『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES 七番目の男』発売記念 Jcドゥヴニ & PMGL インタビュー 「波」について考える

3月20日に刊行された『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES 七番目の男』。村上春樹の短篇小説を、2人のフランス人アーティストが漫画化バンドデシネするこのシリーズも、いよいよ7巻目を迎えました。原作は、短篇集『レキシントンの幽霊』に収録され、のちに高校の国語教材にも採用された村上春樹のマスターピース。少年時代にトラウマを負ってしまった主人公の男が、その恐怖とどのように向き合いながら生きていくか。「恐れ」との対峙を描いたこの物語について、本作の作者であるJc ドゥヴニとPMGLに訊きました。

———「七番目の男」をシリーズの9作品のうちの一つとして選んだのはなぜですか。

Pm

最初、私はこの作品をシリーズに入れたいとは思っていませんでした。その理由の一つは、宮崎駿的なものになりすぎてしまうと感じたからです。少年が波に呑まれているシーンは、波の上を走るポニョ(『崖の上のポニョ』)や空中に浮かぶシータ(『天空の城ラピュタ』)を。そして昔の日本の少年を描くときには、カンタ(『となりのトトロ』)を連想してしまうからです。また、この作品のモチーフである「波」を描く際に、多くの西洋人が抱くHOKUSAI(=北斎)の波(『富獄三十六景 神奈川沖浪裏』)のイメージから自分は逃れることができるのかという不安もありました。でも、Jcがやりたいと主張したのです。彼の中では作品のイメージが既に出来上がっていたみたいで。

Jc

この作品を読んだ時に、私の頭の中にはっきりとした映像が浮かびました。特に、少年時代の主人公の目の前で、親友のKが大波に呑み込まれてしまう場面はくっきりとイメージできていました。私がマルセイユとニースの間にある、地中海に面した南仏の町で生まれ育ったのも、この作品に挑戦したいと思ったことに関係していると思います。海辺の風景、岩っぽい入江、ヤシの木、砂浜……そういったものが懐かしい思い出を呼び起こしてくれました。子供の頃はよく海に行って、この作品のモチーフである「波」とともに夏の時間を過ごしていました。

——— 本作で表現するのが難しかった点や工夫した点はどこですか?

Jc

リズム、絵と文章のバランス、そして原作のどの部分を描くかという取捨選択です。全ての要素において、村上春樹の言葉やビジョンを漫画に置き換えるには何が適切なのかをいつも考えています。今回は、海や台風の竜巻など、自然を描く時に開放的な空気感を表現したかったので、シリーズの今までの作品よりも小さなコマが減り、1ページまるごと使って大きな絵を描くダイナミックなページが増えました。

 またこの作品は、現在の主人公が語っているシーンとその回想シーン、二つの場面が交互に現れますが、その現在の場面を描くのに苦戦しました。何人かが一つの部屋に集まって、窓ガラスの外では嵐が吹き荒れ、恐ろしげな雰囲気が漂っている——— この場面について村上春樹が原作の中で描写しているのは、これくらいのわずかな情報だけなのです。説明しすぎてもいけないし、その中でミステリアスな雰囲気を損なわないように表現するのがとても難しかった。最終的にPmが「百物語」というものを探し出してきてくれました。暗い部屋に人々が集まって怪談話を順々に語り、話がひとつ終わるごとに蝋燭をひとつ吹き消していく。最後の蝋燭が消えたら物の怪が現れる——— 。原作がこの「百物語」を意図していなかったとしても、私たちの作品ではこれをイメージして描いてみることにしました。

Pm

私が難しいと感じたのは、自分が知らないものごとを、それを知っている人にどうやって説明するかということ。本物の台風の恐ろしさを知らない私とは対照的に、ほとんどの日本の読者は台風に慣れ親しんでいるのです。でもフィクションというのは、似たような経験と感情とを結びつけ、共感を抱かせることができるものだと信じています。だから、体験したことがない出来事も表現することは可能なのだと自信を持つことにしました。

 例えば戦争についての本や映画は、それを経験した作り手による作品と、経験していない作り手によるものとでは、同じテーマを扱っていても証言の信憑性や視点において全く異なります。でもだからといって「経験していないことは描くべきではない」とはまったく思いません。なぜなら、経験を元にした作品であっても、ほとんどは似ているものや比較できるものを用いて、脚色をして描いているのです。知らないものごとを伝え合う。ある意味で、これこそがコミュニケーションの目的そのものなのです。

———「波」はこの作品の中で、人生の中で私たちに襲いかかってくる恐怖やトラウマのメタファーとして描かれています。あなたにとっての「波」について、またそれとの向き合い方について、教えてください。

Jc

「恐れ」というのは、海のように計り知れない大きなものですが、たいてい普段はとても穏やかで無害なものなので、気付かずに過ごしています。ただ、それが一度形作られ大きくなる時、その力は破壊的で、私たちを永遠に飲み込み、何度も繰り返し私たちを脅かし続けます。

私は様々な波、つまり恐怖を抱えていて、それは幼い頃から私の中に存在するものもあれば、大人になってから気付いたものもあります。たとえば、私は長いこと「死」を恐れています。自分自身の、そして自分の愛する人の死です。これは、孤独になってしまうこと、誰かに捨てられてしまうことへの恐怖とも関係していると思います。

