写真家・奥山由之の現在、そして未来【奥山由之イベントレポート第3回 】

トークイベントでは来場者のみなさんに事前に「奥山さんに訊きたいこと」を紙に書いてもらいました。その中にあった「撮影のロケーションを決めるうえで、日々を心掛けている事はありますか?」という質問。何気ないこの問いかけが、写真家・奥山由之の目指しているもの、そして多くの写真家がぶつかる壁を、引き出していきます。

『SWITCH Vol.37 No.3 奥山由之 写真の可能性』刊行記念トーク

 

当たり前の中に1割の微差を探して

——「撮影のロケーションを決めるうえで、日々を心掛けていることはありますか?」という質問です。

奥山 毎日見る景色を、毎日よく見るようにする。毎日じゃなくても、“普段よく見る景色を、もっとよく見る”ということ。

新井 かっこいい答えだなあ、それ。

奥山 いやいや(笑)。つまり、“よく見る何か”の中に潜んでいる“よく見ない何か”を見つけられるかどうかが、作り手にとってはものすごく大事だと思っていて。“よく見ない何か”が面白いのは、当たり前なんですよ。『スター・ウォーズ』が面白いのと同じことです。僕らは地球に住んでいるので。

 でも日常に刷り込まれている、自分の中で当たり前になってしまったものに対して解像度を上げて、よく見てみると「今日はいつもとちょっと違うな」という、日常の中の“微差”に気づき始めるわけです。それで、風景だけではなく事柄全般に対して、「いつから自分はこれがこうなったことを受け入れたのか」と疑問を持って、当たり前の中の当たり前でない事実を拾い上げることが、唯一無二のアイデアにつながると思うんです。

 僕はディーター・ラムスというプロダクトデザイナーがすごく好きなのですが、彼しかり、スティーブ・ジョブズしかり、心動かす創作ができる人は“気付く力”が豊かなんだと思うんです。圧倒的に革新的な何かではなく、みんなの生活の中に潜んでいるものや、本来は当たり前にあってしかるべきものを、“革新的な何か”であるかのようにスマートに提示するというのはすごく難しいことで。

 でもびっくりするようなものって、元から周知の要素が9割以上で、残り1割の微差によってぐっと驚くべきものに見えているケースが多いと僕は思っていて。たとえば、僕はそれほど絵画には詳しくないのですが、ゴッホのように亡くなって何年も経ってから認められた画家の方って多いですよね。それって、当たり前ですけど作品自体がのちに形を変えた訳ではなく、時代の変化とともに受け手側の視点や捉え方も変わってきて、作品との共通項、つまり人々の持つ心象風景だったりと重なる部分が増えてきて、ある時から多くの人々の心を掴むようになっていったんだと思うんです。

 そもそも作品には、そういった受け手との共通項がなければ、新しいものも新しく見えないんですね。新し過ぎるものって、もはやそれが新しいのかどうかもわからないんですよ。時代を待たなければいけない。逆に言うと、僕らが新しいと思っているものも、そのものの9割くらいは新しくないんです。それが10割になるとありふれた当たり前のものになってしまう。その1割の微差を見極めること、普段の生活で10割当たり前と思っている物事の中の1割を拡張していくことが、僕の場合は、表現においてものすごく大事な行為だと思っています。

写真家の葛藤

新井 たとえば写真家の鈴木理策さんはセザンヌの絵画をモチーフとした作品を撮ったり、写真集を作ったりしていますが、奥山くんもそういった絵画的なものに影響を受けたりするんですか。

奥山 どちらかというと絵画よりもグラフィックから影響を受けることのほうが多いかもしれません。以前、親に「あんたは小さい頃、何か飲み物を飲んだりして美味しいと思うと、ひたすらパッケージを見続けてた」と言われたことがあるんですけど、それっておそらく「これがなぜ美味しいと感じるのか」ということを自分なりにそのパッケージのグラフィックと結びつけて考えていたんだと思うんです。

 カメラと自分の関係ということで話すと、カメラというものを自分自身から完全に切り離して、ひとつの機械として扱うということは今の僕には到底できなくて、自分がそのカメラを持った時点でそこに熱が伝わり、思いが篭って、どうしても自分が写り込んでしまうんですね。

