インタビュー、紀行文、出会った人々。
 
SWITCH・Coyote編集長 新井敏記が
 
一つひとつ綴っていきます。

 

2018.10.20 ひとひらの真実

手塚治虫になりたかった黒田征太郎は漫画家の道を諦めた。一コマごとに主人公の相貌がどうしても変わっていってしまうのだ。続きものがどうしても苦手だった。

ある時黒田は自分の活路を見出すためにニューヨークに渡った。ニューヨークに渡る動機もエンパイアステートビルの建物にキスをしたいという単純な思いだった。ヒロイン、ヒーローが活躍する映画の舞台を提供していったこの建物に一度は触れてみたい、昇ってみたいという思いだった。

まさに歌のように金がほしくて働いて眠るだけ、様々なアルバイトで生を繋いでいった黒田はある日、「ニューヨーカー」という雑誌を街角のスタンドで見つける。表紙の絵は摩天楼がモノクロで描かれていた。遠近法を無視した斬新な構図と一本の線が蠢き、豊かな世界が表現される。作家の名前はソール・スタインバーグ。描いた世界には物語があった。正確に描くよりも自分の見えたような世界が広がっていた。調べていくとスタインバーグはルーマニア生まれの漫画家でありイラストレーターであった。イラストレーター、日本では絵師と呼ばれる職業だ。黒田は血湧き肉躍る映画館の看板絵を思った。

物語を一枚の絵で端的に視覚化すること。黒田は親しい友人にまるで漫画少年が漫画雑誌に投稿を重ねるようにこの街の鼓動を伝える絵葉書を毎日送っていった。一本の線は飄々と空を飛び風を起こし野を駆ける。絶景だけが風景ではない、まるで一カットであらゆるものを表現するイラストレーターの世界の豊かさに触れて自身の道を見出した自分自身の報告書だった。今どこに誰とどうした。さらりとひとひらの真実を探すように、黒田はイラストレーションの世界に美を見出していった。

スイッチ編集長 新井敏記