考えてみたい。

Coyote No.73「変わりゆく海と寄り添う暮らしの水先」メイン
文=若林輝
写真・協力=対馬観光物産協会・一般社団法人MIT・須川英之

漁業を残すためには

対馬の中央東岸、美津島町賀谷で素潜り漁を営む鎌田衛さんは56歳。2013年に、幼少時代を過ごした賀谷に戻ってきて漁を始めた。その頃に見た海中の光景は今も目に焼きついているという。

「日が射し込み逆光となった海にアカモクをつけた小石がいくつも漂っていたんです。着床したアカモクの浮力で海底から浮き上がってしまうんですね。とても幻想的な風景で、これはいい所にきたなと思いました」

だからこそ鎌田さんが2016年の春に見た光景は衝撃的なものだった。

「山で言うならば、木が1本もなくなって砂漠になってしまった感じです」

鎌田さんは春から秋にアワビやウニ、ヒジキを求めて素潜り漁を行う。それまでかき分けて泳がなければならないほど繁茂していたヒジキやカジメ、アラメなどの海藻が2015年に減り始めたと思ったら、その翌年には全て消えてしまったのだ。憶測はついていた。磯焼けだ。全国で問題となっている海藻類の消失。その2年前に隣の鴨居瀬で深刻化し、賀谷もいつかはと怖れていたが、これほど急だとは思わなかったという。

ノトイスズミやアイゴ食害による磯焼けの風景。

ノトイスズミやアイゴ食害による磯焼けの風景。

磯焼けの原因は藻食動物による食害だ。その引き金は温暖化。イスズミやアイゴなど海藻を食べる南方系の魚やウニが分布を広げ、それまで冬になると収まっていた採食が1年中続くようになった結果、食べ尽くしてしまった。あまりにも急に変わり果てた海の姿を前に、漁師たちは水産庁からの交付金を用いた調査で解決策をはかった。同時に鎌田さんは、海藻の専門家である新井章吾さんに相談を持ちかけた。

「調査では、フェンスで囲んだ海藻は守られるけど、囲まなければ芽が出ても成長しないことがわかりました。新井先生には海底湧水が出ているような適所に石を置いて海藻の胞子を着床させる手法を教わりました。あえてフェンスは張らずに試してみたところ、昨春、1カ所だけでカジメが繁茂したんです。それは今年も同様でした。なぜその場所だけ育つのか、その原因を突き詰めることで磯焼けを改善できるのではないかと期待しています」

新井さんは、全国の漁師がアドバイスを乞う海藻を含む海洋生態系のスペシャリストだ。適した海底に適した石を置いて海藻の着床を促す手法により、いくつかの海で海藻群落を取り戻してきたという。ただ、これはあくまでも次善の手段であり、藻食動物の食害を減らさなければ磯焼けの解決にはならない。

「今、最も影響を及ぼしているのはアイゴです。イスズミやメジナも海藻を食べますが、アイゴの採食圧が強い。これはアイゴ幼魚の捕食者である若いアオリイカ、ウニを食べるイシダイの乱獲も原因でしょう。磯焼け対策は漁業を通じて駆除を行う仕組みづくりが大切です。たとえばアイゴの稚魚は沖縄だと浜値でキロ3700円ですから、可能性はあるはずです」

鎌田さんが希望を感じているスポット的に復活したカジメ群落についても聞いた。新井さんは楽観視していない。

「孤立した場所は、たまたま藻食動物に目を付けられていない可能性もあります。局所的な解決策として継続しながらも、温暖化という大きな流れの中で漁業を残すためには、さらに大きな転換をしなければならないでしょう」

例えば海底の藻場に見切りをつけ、海藻サラダなどの需要のあるトサカノリなどを海面でカゴ養殖すれば、海面付近に擬似的な藻場を作ることができる。また、森の腐葉土起源の養分とアミノ酸を含む海底湧水の量を増やして周辺海域の基礎生産力を高めれば、藻場に頼らず獲れる魚を増やすことができる。

「浮遊珪藻や付着珪藻の生産力を回復させて、それを食べるイワシ類を増やし、それを餌とする大型魚を沿岸に集まりやすくするのも手です。付着珪藻を食べるマツバガイを増やすなど、磯焼けを前提とした『海の畑作り』を模索してみてもよいかもしれません。非効率的な努力を続けてはなりません。海の生き物が回復する前に漁師がいなくなってしまうのではないかと心配なのです」

海が森を育て、森が海を育む

従来の対馬は海底にも森が広がっていた。

従来の対馬は海底にも森が広がっていた。

対馬は面積の89パーセントが原生林を含む山林に覆われた「森の島」。暖流による暖かな風とたっぷりの雨が育てた森には、ツシマヤマネコやツシマテン、アキマドボタルなど大陸由来の固有種を含む独自の生態系が形成されている。島の周囲を取り囲むリアス式海岸は「溺れ谷」とも称され、尾根や谷がそのまま海中へと沈み込む。その上で山々はうねるように連なり、複雑に入り組んだ海の青と森の緑が美しいモザイクをなす。美しさだけではない。森から川と海底に浸みだす栄養塩が海藻やプランクトンを育み、奥まった入り江ではプランクトンを餌とする牡蠣や真珠の養殖適地となっている。また、外洋に張り出した岬には回遊魚が通る。ひだのような地形は複雑な潮流を生み、潮のぶつかる潮目にはプランクトンが溜まる。それを求めて小魚が集まり、小魚を求めて大きな魚やイカがやってくる。

