【後編】BALMUDA・寺尾玄インタビュー[あの感動を取り戻すために](SWITCH 特集 うたのことば)

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小学校三年の夏に全身で浴びた風、旅先で食べた焼きたてのパン、ロッジで過ごす夜にゆらめく灯り。寺尾は、かつて自分が確かに感じた感動を一つの製品にとじこめて世に放つ。ミュージシャンとしての顔も持つ寺尾が新製品「BALMUDA The Speaker」に込めた思いとは

 

*本インタビューは「SWITCH Vol.38 No.6 特集 うたのことば」に掲載されたものです。本誌ではさらに「BALMUDA The Speakerができるまで」と題し、BALMUDAのデザイナーやエンジニアのインタビューを掲載しています。あわせてご覧ください。

 

前編はこちら

 

光り方の追求

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—— プロダクトデザインにおいては、どのようなイメージがあったのでしょうか?

 

寺尾 まずは、何よりも光をいかにピュアに見せるかというところから進めていきました。そのためには無駄なデザインはいらない。「ノーデザイン」というのが今回のデザインの根幹にありました。一方で、ライティングの微妙な塩梅や精度の追求には相当時間をかけています。単に音楽に追従して光らせることは初期の段階で実現できたのですが、それをどうすれば“音楽的”なライティングになるのか。低音域、中音域、高音域と周波数ごとにライティングを分けることから始まり、かなり細かいところまで検証を繰り返しました。

 

最後まで課題となっていたのは、いわゆる“サビ”の部分に対する反応です。やっぱりサビでは盛り上がりたいので(笑)。普通に音楽を聴いていると、Aメロとサビとでは音圧が全然違って聴こえますが、実際は一曲通してほとんど音圧に差は無いんです。最近の楽曲は特にマスタリングで曲全体の音圧を上げているので、波形で見てもほぼマックスの状態が続く。なので、音圧レベルに合わせて光らせたところで、サビの差別化はできないんですね。それはしょうがないことだと諦めていたのですが、最終段階になって「やっぱりサビでガツッときてほしいんだ!」とエンジニアに無茶振りして。バルミューダのエンジニアは大抵私が何か指示を出すと、基本的にはいつも「わかりました!」と返してくれるんですけど、その時ばかりはリアクションが悪かったです(笑)。その後は企業秘密ですが、最終的には私の要望どおりの仕上がりとなりました。

 

—— 音に合わせて光るというのは、普通の人がスピーカーと聞いてイメージするものとは全然違うコンセプトですね。

 

寺尾 私たちが常に考えているのは、「その道具を使うことでどんな体験が得られるのか」ということです。体験というのは知識から得るものではなく、五感で感じるものですよね。スピーカーで言えば、音は基本的には聴覚でしか感じないものです。なんだけども、その時に目は開いていますよね。大抵の場合、音楽を聴いている時に視覚情報というのは嫌でも入ってきてしまう。そのことを忘れてしまっていないだろうか、というのが私たちの問い掛けです。目を開いて音を聴いているのであれば、そこからより深く音楽を楽しむための何かを提供できるのではないか、と。小さなスピーカーでは、ライブやフェスの本当の熱気を感じることは難しい。しかし視覚を利用することで臨場感を上げることができるのではないかという思いでこのスピーカーをつくりました。新しい体験の提案という意味では、これまでバルミューダがつくってきた扇風機やトースターをはじめとする他のプロダクトと変わることはないと考えています。

 

 

いかに声を届けるか

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—— スピーカーの“音”についても訊かせてください。寺尾さんの中では、事前にどんな音のイメージを持っていたのでしょうか。

 

寺尾 もともとミュージシャンだったこともあり、かつて世界中のスタジオでモニタースピーカーとして長年使われていた「NS-10M」というヤマハのスピーカーの音が私は大好きなんです。なので、まずはその後継モデルである「HS-5」の音作りを参考にしようと考えました。いわゆる一般的なリスニングスピーカーではなく、プロが使うモニタースピーカーの音が原点になっています。

 

