獣害から獣財へ 森の島で生きていく

韓国との国境に位置する長崎県の対馬。島の大部分を森林が占め、ツシマヤマネコなどの多くの固有種が息づく生物多様性に富んだ島である一方で増えすぎた猪と鹿による「獣害」に長年悩まされてきた。対馬の自然に寄り添って暮らす人々の声から、限られた土地で人と獣が共存する方法を考えてみたい。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-檻の中の猪
写真=猪俣慎吾 文=若林輝
協力=対馬観光物産協会

島の声に耳を傾けて

昼下がりの理科室に、コンコンコンと子どもたちの叩く木槌の音が鳴り響く。フォークのような用具の背を打ち、革に針を通すための穴を開けていく。力の加減が難しそうだ。

「ここコツのいるところですから。手を休めて良く見ておいてくださいね」

齊藤ももこさんの明るく張りのある声が響く。前方のモニターには柔らかくなめされた2片を縫い合わせる職人の確かな手際が映し出されている。対馬の玄関口である厳原町内の中学校で、1年生の課外授業が行われていた。テーマは「命がつなぐ人と暮らし~獣害から獣財へ~」。手の進まない男子生徒が頭をかしげている。向かいの女子生徒は隣同士で出来栄えを見せ合い笑顔をかわす。作っているのはマスクホルダーだ。ナチュラルな風合いに染色された革は、この島で獲れた猪と鹿のものだ。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-厳原中学校でレザークラフト講座を定期的に開催している。

厳原中学校でレザークラフト講座を定期的に開催している。

対馬では、農林業に重大な被害をもたらす鹿や猪を有害鳥獣に指定し駆除を行っている。2019年には5280頭の猪と8104頭の鹿が獲られた。市は1頭の駆除に8000円から1万円の報酬を支払い、殺された猪と鹿の大半は利用されず土に埋められる。

獣医の資格を持つ齊藤さんは対馬に来て7年、猪と鹿に関わる仕事を続けている。神奈川の大学に在学中、国の天然記念物であるツシマヤマネコの保護活動を学びに対馬を訪れた。島の人のヤマネコへの想いを聞けると思いきや、獣医の卵にかけられた声の多くは「農作物を荒らす猪と鹿をどうにかしてほしい」というものだった。大学卒業の折、ちょうど対馬で地域おこし協力隊の募集があった。動物を救う、助けるという道へ進む仲間が大半であるなか、齊藤さんは人と野生動物との共存を模索する道へと人生の舵を切った。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-daidai代表の齊藤ももこさん。オフィスには様々な色に染色した皮革が並ぶ。

daidai代表の齊藤ももこさん。オフィスには様々な色に染色した皮革が並ぶ。

市の臨時職員に採用されると2年間、獣医の知識を活かし獣害対策に取り組んだ。被害地点をプロットしてデータを共有し、その地域の人と協力しながら効率良く被害を減らす先駆的な手法は、全国の自治体の手本にもなった。被害対策と同時に積極的な利用も模索した。大阪府立大学と共同研究を行い、市販の豚肉や鶏肉以上に細菌の発生を抑える解体処理のガイドラインを定め、安全で美味しいジビエの製造・加工法を確立した。厭われ捨てられる存在に新しい価値を見出したかった。

地域おこし協力隊としての任期を終えた齊藤さんは、その業務を引き継ぐ形で一般社団法人daidaiを立ち上げた。現在は5期目。対馬出身の内山芽求美さん(ジビエ担当)と西山あゆみさん(レザー製品製造担当)らの力を借り、鳥獣被害対策、食肉の加工販売とコンサルティング、そして猪や鹿をより身近に感じてもらうためのレザークラフト体験や販売も行う。島の子どもたちに野生動物との関わりを伝えるため、小中学校の課外授業にも携わる。

「猪や鹿というと害獣のイメージが強くありますが、身近な野生動物はこの島の財産でもあります。“獣害から獣財へ”というコンセプトを掲げ、人と動物の共存できる社会を目指しています」。そう齊藤さんは話す。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-猪革、鹿革ともに強く丈夫でしなやかな手触りが特徴。

猪革、鹿革ともに強く丈夫でしなやかな手触りが特徴。

伝統的な島の暮らしを学ぶ

朝、齊藤さんが懇意にしている猟師から「猪が罠にかかった」と連絡が入る。山あいの林道を上ると檻状の罠があり、中に小さな猪が1頭入っていた。20kgほどだが成獣だ。人が近づくとおびえからか檻に激しく突進する。打ちつけた鼻は血で染まっていた。砂煙と獣臭。罠の近くには掘り起こした痕が荒々しく残されている。猪には農作物の収穫期がわかると言われ、収穫の前日に荒らされることも多いという。目をつけられた作物の被害は惨憺たるもので「畑一面に真っ赤なスイカの花が咲いていた」なんて話もある。

全国の過疎化地域の例に漏れず、対馬でも中山間地帯の人間活動は年々後退し、それとともに猪と鹿の数が増えている。現在の島内生息数は鹿が約4万頭、猪は推定法が確立されておらず未知数。農林業への被害に加え、近年は生態系への影響も顕在化してきた。下草が食べられ土壌が弱まると、豪雨時に土砂が川へ流れ込む。海も濁る。また、木々の芽が過剰に食べられると森の安定した更新が阻まれてしまう。

