料理家・坂田阿希子 × デザイナー・皆川明「おいしい景色」ロングインタビュー

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シンプルで懐かしいおいしさ

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皆川さんが思う坂田さんの料理とはどういったものでしょうか。

皆川
いつも仲間と集まった時に作ってくれるものはとってもシンプルで、そしてどこか懐かしいような、そんな味があるんですね。だから「おいしい」と同時に、ああ久しぶりにこの懐かしい感覚が戻ってきたなという感じ。今回のスイッチさんでの連載でもその魅力が形になっていったらいいなという、そんな気持ちです。

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日常の食卓に並ぶようなメニューですが、食べたことのない味付けや食感など、新しい発見がいつもありますよね。巷では「坂田道」なんて呼ばれているかと思うんですが(笑)、坂田さんが目指されている料理というのはどういったものなのでしょうか。

坂田
そうですね。皆川さんがおっしゃってくださったみたいに、懐かしいというか、みんなが誰でも知っている、必ず一度は食べたことがあるメニュー。そういうものを絶対的なおいしさまで近づけるために、いくつか過程を踏むことを考えるのが好きなんですね。なので、今回の連載で作ったカレー、たまごサンド、ナポリタンというのは、みんながだいたい想像できる料理なんですけど「すごくおいしい」って思ってもらいたい。そこでいろんな過程を考えるんです。そこにはいくつかの「すごくおいしく」なるためのポイントがあって、時間をかけることが必要だったり、丁寧に落とし込んでいくというのが、私の考える坂田道なんです(笑)。

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その過程も、ごく小さな工夫だったり、すぐに真似できるようなことだと思うんですね。たとえば食材を手で和えることにもすごく意味がある、と前におっしゃっていたと思うのですが……。

坂田
そうですね。私はお仕事で、本や雑誌の中でレシピを紹介する機会がとても多いのですが、どうしても行間の一番大切なことというのはなかなか伝えられないんですね。なぜ手で和えるといいのか、ということはレシピの中に書けない。それは手のひらから伝わる、絶対的においしいと感じられるタイミングや温度などを感じるためだったりする。本当は小さい字でそれをレシピの行間に書きたいくらいなんですけど、それができないということをいつも歯がゆく感じています。

記憶と創作


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連載では料理にまつわるお話の中で味の記憶についても書いていただいていて、坂田さんは地元の新潟県長岡市のことを度々語られています。

坂田
幼少期に長岡市のお店に家族で行ったり、高校の時に長岡市に通っていて色んなところを食べ歩いたり。父が洋食好きで、みんなで何かの機会に行くのが洋食屋さんで、それをうちの母が家族のために真似て作ったものなんかが食べ慣れた味わいですね。私の料理のルーツになっていると思います。

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皆川さんは、ルーツとなっている味はありますか。

皆川
幼い頃、日曜日に家族と駅ビルに買い物に行くという習慣がありまして、その後買い物が一通り終わると、上のレストランのフロアで洋食屋さんに行くんです。それがとても楽しみで、味は覚えていないんですが、家族で買い物に行って、その後レストランに行って、ナポリタンやミートソースや、当時ようやく出始めたピザなんかを食べられること。食べ終わるとソフトクリームが食べられて、みたいなそわそわした感じが、ナポリタンのように懐かしい味を食べる時に蘇ってくるというのがまさに「おいしい景色」で、それを思い出したくて食べる、そんな感じがありますよね。

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味だけではない実体験からくる記憶が相まっておいしさを作っているっていう感じがします。洋服を着ること、それから料理をすること。生活を豊かに彩るという意味で繋がる部分があると思いますが。

皆川
そうですね。「豊か」って決して贅沢ということではなくて、日々の中でその一つひとつを楽しむという意味なのかなと思います。ものとして立派なものだとか、特別なものだということではなくて、一つひとつのことを自分の楽しみとして過ごせるかということが、食事やファッションの豊かさだと思うんです。日常の中で毎日お洋服を着ると思いますが、それをどうやって楽しむか、今日のお天気はこんなだからこの服を着てみようとか、あの人に会うからとか、そういうことを楽しむというのがとても大事なこと。

坂田
食べ物だと、自分の好きなものを選んでおいしく調理して食べるということ。たとえば1つのたまごがあったとき、動物はそのまま食べて栄養にできる。人間も同じですが、それをどんなふうに調理してどんなスタイルで食べるかというのは、人間だけが楽しめること。そこにいろんな思い出とか工夫とか、おいしい記憶とかが相まって形になるのが、お料理なのではないかと思っています。私と皆川さんも、料理とか味とか景色を通して親しくさせていただくようになったのですが、料理ってすごくそういう力を持っていると、いつも思います。ちょっとあの人苦手だなと思っている人が実は大福が大好物なんですとか聞いたりすると、急にその人のことがちょっと好きになっちゃったりするみたいな(笑)。食べ物の持っているそのユニークな力みたいなものがすごく好きです。

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料理なら食材、洋服なら生地や糸など、それぞれ素材から始まるものだと思いますが、その素材と対話するような感覚ってありますか。

