FROM EDITORS「音楽の贈り物」

クリント・イーストウッドは昔からジャズに造詣が深く、これまでに34歳で夭逝したサックスプレイヤー、チャーリー・パーカーを主人公に映画『バード』を監督し、プロデューサーとして『セロニアス・モンク ストレート・ノー・チェイサー』を製作している。日頃聴くのも50年代のジャズでチャーリー・パーカー、レスター・ヤング、オスカー・ピーターソン、ディブ・ブルーベックなど。クリント・イーストウッド自身もまたクラブでピアノ演奏をするほどの腕前を持ち、息子カイル・イーストウッドはジャズ・ベーシストとして活躍している。

1930年生まれ、今年84歳を迎えるクリント・イーストウッドの身体は9割の水とジャズ・ミュージックでできている。

その彼が、ザ・フォー・シーズンズというグループを主人公にした作品『ジャージー・ボーイズ』を監督した。「シェリー」「恋はやせがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」「君の瞳に恋してる」といった数々の大ヒット曲で50年代初頭のポップシーンを駆け抜けたフォーシズンズは、ザ・ビートルズが台頭する以前に最もヒットチャートを席巻したグループだ。この映画はもともと、トニー賞受賞の大ヒットミュージカルを下敷きにしていると聞いた。新聞の宣伝文も「クリント・イーストウッド初のミュージカル映画」と銘打っている。観る前には果たしてどんなものかと冷ややかな思いもあった。

ハドソン川対岸にマンハッタンを眺めるニュージャージーに暮らす、イタリア系移民の人々の光と影にクリント・イーストウッドは焦点をあて、グループ結成の過程を丹念に追っている。時はロックンロールの黎明期、若者たちに金はなく、練習する場所も楽器もない。ドゥーワップを下敷きにしたアカペラが街のノイズと重なり、時代の象徴として彼らを押し上げていく。

グループの名前にちなみ、春夏秋冬がメンバー4人の視点で語られていく。冬、フランキー・ヴァリの娘がドラッグで亡くなる。映画の中では、1967年のヒット曲「君の瞳に恋してる」は娘の死を乗り越えて歌ったという設定だった。ファルセットが切なく響いていく。そうか、誰もヒット曲の意味なんて考えなかった。誰もヒット曲の背景の物語に光を当てることをしなかった。しかしクリント・イーストウッドは4人のそれぞれの人生を、輝いても人生、曇っても人生、生きていくことの切実な想いを描いていく。その視点は現実を投影し示唆に富む。

マフィアのボス、クリストファー・ウォーケンの存在が際立っている。「君の瞳に恋してる」には映画『ディア・ハンター』のシーンも重なって聴こえてくる。マイケル・チミノ監督のその映画はピッツバーグ郊外の製鉄の街に暮らすロシア系の移民の若者たちが主人公で、ベトナム戦争に徴兵されるマイケル、ニック、マイケルはロバート・デニーロ、ニックをクリストファー・ウォーケンが演じていた。彼らが酒場でビリヤードを興じるシーンで、ジュークボックスから流れるのが「君の瞳に恋してる」だった。クリストファー・ウォーケンという俳優が繋げた歌はアメリカの喪失そのものが描かれていた。ミュージカルにはなく映画にあるものはこの陰かもしれない。

スイッチ編集長 新井敏記