海が森を育て、森が海を育む。その循環の中で、人は海や森からの恵みを受けとり、暮らしを立ててきた。だがそこに、大型船の舵切りのように簡単には方向修正できない気候変動が起こり始めた。森や田畑には鹿や猪による獣害が、海中には藻食動物による磯焼けが広がった。そもそも一次産業に厳しい時代のさなか、簡単には遡行できない大きな流れの中で、自然に寄り添う暮らしは行く先を問われている。

スルメイカ漁の水揚げ。

スルメイカ漁の水揚げ。

若いIターン漁師の模索

「対馬を選んだ一番の理由は漁場の高いポテンシャルです。こんなに近い漁場で見たこともない大きなサバが獲れるものなのかと感動しました」

こう話すのは「持続可能な水産業の実現」を目指す合同会社フラットアワー代表の銭本慧さん。長崎大学の水産学部から東大で環境学博士となり、再び長崎大学で研究員のキャリアを経て、2015年、31歳で対馬に移住した。大学時代、減りゆくウナギがどのように海洋環境に影響を受けるかを研究し、結果として過剰な漁獲の影響を無視できないと知った銭本さんは、漁業の形を問う試みを始める。

「持続可能な漁業は、漁獲制限による資源管理で実現可能だと考えてました。が、いざ浜に来てみると、魚が減るよりも浜が廃れるほうが早いと感じたんです。体力だけをリソースとする職業は厳しい。新しい働き方と、もっと生活者に応援してもらえる仕組みを考えなければと思いました」

組合員となっている伊奈漁協の名産は、釣りで1匹ずつ丁寧に漁獲する「いなサバ」。脂が乗って刺身も絶品だ。

「対馬は良い魚がたくさん獲れます。ただそれを獲るだけ獲っていても生活は楽になりません。旬を外せば高値は付きませんし、獲りすぎても値が下がります。だからこそ自分たちで価格を決められる直販にこだわりました」

仲買を通さなければ漁師の歩合も増える。一方で信用を得なければ成り立たないやり方だ。人づてに顧客を増やしながら、試行錯誤の末に毛細血管の血まできれいに抜ける「津本式血抜き」を取り入れ、「寝かせた魚の味わい」を売りとした。流通に時間を要する離島の弱みを逆転の発想で強みに変えた。

そんな銭本さんも2016年、漁村の風景に異変を感じた一人だ。前年まで所狭しと干されていたヒジキの消失を、鮮明に覚えているという。

「驚きました。漁師の方々にとってヒジキによる実入りは大きく、磯焼けに対する危機感は当然あります。ただ一方で、アカハタやスジアラなど南に分布していた有用魚種も北上しています。イスズミやアイゴの利用を模索しつつ、良いところも見て順応していかざるを得ないのではないかと思うんです」

2013年、上対馬鰐浦の長ヒジキ干し。

2013年、上対馬鰐浦の長ヒジキ干し。

2019年、ヒジキの芽吹き。

2019年、ヒジキの芽吹き。

そう介プロジェクト

フラットアワーは入網したイスズミを生きたまま買い取り、津本式で血を抜き、すり身にして全国チェーンの飲食店に卸している。あくまでも商業の一環として。一方、もう少し積極的に磯焼けの原因を取り除きたいと願う食害魚利用の試みもある。加工業を中心に営む丸徳水産が立ち上げた「そう介プロジェクト」だ。

発起人は同社専務で、飲食店「肴や えん」も切り盛りする犬束ゆかりさん。

犬束ゆかりさん。

犬束ゆかりさん。

「仲良くしている水産資源センター勤務の女の子から、駆除したイスズミが捨てられていると聞いたんです。主人は三浦湾支部の代表として藻場保全活動もしていますが、私にできることはなんだろうと考えた時、加工技術がある、冷凍庫もある。食害魚を利用するためのすべてが揃ってるじゃないかと。これは私のやるべき使命だと思いました」

元々、磯臭いイスズミは誰も欲しがらない魚。でもその臭いさえ取り除くことができればゼロ以下の商品価値がプラスに転じるかもしれない。美味しく食べて漁師さんの稼ぎにもなり磯焼けも防げれば、こんなにいいことはない。そんな意思をもって試行錯誤した末に、三枚に卸し背の血合を取り除いた切り身を氷水に数回さらすことで、臭いを取り除けることがわかった。犬束さんはイスズミを創意工夫で美味しい惣菜に変え、海藻を増やす試みとして、これら3つの“そう”から「そう介」と命名。鶏肉のような食感のすり身を用いた「そう介メンチカツ」は魚食の振興を目的とした「Fish-1グランプリ」の2019年国産ファストフィッシュ商品コンテストでグランプリに輝く。また、島の小学生に磯焼けの現状を教えながら調理実習も行い、今では学校給食にも採用されている。子どもたちへの認知も高まり、そう介は島の磯焼け対策のシンボルとなった。

藻食のノトイスズミ。

藻食のノトイスズミ。

グランプリを受賞したそう介メンチカツ。

グランプリを受賞したそう介メンチカツ。

「うちは私の両親がイカ釣りやウニ採り、主人の両親は真珠養殖や素潜りと、海があっての暮らしを続けてきました。その恩返しではないですが、少しでも対馬の海を良くしたい。そのために、少しでも多くの方にそう介を美味しく食べていただき、海で起こっている現状を島の皆さんに知ってほしいです」

犬束さんに、対馬の魅力を聞いた。諸問題あれどやはり自然は格別で—— そんな回答を待った。だが、答えは「人」だった。「対馬の魅力は、対馬の自然を守ろうとする人がたくさんいること」。

希望にも似た答えを聞いた。
 
 
*本稿は3月15日発売『Coyote No.73 自然と遊ぶ、サウナのある暮らし』の誌面でもお楽しみ頂けます。