
PHOTOGRAPHY & TEXT: NAGAI MIJIKA

木を見つめて
友達に会いにロンドンに行った。初めて訪れるロンドンに緊張して踵が浮いていたのは到着ゲートまで。「長井様」と書いた紙を持ち、にやつく友達と合流すれば、見知らぬロンドンはすぐにうちらの街になる。
2歳で出会って今日までずっと、共に歩いてきた彼と、ロンドンを歩く、歩く、歩く。鞄に隠した白ワインが半分ほどになった頃、私と彼は公園に到着していた。どこかに座ろうとあたりを見渡すと、群れをなす木々達から距離を取るように、ポツンと佇む木がいた。その孤独に心惹かれたのは私だけではないようで、誰かがそこに、可愛い椅子を置いている。「あれに座りたい」と言うと、彼は「ダメ、お金取られる」と言った。もしもあの椅子が無料だったら、私はきっと、走って座りに行っただろう。そこに座って、落ちてくる葉を丁寧にお財布にしまうかもしれない。それは素敵かもしれない。
あの椅子は有料で、だから私は距離をとって、ただ木を見つめた。そうして見つめ続けるうちに、もしかして私と彼が初めて公園で出会った時も、お互いを遠巻きに見つめ合っていたのかもしれないと思った。見つめて見つめて、ようやく言葉を交わしたのだろう。30年前のいつかに。
だから私は、もっとこの木を見つめようと思った。ともだちになりたいなって思いを込めて、だけどちょっぴり照れ臭いからおずおずと、見つめる私に気づいていますか?
NAGAI MIJIKA
1993年生まれ、東京都出身。俳優、モデル業のほかに、作家としても活動する。著書に、エッセイ集『内緒にしといて』、小説集『私は元気がありません』、『ほどける骨折り球子』がある。映画『PERFECT DAYS』では、神社で平山(役所広司)の隣のベンチに座るOL役を演じた
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