かなり細かい調整を日々エンジニアと重ねて、一度は納得できる状態まで到達しました。光の効果も相まって、まるでアーティストが目の前に立っているかのように感じられた。そこから次のステップとして、「おれは音楽を聴いている時に何をしていたんだろう」と考えました。私の場合は、ぼんやり聴き流しているというよりも、曲に向き合うことが多かったんですね。それはつまり“音”を聴いているのではなく、“音楽”を聴いている。もっと言えば、歌い手の“声”を聴いているんだということに思い至りました。ということは、“良い音を鳴らす”ことではなく、いかにして“声を届ける”かが重要なのではないかと。それで行き着いたのが、歌い手の声が感動的に響くスピーカーにしよう、というところでした。一般的にリスニングスピーカーというのは、低音域から高音域までバランスよく聴こえるような音づくりをするのが基本なのですが、自分の中でその答えに到達してからは、バランスなんてもう関係なくなりました(笑)。「なんだよ、バランスって」というロック魂が沸々と湧き上がってきてしまった。結果、この製品は世に数多あるスピーカーの中で最も“バランスが取られていない”スピーカーに仕上がっていると思います(笑)。

 

具体的には、普通に聴いたらボーカルが埋もれがちに聴こえる楽曲でも、ちゃんとボーカルを近くに感じられるような音作りをしています。例えばU2の「One」。この曲は私の五本の指に入るほど好きな曲なのですが、倍音が非常に多く含まれたミックスが施されているため、普通のスピーカーで聴くと、声も楽器も奥に行きがち。だから敢えてチューニングのベースにしていました。ギターがウォームに響くと同時に、ボノの声がガッと前に抜けて聴こえる。この両立が難しかったです。

 

—— その視点は、ミュージシャンとしてのキャリアを持つ寺尾さんならではのものかもしれないですね。

 

寺尾 本当にそう思います。ミュージシャン視点で、「こんな音で鳴らしたかったんだよ!」という音を目指していきました。レコーディングではどんなに良い機材を使っていても、最終的には実際の体感とは響きが全く異なって録音されます。「こうじゃないんだけどな」と世界中のミュージシャンが感じているはずなんです。

 

私が今回のスピーカーで実現したかったのは、アンプから出てきたギターの音、マイクに届く前の、シンガーの歌った時の声でした。それを出せたら最高だなと思ってつくっていきました。

 

—— U2以外にも、たとえば日本語の楽曲の中でリファレンスとしたものはありますか?

 

寺尾 たくさんあります。たとえば尾崎豊の「十七歳の地図」。あの冒頭の歌い出しがどれだけ“噛み付いてくる”ように聴こえるかということをひとつの基準としていました。

 

この「十七歳の地図」は、私が中学生の頃に聴いて、ものすごく心に刺さった一曲です。一人で様々な悩みを抱えていた中学生や高校生の頃、ザ・ブルーハーツや尾崎豊の歌に何度も救われました。そういう体験は、濃さの違いはあるにせよ、誰もが持っているのではないでしょうか。歌というのは人の声と言葉による表現であり、その価値は一人の人間の人生を変えてしまうほどのものだと思っています。歌で人生が変わったという人を私はこれまで何人も見てきたし、もちろん自分もその一人です。ただ、そんな素晴らしい歌の本当の魅力を感じることのできる機会が、一般的なリスニング環境の変化もあり、今はすごく減ってしまっているように思います。このスピーカーは決してコアな音楽好きの人たちだけのために作ったのではありません。もっと広く、多くの人たちに音楽、そして歌の素晴らしさを体感してほしい、そんな思いが今回の根底にあるんです。

 

—— 寺尾さん自身、中学生の頃に音楽を聴いて心に突き刺さった体験を、このスピーカーでふたたび体感することができたのですね。

 

寺尾 はい。つまりこれは自分のためだけにつくったスピーカーと言っても過言ではないかもしれません(笑)。あの時の感動をもう一度、という夢を叶えるために。

 

「BALMUDA The Speaker」についてはこちら!

 

寺尾玄 1973年生まれ。バルミューダ株式会社代表取締役。17歳で高校を中退し、地中海沿いの国々に放浪の旅へ。帰国後、音楽活動を開始。現社の前身であるバルミューダデザインを2003年に設立

 

 

SWITCH Vol.38 No.6
特集 うたのことば

2020年5月20日発売
価格:1,000円+税