PHOTOGRAPHY: ITO
TEXT: AOI YAMADA

そこに居なくて、そこに居る

 毎年この時期になると、「もう甘いで、採ってこい」とじじ(祖父)の掛け声で、私はカゴいっぱいに、甘くて艶やかな黒紫色した桑の実を採りにいった。お腹が空いたらつまんで食べて、ばば(祖母)が桑の実のジャムを大量に作る。毎日食べても減らないから、冷凍庫は桑の実ジャムだらけだった。採りきれない桑の実は車の上に落ちて、ドット柄の車みたいになっていた。

 私の地元長野県松本市。ばばの家の駐車場の端っこに、私が生まれる前から、大きな桑の木がある。いや、あった。それが切り株になっていた。じじとばばも歳をとり、桑の実を採る孫達が地元を離れたから。あの頃、沢山の桑の実を実らせてくれた大きな木は、思っていたよりも華奢だった。「久しぶり」。初めて同じ目線で話せた気がした。

 華奢な切り株の上に座っていたら、急に記憶が桑の実みたいにぽろぽろと溢れてきた。父に肩車してもらって桑の実をとった。従姉妹と桑の実を投げ合ってばばに怒られた。桑の実のジャムトーストを食べてから学校に行くのが好きだった。“くわのみ”って、ばばの駐車場の木にしかならない魔法の実だと思っていた。思い出して、笑っちゃう。あの頃の、なんてことのなかった一瞬一瞬が、艶やかで、愛おしい。心が、きゅっとする。「この木、ずーっとあったから、多分駐車場の下、根っこが張り巡っているよ」と父が言う。

 私の友達の木は、記憶の分だけ地中に伸びて、地中の囁きを、今も地上に放っている。


AOI YAMADA
2000年生まれ、長野県出身。舞台やMV、振り付け、楽曲制作など様々な分野で活躍し、東京2020オリンピックの閉会式ではソロパフォーマンスを披露。映画『唄う六人の女』やNetflixシリーズ『First Love 初恋』への出演など、俳優としても活動している。映画『PERFECT DAYS』ではアヤ役を演じた

 

☞ 掲載号はこちら

TOP