インタビュー、紀行文、出会った人々。
 
SWITCH・Coyote編集長 新井敏記が
 
一つひとつ綴っていきます。

 

2019.2.20 自然に跡を残すな

アラスカに魅せられた星野道夫は、たとえば悠久の自然への憧憬を写真と文章で私たちに伝えてくれた。なかでも神の山デナリにあるルース氷河に星野道夫は特別な思いを寄せてこう書いている。

「雪、氷、岩だけの、壮大な、そして無機質な山の世界です。何もないかわりに、そこには、シーンとした宇宙の気配があります」

星野道夫はこのルース氷河に子どもを連れていきキャンプをすることを構想し、そのためにオーロラクラブという子どものためのキャンプ組織を1991年友人と創った。氷河の上で過ごす夜の静けさ、風の冷たさ、星の輝き、マイナス30度を超える極寒の地にキャンプをする理由は実は単純なものだった。星野は書く。

「人間に、何か想像する機会を与えてくれるからです。そして、もしそこでオーロラを見ることができたら、なんて貴重な体験になるのだろうと思いました。子どものころに見た風景が、ずっと心の中に残ることがあります。ルース氷河で見た壮大な自然が、そんな心の風景になったらと思います」

星野道夫が1995年に亡くなっても友人たちはオーロラクラブを続けた。しかし昨年オーロラクラブで長年代表をつとめた新開俊郎が亡くなり、12月をもって活動終了の知らせが届いた。ルース氷河での避難場所であった山小屋のレンタルのレギュレーションも変わり高級宿泊施設となったことも要因の一つと聞いた。人を寄せ付けない無機質な美しい世界、そんな手つかずの自然に対して人間ができることは一つ、跡を残さないというのが大切なルールだった。それが壊れていく。

でも、こうも思う。27年の間、ルース氷河を渡った子どもたちはオーロラや月や星の風景を心にとどめ、大人になってさまざまな人生の岐路に立った時、言葉ではなくいつか見たこの風景に勇気を与えられているだろう。星野の思いは永遠に希望の轍としてこの自然に生きていると信じたい。

スイッチ編集長 新井敏記