2017年7月20日

1997年7月1日 岩井俊二香港を渡る

 今から二十年前、岩井俊二は香港返還の喧騒のまっただなかにいた。地下鉄で銅鑼湾(コーズウェイ・ベイ)に、トラムに乗って湾仔(ワンチャイ)に足を延ばす。折しもその日香港は大雨だった。188商場というショッピングセンターの一画に日本のコミックを専門に扱う本屋があった。当時香港では手塚治虫『ブラック・ジャック』と美内すずえ『ガラスの仮面』が人気を二分していた。岩井は井上雄彦の『スラムダンク』を棚に見つけると早速レジに運んだ。

「この作品が好きでいつか実写にしたいんです」

 岩井はそう言うと微笑んだ。

「好きなものを映画にしたい、僕のスタイルです」

 岩井は続ける。「小津安二郎は引き算で黒澤明さんは足し算の監督です。僕にとって一番謎なのは小津さんです。彼は洋風な人でなるべく畳が写らないようにローアングルで撮りたかったというんです。それにしても繰り返しなぜ同じような映画を作れるのか、僕には無理です。僕には『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を作り続けることなんて、とうていできない。映画は変わり続けるのがいい。実際にヌーベルバーグの監督たちは映画評論家たちがカメラを持って外に出た感じです」

「では岩井さんは引き算か?足し算か?」

「どっちだろう」岩井は微笑んだ。

「ある男の子の家に会ったこともない親戚だという女の子がやってくる。何日か一緒に過ごしている。彼女の両親は離婚の危機にある。彼女は嫌な女で、男の子の部屋にあるものを勝手に使ったりしている。最初は友好的に接していた男の子は傍若無人な彼女の態度に腹が立ってけんかもする。でもけんかをするうちに魅かれている自分を発見もしていく。そして家出を女の子からそそのかされ結果ついていくことになる」

 家出と駆け落ちが同時にはじまる岩井俊二のロードムービーは、自身が投影したある夏の少年の日々の追憶だった。
 
 スイッチ編集長 新井敏記