豊かな海のイメージが先立つが、実のところ対馬は広大な森の島だ。島面積は佐渡島、奄美大島に次ぐ国内第3位。その89%が原生林を含む豊かで深い森。暖かく湿った風を吹かせる対馬暖流の育んだ森である。南北に長く、中央より少し南には手のひらを向い合せたようなリアス式海岸の浅茅湾が穏やかにたたずみ、それよりも北を上対馬、南を下対馬と呼ぶ。上対馬から朝鮮半島までは約50kmと目と鼻の先。約10万年前は完全な陸続きで、島のシンボルであるツシマヤマネコはその時代に大陸からやってきたという説が有力だ。日本では対馬にしかいない、秋に乱舞するアキマドボタルも大陸系の生き物。暖流による海洋性気候と類まれなる地勢により、多様性に富んだ動植物相が残されている。もちろん野生動物である猪と鹿も、その一員だ。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」

ところが猪に関して言えば、300余年前の江戸時代中期に一度、島から完全に姿を消している。第5代将軍徳川綱吉の時代、対馬藩郡奉行の陶山訥庵が指揮した政策「猪鹿追詰」により、9年間かけて8万頭の猪が狩り尽くされたという。島の北端から南下しながら追い詰めては木で柵を作り、また追い詰めては柵を作る。生類憐みの令に反するこの政策は、幕府に知られないよう極秘裏に遂行された。身の危険を顧みずに全責任を負って島民に食料の自給を促した訥庵は、今でも対馬の農聖として讃えられている。皮肉にも猪は1994年、人に飼われていた数頭が逃げ出して野生化し、再び増えた。

鹿は昭和中期に数百頭まで減少すると1966年に県の天然記念物に指定され、一切の狩猟が禁じられた。狩猟圧から解放された鹿は増加へと転じ、4年後には農林業被害が顕在化する。1981年に有害鳥獣として15年ぶりに捕獲が認められ、2006年に天然記念物指定が解除となった。

「鹿猟が解禁になった時はね、うれしくて10人ぐらいの巻き狩りで島中をまわったよ。自分は勢子で、犬と一緒に追い込む役割。やり方は親に聞いてね。撃ち取った鹿は持ち帰って皆で分けて食べた。今みたいに捨てるなんてことはしなかったよね」

そう話すのはハンターの内山文男さん。齊藤さんにとって山暮らしの師であり、あこがれの存在だ。山で生きる喜びとしての狩猟の話はとても楽しい。有害鳥獣駆除との折り合いが難しいが、今でも人数が揃えば巻き狩りを行う。齊藤さんもマチ(待ち伏せて射止める役)として参加させてもらうことがあるという。山を手入れして、そこで採れる椚や椎の榾木で育てた原木椎茸は島の名産となっている。たくさんの野菜を作り、窯で炭焼きもする。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-対馬の特産品として知られる椎茸を育む原木。

対馬の特産品として知られる椎茸を育む原木。

浅茅湾近くの集落で40年養蜂を営む扇米稔さんにも話を聞いた。対馬の蜂蜜は全国的にも珍しいニホンミツバチが木々や草から集めた百花蜜で、収穫期は秋の初め。夏の間に熟され糖度と香りが増すという。第一人者である扇さんのもとには、県内外から多くの養蜂家が教えを求めて訪れる。

「森の木が減ると蜂が集める蜜が減るし、蜂が少なくなれば蕎麦や野菜づくりにも影響が出ますからね。鹿や猪が増えすぎるのはやっぱり困るよね」

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-対馬伝統の養蜂法である蜂洞という巣箱で育てるニホンミツバチ。

対馬伝統の養蜂法である蜂洞という巣箱で育てるニホンミツバチ。

山や森の暮らしは安寧ばかりではない。国境の島である対馬は古くから他国との交渉も盛んな地でもあり、時代ごとに暮らしの重心は大きく変わっただろう。それでもつい1世紀前ぐらい前までは、内山さんや扇さんのように身近な森の資源を用いた暮らしが当たり前のように行われていた。だが多くの人の暮らしや意識が自然から遠く離れてしまった今、いくら猪や鹿が多くても訥庵の「猪鹿追詰」を復元することが現実的ではないのと同様に、内山さんや扇さんのような達人の暮らしをそのままなぞることは難しいだろう。

「自然資源があるから利用すべきだというよりは、人間が利用しなくなることで失われる自然のバランスや自然資源もあるので、今の暮らしにあった方法で自然との関係性、付き合い方を再構築することが大切だと思っています」

齊藤さんが、真っ直ぐ前を見ながら語る。そう、今もなお対馬には豊かな森がある。国内最大級の照葉樹自然林を持つ龍良山にはスダジイの巨木が鎮座し、森と人里とのあわいにはツシマヤマネコなどの頂点捕食者が棲む。原始林を含む広大な森と類のない動植物相は島にとって紛れもない財産だ。まずはその価値を知る。そして働きかけて恵みを享受する。

中学校でのレザークラフト体験の後、生徒のひとりは「猪や鹿が少しだけ好きになりました」と言った。齊藤さんは野生動物と人との間を、多様な価値をもって繋ごうとする。その試みは、森の島で生きていく喜びを実感しようとする意味でいにしえの狩猟にも近い。

Coyote No.72 星野道夫 最後の狩猟「獣害から獣財へ 森の島で生きていく」-対馬でも随一の眺望を誇る烏帽子岳展望台からの夕焼け。

対馬でも随一の眺望を誇る烏帽子岳展望台からの夕焼け。

 
 
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