ON THE バンドデシネ ROAD 翻訳家・原正人 2

バンドデシネの翻訳家・原正人さんにフランスのバンドデシネ出版事情や今気になる作品を聞く全4回のインタビュー!

今年、『HARUKI MURAKAMI 9 STORIESパン屋再襲撃』(以下、HM9S)を皮切りに、漫画(バンドデシネ)で読む村上春樹シリーズの刊行が始まりました!……とはいえ、まだまだバンドデシネ・ビギナーのHM9S編集部。シリーズ最後の9巻目が出る2020年までに、バンドデシネのことを語れるようになりたい! そんな想いから、バンドデシネに詳しい方々を訪ね、勉強したいと意気込んでいます。初回は、様々なバンドデシネの翻訳を手がける原正人さんにお話をお聞きしました。

バンドデシネ翻訳家・原正人
<プロフィール>
原正人(はらまさと)
1974年、静岡県生まれ。バンドデシネ翻訳家。
ジャン・ジロー『ブルーベリー』、ニコラ・ド・クレシー『レオン・ラ・カム』、フレデリック・ペータース『青い薬』をはじめバンドデシネを数多く翻訳。そのほかの訳書に『メビウス博士とジル氏―二人の漫画家が語る創作の秘密』など。『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』を監修。フランスのバンドデシネを日本に発信する活動を続けている。

第2回:バンドデシネって、なんですか?

——HM9Sの刊行が決まった時に、書店に説明しに行ったのですが、そもそもバンドデシネって何?と聞かれることが多くあって、自分で調べたことをつなぎ合わせてなんとか説明したんですが・・・。原さんがもし「バンドデシネとは?」と聞かれたら、ズバリどのように答えられるのか、教えていただければ!

 バンドデシネは、基本的には漫画以外のなにものでもありません。日本語の漫画という言葉もすごい幅のある言葉で、たとえば新聞に載っているような一コマのカリカチュアも漫画というし、僕らがよく知るコマ割が複数ある漫画も漫画じゃないですか。昔は漫画映画みたいな言い方があって、これはアニメのことですね。アカデミックな美術の絵とは異なるある種の絵柄を指して漫画的と言うこともある。漫画とはそういう幅の広い言葉ですけど、バンドデシネも同じようなものなんです。

——とにかくバンドデシネは「漫画」。

 どちらかというとコマのある漫画のことですけど、それでも漫画全般を指せます。フランス語は形容詞が基本的に名刺の後ろにつくんですけど、「バンドデシネ・アメリケン」とか言ったらアメリカの漫画=アメリカンコミックスのことになるし、バンドデシネ・ジャポネーズって言ったら漫画のことになる。今は「漫画」という言葉がもうフランス語に入っているので、皆普通に日本の漫画を「MANGA」って言います。

——へえ!

 でね、さっきも言ったように、バンドデシネも基本的には広義の漫画と同じですが、アメリカンコミックスやMANGAという言葉と並べて、ある特定の地域で出版された漫画として使うこともできて、その場合はフランス語圏の漫画ということになる。だからバンドデシネって何と聞かれたら、「フランス語圏の漫画です」、でいいと思います。

——なるほど。これはメモメモ……。

 日本でバンドデシネがある程度の広がりを持って認識されたのは1980年代くらいだと思います。1970年代末から1980年代初頭にかけて、『スター・ウォーズ エピソード4』を中心に、ビジュアル性の強いSFが日本に入ってきました。その頃、メビウスという作家が『スターログ』というSF専門誌で紹介され、バンドデシネという言葉がある程度の広がりを持って使われ始めたようなんです。それ以前は、フランスのコミックスとかフランスの漫画と言われていました。メビウスはSF時代のバンドデシネ作家の注目株ということで何度も紹介されていましたから、バンドデシネ=メビウス、という印象が強く残ったんだと思います。その後、エンキ・ビラルなども注目されるようになって、バンドデシネといえば、グラフィック性の強いSF系のものというイメージが定着することになったんじゃないかと思います。

——確かに、バンドデシネと聞くと真っ先に頭に浮かぶのはメビウスのようなアート性の強い絵です。

 その後も色々な作品が翻訳出版されましたが、バンドデシネという言葉を積極的に使って売り出されたものは軒並みアート性が強いものでした。フランソワ・スクイテンやニコラ・ド・クレシーもそうです。バンドデシネはアート性が高い、という説明は全然ありだと思いますが、正確に言うならば、中にはそういうものもある、という感じです。

——日本におけるバンドデシネは、ある意味、強烈な印象によって「メビウスなどの画風のもの」と潜在的に植えつけられてしまっているのですね。これはいいこととして捉えていいんでしょうか?

 メビウスはすばらしい作家ですし、いいんじゃないでしょうか(笑)。そもそも漫画が盛んな日本に入ってくる以上は、バンドデシネであれ、アメリカンコミックスであれ、日本の漫画にはない、でも日本の読者に受け入れてもらえそうな特徴を持っているはずですよね。多少の誤解があったとしても、それをきっかけに興味を持ってもらえるなら、いいことじゃないでしょうか。ただ、バンドデシネ=アートと断言してしまうのはどうかと思いますが……。

——なるほど。

 ほかにバンドデシネの特徴をあげると、ハードカバーであること。日本で翻訳が出版される時にソフトカバーになることもあるのですが、フランス語圏で出るときはハードカバーが多いですね。それから、日本の漫画本より判型が大きく、中面がカラーであることが多い。子供から大人まで幅広い層の読者がバンドデシネを読みますが、日本の青年漫画なんかと比べてもずっと渋い、大人のための漫画とと呼べそうな作品も多々あります。場合によっては、“文芸性が高い”という説明もありかもしれないですね。

——文芸性が高い漫画ですか。

 とはいえ、「バンドデシネ」という言葉自体にある種のカッコよさや大人な雰囲気があるわけではない。フランス人にしてみたら、全然そんなニュアンスは感じられないと思います。よく頭文字のBとDをとって、短く「ベデ」と呼ぶことがありますが、それなら少しはこなれたカッコよさがあるかなあ(笑)。

——(笑)。あ、でも「グラフィックノベル」という言葉もありますが、それはどういうものを?

 「グラフィックノベル」ってすごくややこしい言葉だそうで、ただ単に単行本という意味で使われたり、一方で文芸性が高いコミックスという意味で使われたりもします。この言葉はフランス語にも入っていて、そのままグラフィックノベル、あるいはロマングラフィックと言うんですが、後者の文芸性が高いコミックスという意味で使われることが多いと思います。しかもその場合、エイドリアン・トミネとかチャールズ・バーンズとかクリス・ウェアのような英語圏の作家の作品だけでなく、バンドデシネのある種の作品や日本のマンガのある種の作品まで含めてしまうんです。谷口ジローさんの作品や松本大洋さんの作品なんて、そういう観点からしたら、まさにグラフィックノベルです。制作地域や言語の違いを超えて、世界漫画というものを見据えているようなところがあって、僕はこの言葉が好きです。何だかカッコいいし、日本でもグラフィックノベルって言葉が流行ったらいいのにって思ってるんですけどね……。グラフィックノベルというと、ある程度ページ数があるようなイメージですが、HM9Sなんて、まさにグラフィックノベルじゃないですか?

つづく