恐怖に向き合うことやそれを拭い去ることは可能だと信じたい。でも、正直なところわかりません。この物語の主人公のように、逃げ出してしまうこともあると思います。彼はトラウマを抱えてしまった海辺から長い間遠ざかっていましたが、それでも恐怖は彼の中に存在し続けました。

欲望、喜び、悲しみ、成功、失敗などと同じように、私たちは恐怖を受け入れなければいけません。それが人生の一部なのです。その波に流されたり引っ張られたりしながらも、それでも水の上に頭を出して溺れないように耐えなければいけないのだと思います。なぜなら、すべての波はやがては過ぎ去っていくからです。

Pm

幸せなことに、私の愛する母は、私が良い環境の中で育つようにといつも気遣ってくれていました。おかげで、25歳まではトラウマのようなものを感じたことは一度もありませんでした。しかしある社会的な状況によって、私は苦しい経験をすることになりました。39歳になった今でも、仲の良い友達や、家族や、信頼できるセラピストにさえも、そのことを正直に語るのは難しいです。全く知らない人々がこのインタビューを読むのだろうと知りながらこんな話をしているのが、なんだか不思議な気持ちです。それから15年が経っても、悲しい気持ちにならずにそのことを表現する方法がいまだにわかりません。私に起こった出来事とは全く異なりますが、もしあなたが『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだことがあるならば、私がどんな種類のトラウマについて話しているかわかるかもしれません。

 私も初めはその恐怖に向き合うことができませんでした。友人や家族は私をとても気遣ってくれました。でも、その出来事の3カ月後に私は精神障害にかかってしまい、その後10年の間PTSD(心的外傷後ストレス障害)だと診断されました。でも、仕事をしたり、違う環境に身を置くために旅行をしたり、人と会って刺激をもらったり……もちろん傷は残り続けますが、たとえ難しくても、そうやって前進していくしかないのです。

 10年間ほどひきこもりのようになっていたけれど、フランスで本を出したり、アートスクールで教える機会を得たり、さらにはこの「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」を出版できることになって、そうしたことが私を引っ張り上げてくれました。アートセラピーのようなものは私はあまり信じていませんが、表現することは傷を癒すことに必要だと思います。

1950年代の日本をイメージしたという本作では、背景に描かれた小物、衣装など当時の日本人の暮らしぶりが実に鮮やかに描かれている。最後に、これらを描くにあたって参考にした映像資料や小説をPMGLに教えてもらった。

Pm

私は現代の作品を描くことが好きなので(昔の時代の作品も大好きですが、HM9Sで取り上げる物語はだいたい1980年から90年代のものです)、今回、いつもとは違う戦後日本の雰囲気を描くことは気分転換になりました。江戸川乱歩、安部公房、芥川龍之介などが私のお気に入りですが、そうした文学作品をとおしてある程度はこの時代の知識がありました。若者による欧化、圧倒的な米軍の力、そして一方ではそれらに反して伝統的な生活も大事にしていた。このミックスカルチャーは主に映画のカットで探したり、Jcが写真や文章のストックを集めて送ってくれたりしました。

<参考にした作品リスト>
小津安二郎監督作品では、
『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』(1932)
『浮草物語』(1934)
『父ありき』(1942)
『晩春』(1949)
『東京物語』(1953)

北野武映画にはたくさんの海辺が描かれていて、
『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)
のみ観ることができていませんが、それ以外はすべて観ました。

勅使河原宏監督作品、どちらも安部公房原作のもの。
『砂の女』(1964)
『他人の顔』(1966)

鈴木清順
『殺しの烙印』(1967)

他にも、怪獣や特撮ものでは
村山三男『透明人間と蝿男』(1957)
湯浅憲明『大怪獣ガメラ』(1965)
本多猪四郎『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965)
など。

日本映画や小説が大好きなPMGL。「仕事のための資料としてではなくて、楽しいから観ているんだよ!」とのこと。本作の絵をじっくり読み込むと、海や波にまつわる物語のタイトルや、ウルトラセブン(=“七”番目の男)などが散りばめられています。PMGLが楽しんで描いている小さな仕掛けにもぜひ注目してみてください。

<プロフィール>
翻案:Jc ドゥヴニ
1977年南フランス・イエール生まれ。歴史や文学を学んだ後、リヨンで活動。脚本家として様々な出版社や幅広い世代の作家とコラボレーションを行なう。また、作家活動の支援をするグループ「Emanata」やリヨン・バンドデシネ・フェスティバルと共に展示の企画も手がける。漫画、イラストレーション、アニメーションの学校で翻案や演劇学を教えている。

漫画:PMGL
1980年フランス・リヨンのそばで生まれ、88年からバンドデシネを描きはじめる。98年にファンタジーとSF漫画の雑誌『Chasseur de Rêves』でデビュー。以降様々なアンソロジー集に短編漫画を掲載している。また60-70年代のレコード・ディガー、クラブDJとしても活動中。

書籍情報

HARUKI MURAKAMI 9 STORIES
七番目の男

2020年3月20日発売
価格:1,600円+税
ISBN:9784884184780


 
 

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