インタビュー、紀行文、出会った人々。
 
SWITCH・Coyote編集長 新井敏記が
 
一つひとつ綴っていきます。

 

2021.1.20 射抜くこと

第1回の黒田征太郎さんに続き1時間のドキュメンタリー番組「SWITCH TV」を企画、現在制作中だ。第2回は写真家操上和美さん。12月、操上さんの生まれ故郷の北海道富良野へ旅をした。雪が降る中、空知川の川辺で焚火をして、父のこと、ロバート・フランクと北を旅したこと、そして何よりも家業を継ぐことをやめてなぜ写真家の道を選んだのか、訊ねていった。操上和美さん84歳、広告写真からドキュメントまで活動の幅は広く、彼ほどの長いキャリアを持ちながらいまだ第一線で活躍を続ける写真家は稀有だ。

操上さんとSWITCHが出会ったのは1988年、ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズのインタビューだった。貴重なこの機会に撮り下ろしを切望すると、キースから彼の指定する写真家のリストが送られてきた。リチャード・アヴェドンとアーヴィング・ペン、写真界の巨匠だった。文句はないだろうと言わんばかりの人選だ。しかし僕は日本人の写真家による撮影を乞うた。

SWITCHはファッション誌ではない。僕は操上さんのフォトアルバムを作成し、キースに送った。アルバムは「ジャズのような旅」がテーマだった。即興で奏でるようにモノクロのポートレイトが風景とともに織りなされる、ドキュメンタリーのように構成したものだった。キースの写真撮影はそのようにしたいと願った。スタイリストもヘアメイクもなし、持参するのはギター1本。キース・リチャーズ等身大の姿をそのまま撮らせてくださいと、そのアルバムに書き添えた。ドキュメントのように世界を遊ぶ。ほどなくキースから操上さんによる撮影の許可が下りた。ただしひとつ条件があるという。彼の撮った写真をアメリカの雑誌に掲載させてほしい。僕に異論があるはずはなかった。

写真を撮ることをShootingという。まさに射抜くこと。その人の軌跡を物語る相貌の核心にせまる写真の迫力だ。操上さんが撮影したキースの写真は1988年のSWITCH12月号の表紙を飾った。後日、家族に贈りたいとキースからオリジナルプリント6枚を操上さんは求められた。うれしい誤算だ。

スイッチ編集長 新井敏記