PHOTOGRAPHY & TEXT: KATAGIRI HAIRI

松の木の誇り

 生まれた土地に根をおろし、いちども住む町をかわることなく60年過ぎた。家の近くの三叉路に大きないちょうの木があって、毎秋ご近所のおばさんが日に日に早くなる朝の争奪戦で勝ちとったぎんなんをとどけてくれていた。そのぎんなんは、めっぽう土くさくて濃厚で、土のお乳、みたいな味がした。いちょうの三叉路を通るとき、だからわたしは「よう、乳兄弟」と呼んでいた。生まれ育った同じ土地の養分をわかつきょうだい。おかげでわたしは風邪をひかなかった。

 10年ほど前、三叉路ごと平地になってマンションがたった。木はむろん、道もなくなったのがこわかった。それからぎんなんは毎年酉の市の出店で買うけれど、乳兄弟の味はしなくて、わたしは風邪をひくようになった。

 その三叉路のそばに、これまた巨大な松の木がある。樹齢600年、といううわさをきいてから、わたしはその下に立つといつも、口をあんぐりこずえを見あげている。そのせいなのかなんなのか、アレルギーのテストをすると必ず「松の木のほこり」という項目が出る。知らずのうちにわたしの中に、松の木の何か、がたまっているらしい。歳の差はおおいにあれどこの松も、同じ土地の養分をわかつきょうだいである。

 良きものも良からぬものも、わたしの体に等しくつもる。松の木の下でわたしは今日も口をあんぐり、60×10の時間を見あげる。


KATAGIRI HAIRI
1963年生まれ、東京都出身。1986年公開の『コミック雑誌なんかいらない!』で映画デビュー。映画『かもめ食堂』やNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』への出演のほか、『もぎりよ今夜も有難う』等のエッセイも執筆。映画『PERFECT DAYS』では平山(役所広司)と会話する電話先の声を演じた

 

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