 それで、恐らくその撮影者としての熱みたいなものを更に強く焼き付けているのが荒木(経惟)さんみたいな方で、そうやってカメラに自分自身が宿らざるを得ないことをむしろ利用して作品に向き合っていく写真家の方々もいれば、ホンマタカシさんや鈴木理策さんのように、カメラという機械と自分とをできる限り断絶していく、そのスキルを追求して、研ぎ澄ませていこうとする方もいる。でもそのスキルって、ものすごく高度なものなんですよね。

 つまり、この物をこういう風に撮りたいなと思って、実際にそれを思うように撮れるようになるということは、そこまで難しいスキルではないと言いますか、たぶんある程度のところまでなら誰でもできることなんです。それは、自分自身を写真に投影していくという作業で。対象が何であれ、より自分を色濃く写し出していく、セルフポートレイトとして捉えていくというのは、比較的初期の段階で抱く理想のイメージだと思うんです。

 でもそれがもう目を瞑ってでもできるようになってくると、今度は“自分を写真から排する”という行為が逆に難しく感じられてくる。カメラと自分とを100パーセント切り離して対象に向き合おうとするんだけれども、どうしてもそこに自分が関わることによって切り離せない、断絶できない、と。そのジレンマに真摯に向き合って、正面から取り組んでいる諸先輩方がいらっしゃる訳です。

新井 森山大道さんの、ファインダーすら覗かないで撮っていくスタイルも、まさにそういうものかもしれない。だから荒木さんと森山さんは僕にとっては対照的な存在で。そういう意味では、奥山くんは自分をどこに位置づけているんだろう。その中間でせめぎ合っていたりするのかな。

奥山 僕がやっていることは、写真に自分を宿していく、そして、被写体すらも飲み込んで自分を撮っていこうとするようなものなので、まだ初期の段階というか、そんな難しいことをやっているとは自分では思えていなくて。だからまだまだ先の道があり、楽しみだなとは思っていますが。

新井 この先奥山君がもしスランプになったら、どんな写真を撮るんだろう。その時がちょっと楽しみだな、言い方は悪いけれど(笑)。

奥山 そうですね(笑)。あるとしたら、いまお話ししたようなポイントで立ち止まるのではないかと思います。結局、自分を写すということを続けていく中で、「はたしてこの写真行為はどこに意義があるのだろうか」という疑問が湧いてくるかもしれないので。

新井 森山大道さんが一時期写真を撮れなくなった時は、親しくしていた編集者と一緒にいて、伊豆の海岸に座って二人でいろんな写真集を見続けて、1冊ずつ紐解いていったという話を聞きました。奥山君にもそういった同世代の編集者だったり、仲間のような存在がいればきっと大丈夫じゃないかな。

意外な再会

奥山 最後にひとつエピソードというか、僕は昔から「SWITCH」が好きで、8年ほど前に、自分の作品を見てほしいと編集部に電話したことがあるんです。新井さんはそのこと知っていました?

新井 えっ、本当に!? まったく知らなかった。

奥山 そうですよね。それで編集部に電話をかけたら、僕は大学時代にカメラサークルに入っていたのですが、そのカメラサークルの先輩が電話に出たんですよ。「え、おっくんじゃん!」って(笑)。ものすごくびっくりしました。SWITCHで働いていたんですね。今回、そのことをふと思い出して、なんだか縁のようなものを感じたと言いますか。かつてあの狭いサークルの部屋で話していた先輩とこうやってお仕事をご一緒できたというのも、個人的にはすごく感慨深いです。

先輩スタッフ ありがとうございます(笑)。

奥山 これからもがんばります。

おわり

展覧会情報

現在、東京・品川のキヤノンギャラリーSにて、写真家・奥山由之による写真展「白い光」が開催中です。本誌と併せ、ぜひこちらの展覧会もお楽しみください。
奥山由之写真展「白い光」

イベント 奥山由之写真展「白い光」
開催日時 2019年3月7日(木)-4月15日(月)
休館日 日曜日・祝日
開館時間 10:00open / 17:30close
会場 キヤノンギャラリー S
東京都港区港南2-16-6 キヤノン S タワー1階
*JR品川駅港南口より徒歩約8分、京浜急行品川駅より徒歩約10分
入場料 無料
お問い合わせ 03-5777-8600
公式サイト https://cweb.canon.jp/gallery/s/

 
 

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『SWITCH Vol.37 No.3 奥山由之 写真の可能性』刊行記念トーク