皆川
ありますね。生地は素材ですけど、僕らの場合は特に、その素材から作る。糸はどうしよう、どうやって織ろう、その上にどんなプリントや刺繍をしようって。まずその洋服にする前の材料を作るところから始まるので、料理家の方も自分の畑で作物を作るという方もいらっしゃいますけど、そこが料理とは違う特徴かもしれないです。そういう意味で僕らは自由に素材から作れるということにとても喜びがありますね。

坂田
食材はその時に目が合って、これは絶対に連れて帰るしかない! という体験をする時に、まず一回目の対話をする。次に料理をする時に食材と対話します。たとえば、玉ねぎって結構会話しながら炒めないと素直に言うこと聞いてくれないんです。じーっと見ていると玉ねぎが結構語りかけてくる。そうすることによって、おいしい炒まり方になるってことが本当にあると思うんです。手で和えることも、野菜の食感とかおいしくなっているタイミングを教えてもらうため。金属のものとかを使っちゃうと自分の手ではわからない。私の中では料理はすべて対話だと思っていて、いつも語り合っています。

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素材の活かし方であったり、食材の活かし方っていうのは、おふたりの作られているものからすごくダイレクトに伝わってくると感じています。

皆川
ありがとうございます。活かすという意味では、もちろん一皿の料理に活かす、一着のお洋服に活かすってこともあるんですけど、同時に使わなかった材料もきちんと大事に使う。料理だったらお魚の頭の部分や骨で出汁を取ろうとか、僕らも洋服の裁断が終わったものをまた新たなパッチワークで新しいデザインにしたり。活かすっていうのはいくつかの方法があって、その全部に愛情を注いで使ったもの、余ったものではない、素材との関係性っていうのもすごく大事だなと思いますね。

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食べる人がいてこその料理、着る人がいてこその洋服だというふうに思いますが、その相手、お客様に対してどういう気持ちでものを作られていますか。

坂田
私の場合だと、読者の方や、お教室の生徒さん、もちろん友人に振る舞う時もある。やっぱりそれぞれの好みや、その時の雰囲気、背景だったりを考えて料理を作ることがとても多いのですが、誰かの誕生日会だったり、何かのお祝いだったり、料理を習いに来てくださっている生徒さんにも、私のレシピがその人の中にひとつの楽しい幸せな記憶として残っていってくれるような味を目指しています。

皆川
僕らも着る人にとってその服がどんな記憶になるんだろうっていうことはいつも考えます。着てくださる方、使ってくださる方の記憶として残っていくので、素敵な記憶になればいいなあと思って。この服を着たら楽しい記憶に繋がるんじゃないかとか、あとは遠い記憶と繋がって懐かしい思いをしてくれるんじゃないかとか。デザインする時は、どちらかというとそういう、嬉しいとか喜びの感情に戻っていくといいなというふうに思っていますね。だから僕らももちろん楽しんで、そして全力で思いを込めて作らなければいけないなと思います。

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共通して「記憶」というのがキーワードにありますね。

坂田
何年経った後に「あの時食べたあれが忘れられなくて」なんてことを言われたりすると、すごく幸せな気持ちになれて、そういうふうなお仕事をさせていただいていてよかったなとか思うこともあります。

皆川
へえ。料理や音楽って、消えてしまっているような感じがあるんですけど、実際には記憶として、もしかすると物よりも、ずっと人の記憶に残っているんじゃないかな。素晴らしいですよね。

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最後になりますが、今後この連載でおふたりが挑戦してみたいこと、これからこういうことをしていきたいことがありましたら聞かせてください。

皆川
僕は坂田さんの定番的な一皿一皿に何か新しい景色を作ってみたいなって思います。

坂田
普段は自分の家で撮影することがすごく多いんですけれども、いろんなところでやらせていただいているので、外国バージョンとか(笑)、いろんな挑戦をしてみたいと考えています。

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今後の展開が楽しみですね。今日はどうもありがとうございました。

皆川 坂田
ありがとうございました。

プロフィール/今後の情報

坂田阿希子
料理家。強靭な胃袋を持つ食いしん坊一家に育ち、料理家を目指す。フランス菓子店、フランス料理店で経験を積み独立。料理教室「studio SPOON」主宰。近著に『あまくないからおいしいお菓子』(家の光協会)、『トマト・ブック』(東京書籍)などがある。

■代官山ヒルサイドテラスにお店がオープン!
オープン日:2019年11月7日
店名:洋食屋 Kuchibue
住所:〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町29-10 ヒルサイドテラスC棟
 
 
皆川明
1967年東京生まれ。ファッション・テキスタイルブランド「ミナ ペルホネン(minä perhonen)」主宰。ペルホネンとは、フィンランド語で蝶の意味。流行にとらわれないデザインと物づくりの思想を軸とする。

■「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」が11月より東京都現代美術館にて開催
会期:2019年11月16日(土)— 2020年2月16日(日)
休館日:月曜日(2020年1月13日は開館)、12月28日—2020年1月1日、1月14日
会場:東京都現代美術館 企画展示室3F
〒135-0022 東京都江東区三好4丁目1−1
詳細ページ:https://mina-tsuzuku.jp/